「ふぅ、さっぱりした……あれ？」
　俺が風呂からあがってリビングにいくと、エイミーはテレビに釘付けになりながら必死に声援を送っていた。
「なにみてるんだ？エイミー」
「あっ、ご主人様ぁ。テレビをつけたらこんな番組がやってたんですぅ〜」
　エイミーは俺の言葉に振り向いてそう答えると、再び視線をテレビ画面へと移した。
　画面には芝生の上に立ったユニフォームを着た選手がボールを蹴りあう姿やスタンドから大声援をおくる観客の姿が映し出されている。
　そういえば、今年は国際的なサッカーのイベントがあったなぁ……などと思いながら俺もテレビをみることにした。
「どっちが勝ってるんだ？今」
「えっとぉ〜……多分紫色の服を着た人達ですぅ。アナウンサーの人がぁ、紫色の服の人が蹴ったボールが四角い枠の中に入ったらぁ『ゴールゴールゴール』って何十回も連呼してましたからぁ」
「何十回？」
　俺は不思議におもいながらリモコンのチャンネルコールのボタンを押した。
「……なるほど」
　そして映し出された局を見て、エイミーの言うを納得した。
　確かに、この局だったらそんなヘタレ実況をするのも理解できる。
　なんせ視聴者そっちのけで自局の売りこみ及び視聴率稼ぎしか頭にないところだからな、ここは。
「ご主人様ぁ、これはなんていうスポーツなんですかぁ？」
「これか？これはだな……『蹴鞠』っていうんだ」
「蹴鞠、ですかぁ？」
「そうだ。白いユニフォーム着た人達が後ろでボールを蹴りっこしてるだろ？」
「はい……あっ、とっても大きく蹴りましたぁ。でもぉ、紫色の人にとられちゃいましたよぉ？」
「蹴鞠はそーゆールールだからな」
「ほぇ〜」
　エイミーは頷きながらテーブルの上からせんべいを取ると、バリバリとほおばり始める。
　すると、宙に浮いたボールを巡って、白いユニフォームの選手が紫色のユニフォームの選手の顔面めがけて、勢いよく走りながらシューズの裏を見せてボールを奪いにいった。
　しかしボールはその競り合う二人を嘲笑うかのように白いユニフォームの選手の真後ろへと落ち、かわりに相手選手の蹴りが炸裂してピッチへと倒れこむ。
　高らかに笛がならされて、イエローカードが出された。
「あっ、ご主人様ぁ。すごいですぅ！今度は白色の人が紫色の人の顔面を足で蹴っちゃいましたぁ！！」
　エイミーは興奮しながら机をドンドンと叩く。
「みりゃわかるって」
「あの黄色いカードは、なんなんですかぁ？」
「あれはだな……ボーナスカードだ」
「ボーナスカードぉ？？」
「そうだ。２枚集めるとテレビのインタビューが受けられるんだ」
「すっごいカードなんですねぇ……でも倒れた人って、大丈夫なんですかぁ？」
「確かに……いい角度でケンカキックがきまったからなぁ。でもまぁ、サッカーは格闘技だし、アレくらいはつきものだからな」
「あれぇ？蹴鞠、って言うんじゃないんですかぁ？」
　エイミーは驚いたように俺の顔をじっとみながら尋ねる。
「え、えっと……その、なんだ。外国の読み方が『サッカー』っていうんだ」
「そうなんですかぁ？ご主人様って物知りなんですねぇ〜」
　エイミーは俺の言葉に頷きながら、再びせんべいを手にとってバリボリ食べ始める。
　どうやらなんとかごまかせたようだ……
　俺はホッと胸をなでおろしながら再びテレビ画面を見た。
　ホイッスルがなってゲームが再開される。
　すると、しばらくしないうちにクリアミスから白いユニフォームを着た選手が自軍のゴールの中へと誤って蹴りこんでしまった。
　オウンゴール、俗に言う自殺点ってやつだ。
「あっ、ご主人様ぁ！！今度は味方チームの中へと蹴りこんじゃいましたよぉ！？」
　ルールを知らないエイミーはこの状況を理解できずに、ただただ目を丸くするばかりであった。
「ご主人様ぁ、どうしてなんですかぁ？」
「あれはだな、あの白いユニフォームを着た選手が、紫色のチームの監督から金を貰ってたからなんだ」
「ええっ！？そうなんですかぁ！？」
「ああ。裏切ってくれって買収されたから、わざと味方のチームのゴールに、蹴りこんだんだ」
「なんだかヒドイですぅ〜」
「酷くなんかないさ。これがプロの駆け引きってもんだから」
「でもぉ……」
　エイミーは少し悲しそうな表情を覗かせながら俺をみる。
「ご主人様はぁ、エイミーのこと裏切ったりしませんよねぇ？」
「裏切る……って、なにを？」
「もちろん……エイミーの気持ちをですぅ」
　エイミーは潤んだ瞳でどんどん俺に迫ってくる。
「え、えっと……エイミー、歯に青海苔がくっついてるぞ？」
「えっ！？」
　エイミーは慌てて顔を背けると、立ちあがって洗面所へと一目散にダッシュしていく。
　よし、作戦成功。
　俺はそのまま立ちあがると、リビングを後にして自分の部屋へと戻っていった。
「ご主人様のうそつきぃ〜！！」
　エイミーの悲痛な叫びが洗面所から聞えてきたのは、それから間もなくのことであった。