アイちゃん。ネオ・ヴェネツィアにも、初夏の日差しが眩しい季節がやってきました。
窓を開けると、部屋の中に吹き込んでくる潮風が、とても心地いいです。
今日は久しぶりのお休み。いっぱいおめかしして、アリスちゃんと一緒に、藍華ちゃんのゴンドラに乗っちゃいます。
「いらっしゃいませ。ようこそ、姫屋へ。本日は……げっ！？」
わたしとアリスちゃんの顔を見た瞬間、藍華ちゃんが驚いたように声を上げる。
「灯里、それに後輩ちゃん！？」
「こんにちわー、藍華ちゃん」
「こんにちわ、藍華先輩」
アリスちゃんと二人で藍華ちゃんに挨拶。
でも藍華ちゃんは、なんだか不服そう。
「どーしてあんた達がここにいるのよ？」
「あ、あのね。わたし達……」
「お客様に向かって随分な挨拶ですね？ここの社員教育はどうなってるんでしょうか？」
アリスちゃんの一言に、笑顔を作る藍華ちゃん。
「ようこそ姫屋へ！お客様、姫屋のご利用は初めてですか？」
藍華ちゃん、笑顔だけど額がピクピクしてる……
「はい、初めてです」
アリスちゃんは相変わらずマイペース。
「あ、あはは……」
アイちゃん、早くも波乱の予感です。
「……で、急に押しかけてきて、どーゆーつもり？」
ここは藍華ちゃんのゴンドラの上。
ゴンドラに乗るまでは営業モードの藍華ちゃんだったけど、ネオ・ヴェネツィアの街の中を周り始めた途端、いつもの藍華ちゃんに戻っちゃった。
「急にではありません。ちゃんと予約を取りました」
「偽名で、でしょ？」
「えー？アリスちゃん、偽名で予約取ったの？」
「はい。藍華先輩をでっかいビックリさせようと思いまして」
「あんた達ねぇ……」
藍華ちゃんは呆れたようにため息をつく。
「こんなことしなくても、いつだって会えるでしょうが」
「あ、あのね」
わたしは藍華ちゃんを見る。
「わたし達がプリマに昇格してから、お互い忙しくって３人で一緒に遊びに行ったり出来ないじゃない？今日だって、わたしとアリスちゃんはお休みだけど、藍華ちゃんはお仕事だし」
「そりゃ仕方ないわよ。あたしは姫屋を背負っていかなければならない立場だもの。灯里達みたいにのんびりなんて出来ないわよ」
「でも藍華ちゃん、ここ最近、休みらしい休みとってないでしょ？だから、アリスちゃんと相談して、今日は藍華ちゃんに、お仕事だけど、ゆっくり羽を伸ばして貰おうと思って」
「灯里……」
ちょっと涙ぐむ藍華ちゃん。
「でも本当は、藍華先輩の働き振りを、この眼で確かめてみたかっただけなんですけど」
「なっ！！」
アリスちゃんの言葉に絶句する藍華ちゃん。
「藍華先輩が最近付き合い悪いのは、アルさんとデートするのに夢中で、私達のことをおざなりにしている疑惑があるので」
「なななっ！！」
頬が真っ赤になる藍華ちゃん。
「藍華ちゃん、そうだったの！？」
「なわけないでしょ！！」
わたしの言葉に、激昂する藍華ちゃん。
「大体、最近忙しすぎてアル君と逢ってないわよ！あたしだってアル君と逢いたいのにー！！……はっ！？」
そしてまたまた真っ赤になる藍華ちゃん。
藍華ちゃんって、本当にアル君のことが好きなんだなぁ。
「ふん！後輩ちゃんだって、彼氏が出来ればこの気持ちがわかるようになるから、早くいい男見つけることね」
「でっかいお世話です」
アリスちゃんはムクッと膨れた。
「それにしても、こうして３人で一緒のゴンドラに乗るのって、どれくらいぶりかしら……」
水路から海に出て、しばらく波の流れに任せたまま、オールを置いて座る藍華ちゃん。
「思えばいろいろあったもんね」
藍華ちゃんと同じように、空を見上げる、わたしとアリスちゃん。
そこにはとても広大な青空が広がっていて、鳥が気持ちよさそうに空を飛んでいる。
「わたし達も、あの鳥達のように、この心地いい波風に乗って、大空を自由に飛びまわれたらなぁ。そうすれば、ネオ・ヴェネツィア……ううん、アクアの魅力をみんなに伝えることができるのに……みんなが幸せを共有できたら、それって素敵な奇跡だよね」
「恥ずかしいセリフ、禁止！！」
「えぇ〜っ？」
途端に藍華ちゃんのツッコミ。
とっても、素敵な事だと思うんだけどなぁ……
「でも……」
藍華ちゃんがポツリと呟く。
「こんなにのんびり出来たの、本当に久しぶりかも」
「藍華ちゃん……」
「藍華先輩……」
「灯里、後輩ちゃん、本当にありがとうね」
そしてにっこり微笑む藍華ちゃん。
藍華ちゃん、本当に嬉しそう。
そんな藍華ちゃんの笑顔を見て、わたし達もにっこり微笑んだ。
アイちゃん、藍華ちゃん息抜き大作戦（命名はアリスちゃん）は大成功したようです。
藍華ちゃん、ゴンドラ降りる時に「覚えてなさいよ」って言ってたけど。
でも、ネオ・ヴェネツィアには、たくさんの幸せがまだまだいっぱいあります。
そんな幸せな風景を、アイちゃんにもいっぱい伝えたいな。