真っ青に染まった天空を見上げながら、竹で編んだ箒を片手にルディは深くため息をついた。
原因は自らの姿にある。
白のヘッドドレスに黒のワンピース。
そしてその上からフリルのついた白いエプロン。
紛う事なきメイド姿である。
メイドではない自分が何故こんな姿をしなければならないのか。
あまつさえ、メイドの仕事をこなさなければいけないのか。
全てはあの日、忌まわしい吸血鬼と出会ってしまったことが発端ではあるのだが。
強大な力を前に無力である己のふがいなさを呪いつつも、打開策を模索する。
せめて、この姿をどうにかしたい。
鏡で自分の姿を見る度に、自尊心を傷つけ、奪っていく。
そして、吸血鬼はそんなルディの姿を見て、愉悦の表情を浮かべるのだ。
「（でも、一体どうしたら……）」
ルディは思案を募らせる。
姿が気に入らない、というのは自らの運命を閉ざすことに繋がりかねない。
かといって、使い物にならないほどボロボロにした場合でも、代わりの物を用意されてしまう。
「（本当、こんな軽装でモンスターにあったらどうしろって言うんだよ……）」
薄手の生地で作られたワンピースをつまみ、動きが止まる。
「（……軽装……？）」
瞬く間に、ルディの脳裏に名案が思い浮かぶ。
「そうだよ！ これならいけるかもしれない！」
ルディは竹箒の柄をギュッと握りしめた。
「何？ その姿が気に入らないとな？」
自分の服装変更について怖ず怖ずと申し出るルディに対し、吸血姫であるリーザは案の定不満げな表情を浮かべると、口を開いて牙を光らせた。
「おんし、そんなにわらわの食事と申すのか」
「ちちちち、違うよぉ！ 違います！！」
リーザの言葉に、ルディは身を強ばらせながら、ブンブンと首を左右に振る。
意を決して入ったリーザの部屋であったが、早くも出鼻をくじかれてしまう。
それでもルディは、懸命に勇気を振り絞った。
「こ、この服装だと魔物に襲われた時、心許ないって言うか。遠くまで行けないって言うか」
「遠くまで、じゃと？」
「ほ、ほら。行動範囲が広がると、リーザ様に食べていただく食事のレパートリーが広がるって言うか、もっとおいしい物を召し上がっていただきたいって言うか……」
「ふむ……」
リーザは腰掛けていた椅子から立ち上がり、あごに手を当てて思案気な表情を浮かべた。
黒のタキシードにスラリとした細身の体が様になっている。
「……おんし以上の馳走なんてあるのかのぅ？」
そしてルディを一瞥する。
「ああ、あるよぉ！ ボクはご馳走なんかじゃないから！」
ルディは全力で否定し、精一杯力説する。
「ふむ……」
リーザは一言呟くと、無言になった。
恐ろしいほどに静寂が当たりを包み込む。
ルディの全身から汗が噴き出し、悪寒が走り抜けた。
「……まぁ、おんしの言いたいことは分かった」
やがて沈黙を破り、リーザが口を開いた。
「つまり、おんしはそのメイド姿じゃと、軽装過ぎて、いざというときに身を守れん、こう言いたいわけじゃな？」
「う、うん！」
リーザの言葉に、ルディは力強く首を縦に振る。
「よかろう」
リーザはニヤリと笑った。
「今宵、おんしの疑問を解消してやろうぞ。楽しみにしておるがよい」
「えっ？」
ルディは途端に嫌な予感を覚える。
ルディの質問、お願いに対して、リーザが意味深な笑みを浮かべた時に、よかった結果になったことが一度もない。
「い、一体何を企んでいるの？」
「フフフ……秘密じゃ」
ルディの言葉に、リーザはそれだけ言うと、窓の外に浮かぶ空を眺めた。
やがて時は満ち。
天空が闇に近い青に染まり、月と星が浮かぶ時分。
ルディは一人、館前の庭に来ていた。
「あの吸血鬼に言われた通りに来たけど……」
夜のひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
時折聞こえるのは風の音と鳥や虫の鳴き声。
それ以外は静けさが辺りを包み込んでいる。
「（こんなところに呼び出して、一体何を考えているんだ？ ボクの願いが聞き届けられる、ってことならいいんだけど……）」
ルディは天空に浮かんだ月を見上げる。
星空の明りに包まれた月は、冷たく妖しい光をうっすらと放っていた。
「待たせたのう」
不意に背後から声をかけられたルディは、一瞬身をこわばらせた。
そして恐る恐る背後を振り向き、再度硬直した。
そこには、彼の主人であるリーザの姿があった。
しかしそれは、いつもの黒いタキシード姿ではなかった。
首を白い襟のついた生地で、赤い生地が胸の頂と下腹部及び股間を覆い、それ以外をさらけ出している。
そのふたつとも喉元のブローチで止められており、ブローチを外せば隠している物があらわになりそうなくらい、危うい。
胸を隠している生地も厚みがないのか、乳房の山に突起物を造形していた。
足は膝まで隠す黒いソックスをはき、露わになった右腕には腕輪をしている。
下腹部には、吸血鬼のシンボルとも言うべきコウモリのデザインがあしらわれていた。
「リリリ、リーザ様！？」
突然飛び込んできた扇情的な姿に、ルディは思わず股間を押さえる。
「フフン」
リーザはルディを一瞥した後、後ろ手で髪をかき上げる仕草を見せる。
「どうじゃ？ これはわらわの一族に伝わる、防御力の高さが五指に入る防具ぞ」
「（う、嘘だ！）」
ルディは心の中で叫びながら、リーザから視線を外せない。
吸血鬼が得意とする魔法、魅了でも使用されているかのように。
「どうしたのじゃ？ そんなところを手で押さえおって」
そんなルディをからかうように、リーザはさらに扇情的なポーズをとる。
「…………」
そしてルディは、そんなリーザをずっと見つめ続けるのであった。