バレンタインデー

「今日はちゃんと頑張んなさいよ。年に一度のチャンスなんだから」
「う、うん……」
　バンバンと肩を叩く友人に励まされた少女は、自分の鞄にチラッと目を見やった。
　今日は年に一度のバレンタインデー。女の子が好きな男の子にチョコを送る日とあって、朝から学校内がいつもと違ったそわそわした雰囲気に包まれている。
　少女には、高校の入学式の時に一目ぼれした好きな少年がいた。とても美形で、女子からは非常に人気が高い。何度も告白しようとしたが、その度に勇気がなくて、結局言えず終いであった。
　しかし今日は違う。これほど告白するのに絶好のチャンスはない。そのために少女は、自分でチョコレートを作った。今、そのチョコレートは鞄の中にある。問題はいつ、このチョコを少年に渡すかということであった。
　休み時間やお昼休みはおそらく無理。手紙という手も使えそうにない。
　結局少女は放課後、少年が一人になった頃を見計らって渡すことにした。

　放課後、大急ぎで教室を出た少女は、昇降口で少年の姿を発見した。しかも運がいいことに、周りには誰もいない。
「あ、あの！！」
　少女は大急ぎで少年に駆け寄った。
「どうしたの？」
「あ、あの……えっと……」
　少年の不思議そうな声に、少女は途端に赤くなってしまう。緊張のためか、言葉もうまく喋れない。しかし、このチャンスを逃したらもう２度とチャンスはやってこないと、必死になって自分を励ましながら勇気を振り絞った。
「あの、これ私の気持ちです！！受け取ってください！！」
　少女はそういって、赤い包装紙に包まれた小さな箱を渡した。
「これをボクに？ありがとう」
　少年はそれを受け取るとニッコリ微笑んだ。
　それを見た少女の気分は、まさに天にも昇るような思いであった。

　同日夜……
　薄明かりの電灯に照らされた公園の噴水の前で、少年は一人佇んでいた。
　誰も居ない静かな公園……その中を、少年の方角に向かって近づいてくる足音が聞えてくる。
「ごめんごめん。待たせちゃったか？」
「いえ、そんなことないです」
　その男の人の声に、少年はホッと胸をなでおろす。
　声の主は、少年の先輩であった。こちらも少年に負けず劣らず美形だ。
「女子をまいて来るのにちょっと時間がかかっちゃってな」
「それはお互い様です」
　ははは、と二人は声をあわせて笑う。やがて白雪がちらちらと舞い始めてきた。
　少年は意を決したように、恥ずかしそうにバッグの中から、赤い包装紙に包まれた小さな箱を差し出した。
「あの、先輩……」
「なんだい？」
「これ……ボクの気持ちです。受け取ってください！！」
「この俺に？……ありがとう。キミからの贈り物が一番嬉しいよ」
　先輩はその箱を大事そうに受け取ると、少年を優しく抱きしめた。