陪審員制度

　紗夜は遺影を抱いて法廷に臨んでいた。
　彼女の視線の先には父親を殺した憎き相手、名もわからない少年がいる。
　彼女は殺したいほどこの少年を憎んでいた。
　しかし、殺すことはできなかった。
　何故ならこの国は法治国家であり、逮捕された少年は既に彼女の届かない所で厳重に警護されていたのだった。
　移民の子である彼女にとっては、それはとても屈辱的なことであった。
　彼女の父親はとても優しく、誰からも好かれる人物であった。
　彼女の家庭はとても幸福に満ちていた。
　しかし、そんな彼女達の幸せを、被告席に座っている少年が奪ってしまったのだ。
　理由は至極簡単。
　最近、彼女と同じような立場の移民してきた人間が、ハイジャックテロを敢行したためだった。
　そのため何の罪もない彼女の父親まで『同じ移民の人種』ということで、身勝手な少年の刃の餌食になってしまったのだ。
　陪審員達が入廷し、続いて判事が入廷する。
　今日は判決が下る日だ。
　紗夜の願いはもちろん、死刑。
　法に照らしあわせても、それしか考えられなかった。
「それでは判決を言い渡します。被告人は前へ」
　判事の厳かな声に法廷内の緊張が一気に高まる。
「判決。被告人、少年Ａを無罪とする」
　それは信じられない言葉だった。
　少年は見せつけるかのように傍聴席に向かってガッツポーズをつくって見せる。
「冗談じゃないわ！！」
　紗夜は夢中で叫んでいた。
「人殺しなのに、なんで無罪なの！？」
「静粛に！！」
　カンカン、と判事が木槌を打ち鳴らす。
「確かにあなたがおっしゃる通り、一昔前の三審制ならば被告人は有罪でしょう。しかし、今は陪審員制です。よって、陪審員達が無罪と言う判決を下したからには無罪は確定です。控訴は認められません」
「そ、そんな……」
　紗夜はガクッとうなだれた。
　気がつけば、他の傍聴人が紗夜を奇異の眼差しで眺めていた。
　そしてヒソヒソ声で囁きあってる会話が耳に飛び込んでくる。
「あいつ、移民の子だぜ」
「ホント、気味悪いわよねぇ。移民の子なんていなくなっちゃえばいいのに」
「まぁ、殺されて当然だよな。移民なんだから」
　紗夜はこの信じられない光景に目を覆いたくなった。
　憎悪と虚無の念が心を満たしていく。
　そして紗夜はそのまま立ちあがって法廷を後にしようとした。
　そんな紗夜に傍聴人の一人が言葉を投げかけたのだった。
「いやぁ、それにしても陪審員制度って素晴らしいシステムだなぁ。まさに法治国家のために存在するような、画期的な制度だよね。どんなに法に抵触するようなことやっても、陪審員達が無罪の判断を下せば無罪になるんだから」