ドタドタドタ！
　階段をかけのぼるやかましい足音が家中に響き渡る。
　ドタン！
　そして何かにつまづいてコケる音。
　……毎度のことだけどな。
　俺はそう思いながら頭からスッポリと布団をかぶった。
　今日は勘弁してくれよ……
　そう思いながらも、これから訪れる悪夢に頭をかかえる。
　ドタドタドタ！
　再び大きな足音が家中に響き渡り、そして俺の部屋の前まで来るとピタリと止まった。
　ガチャ！！
　部屋のドアが勢いよく開け放たれる。
「ご主人様ぁ〜。朝ですよぉ〜」
　続けざまに甘い、幼い声が聞えた。
　無視だ無視。
　俺は呪文のように呟き続ける。
「ご主人様ぁ〜？まだおやすみ中なんですかぁ？」
　声の主は困ったように、ゆさゆさと布団を揺さぶる。
「ご主人様ぁ。起きてくださぁい」
「………………」
　俺はタヌキ寝入りを続ける。
　相手も必死で俺を起こそうと揺さぶる行動を続けるが、しばらくするとピタリとその動作が止まった。
　……ふっ、勝った。
　俺は勝利を確信した。
　が、次の瞬間
　ドスン！！
　お腹の辺りに何か重たいものが乗っかってきたような、強い衝撃を受けた。
「グェッ！！」
　たまらず俺は布団から顔を出す。
　そして視界に一番最初に飛び込んできたのは、ニコニコしながら俺の顔を覗きこんでいる、屈託のない無邪気な少女の笑顔であった。
「おい……」
「あ、ご主人様おはようございますぅ」
「……なにしてるんだ？」
「なにって……もちろんご主人様の上に乗っかってるだけですけど？」
「そうじゃなくって、なんで俺の上に乗っかってるんだ？と聞いてるんだ……」
「だってご主人様、なかなか起きてくれないんだもん」
「だからってこんな起こし方するかよ、普通……」
「あっ、ご、ごめんなさい！！」
　少女は慌てて俺の上からどく。
「エイミーってば、またご主人様に迷惑をかけちゃいました……」
　少女はひどく悲しそうな表情を覗かせる。
「はぁ……休みの日くらいゆっくり寝かせてくれよ」
　俺は少女の頭を軽く２、３回撫でてやる。
「……今度からは気をつけます」
　少女は恥ずかしそうに照れてしまう。
　フリフリの白いエプロンを身につけた、童顔で幼児体型のこいつは、名前をエイミーといい、少し前までオヤジの書庫にあった古い本に封印されてた悪魔だったりする。ひょんなことからこの悪魔と同居するハメになってしまったのだが、まぁその変のいきさつは機会があれば詳しく話したいと思う。
　とりあえず、エイミーと出会ってしまったがために俺、柚木綾人の人生はメチャメチャになってしまった。
　高校生の一人暮しだけでも非常識だってのに、オヤジのヤツとんでもないもの残していきやがって……
　今ほど死んだオフクロやオヤジを恨んだことはない。
　何しろ『悪魔』という、とんでもない置き土産を残していってくれたのだから。
　契約を結べば当然『死』が待ちうけてるだろう。
　そのために、俺はこいつの誘惑から逃れる日々を送らなければならなかった。
「ところでご主人様、今日、学校の方はおやすみなんですか？」
「窓の外を見てみろ」
　不思議そうに尋ねるエイミーに、俺はクィッと窓を指差す。
「なんでしょう……」
　エイミーはカーテンをあけると、その幻想的な光景に思わず声をあげた。
「うわぁ。雪だぁ」
「そう、雪だ」
「でも、雪が降っただけで学校お休みなんですかぁ？」
「量を見ろ、量を」
「量？……うわぁ。街中が真っ白」
「そう、大雪警報でてるからな。だから休みなの」
「そうなんですか」
「そーゆーわけでお休み」
「だめですぅ！！エイミー、ご主人様のために朝食を作ったんですから」
　夢の世界に戻ろうとする俺を、エイミーは無理矢理起こす。
「わかったよ。しかたねえな」
　俺はぼさぼさになった頭を書きながら、エイミーが作ってくれた朝食を食べに居間へと降りていった。