隠し部屋から脱出した葵は、そのまま屋外プールへと足を向けた。
　その足取りは、どこか重い。
　プールでは、少女達の楽しそうな黄色い歓声がこだましていた。
　戻ってきた葵の姿を真っ先に見つけた山極が、ビーチチェアに横たえていた身を起こして、声をかけてきた。
「よっ、神津。どこ行ってたんだ？」
「ええ、ちょっと……トイレに……」
「なんだ？随分長いトイレだったな？まさかヤバイことしてたんじゃないだろうな？はーははははははは！」
「ははは……」
　葵は力なく笑うと、ビーチパラソルの下にある椅子に腰掛けた。
　テーブルの上にはストローつきのオレンジジュースが入ったコップがひとつのっている。
　波々と注がれているところを見ると、どうやら誰も手をつけていないものらしい。
「ふぅ……疲れたな……」
　葵は２度３度肩を叩くと、ストローを口にくわえてオレンジジュースを吸いあげた。冷たく甘い感覚が、渇ききった喉に潤いを与えていく。
「ふぅ……美味いなぁ……」
「あーーーーーーーーっ！！」
　突然、葵のそばで金切り声があがった。
「あたしが飲んでたオレンジジュース！！」
　続いて文句が浴びせられる。
　いつのまにか、姫子がそばにたっていた。
　プールから上がったばかりなのか、白いワンピースの水着についた水滴は太陽の光に反射してキラキラと輝き、長く綺麗な髪からは水滴が滴り落ちている。
　しかし、その表情は対称的に非難に満ちたものになっていた。
「ちょっと、あんた！！なにしてんのよ！！」
「なに……って、オレンジジュース飲んでるだけだが？」
「そのオレンジジュース、あたしのよ！！」
「ほう？そうなのか？悪かったな。じゃあ返すわ。ほれ」
　葵がコップを差し出すと、姫子はイヤな顔をしながら手を左右に振る。
「いらないわよ！！そんなバイキンがついたものなんて！！」
「ば、バイキンだと！？」
「あーん！！もう最悪！！しんじらんなーい！！」
　姫子はブツブツ文句を言いながら、葵が入って来たのとは反対方向にある扉に向かって歩きはじめた。
「おい、どこいくんだ？」
「キッチンにいってジュースとってくる！！」
　姫子はキッと葵を睨むと、そのままプイッとそっぽを向いて足早に去って行く。
「ダメだよアオくん。人の物勝手に飲んじゃ」
　入れ違いに奈緒がやってきた。
　奈緒は青のワンピースタイプの水着を着て、濡れたショートの髪の奥から困ったような表情を浮かべている。
「仕方ないだろ？喉渇いてたんだから」
「それでもダメだよ。アレは姫子ちゃんのだったんだから」
「だったらお前のでいいから、よこせ」
「えっえっえっ？」
　予期せぬ言葉に、奈緒は慌てふためいた。
「だ、ダメだよ！！ボクが口つけちゃったから、汚いもん！！」
「確かに……汚いな」
　葵はウンウンと頷く。
　すると、奈緒は今度は怒りだした。
「そ、そんなことないもん！！汚くなんかないもん！！」
「おいおい……今、お前が自分で『汚い』って言ったじゃないか」
「え、えーっと……」
　葵が苦笑すると、奈緒は視線を宙に漂わせ、無理に笑顔を作った。
「あ、あはは……ボク、キッチンにいってジュースとってくるね」
　そして、足早にその場を退散する。
「……逃げたな」
　葵はポツリと呟くと、そのまま視線をプールに移した。
　プールの中では、相変らず楓が紺のスクール水着が密着した身体をしなやかに動かしながら、元気よく泳いでいる。
「元気な奴だな……」
　葵はそんなのほほんとした光景を眺めながら、のんびりした一時を過ごした。