神様のお弁当

「はぁ〜……」
　放課後、突如発せられたその大きなため息に、会話を交わしていたゆりえと光恵は思わずため息の主を目線で追った。
　そして捕捉したその先には、机に突っ伏している親友の祀の姿があった。
「祀ちゃん、どうしたの？」
「ゆりえかぁ〜……」
　祀は顔を少し上げてゆりえを見た。
「最近不況でねー。参拝客が激減してるのよ。もう死活問題よ死活問題」
　そして祀は、再び大きなため息をつく。
「はぁ〜……もうこうなったら、ゆりえに巫女のコスプレしてもらって、撮影会でも開こうかしら？」
「ええ〜っ！？」
「あ、コスプレだったらスクール水着でもいいわね。『ドキッ！神様だらけの撮影大会〜ポロリもあるよ〜』とか宣伝して」
「だだだ、ダメだよぉ！絶対ダメー！！」
　祀の言葉に、ゆりえは即座に首を強く振り、両手で大きくバッテンを作る。
「『だらけ』って、ゆりえしかいないじゃない」
「ゆりえだけじゃないわよ？もちろん、あなたにはお社様に乗り移ってもらって、一緒に水着姿に……」
「絶対却下！」
　光恵も両手をクロスさせて、大きくバッテンを作る。
「えー？いい案だと思ったんだけどなぁ……」
　祀は机に突っ伏した。
「はぁー……どこかに、現状打破できるような打開策転がってないかなぁ……」
「そう言われても……」
　祀の言葉に、ゆりえと光恵は顔を見合わせた。
　困っている親友を見捨てておくわけにはいかない。
　かといって、何かいい案があるわけでもない。
「光恵ちゃん、何かいい考えある？」
「うーん……」
　ゆりえに懇願されるように見つめられた光恵は、人差し指を額に当てて考え込む仕草を見せた。
　そして、「ポン」と手を叩いた。
「ご当地弁当なんてどうかしら？」
「ご当地弁当？」
　聞きなれない言葉に、ゆりえは首を傾げる。
「ご当地弁当って何？」
「なんでも、地元の名産品を使って、お弁当を作るのが全国で流行ってるみたい。テレビで言ってた」
「それよ！！」
　光恵の言葉に、祀は突然立ち上がった。
「それ頂き！！」
「えっ？」
　困惑の声を上げる光恵などお構いなしに、祀は一人まくし立てる。
「どうして今まで気がつかなかったのかしら。ご当地弁当。まさに次世代の来福神社にぴったりのアイテムじゃない。『ゆりえ様プロデュース来福神社特製神様弁当』として、大々的に売り出して参拝客をたくさん呼び込まなくちゃ！というわけで、ゆりえよろしくぅ！」
「えええーっ！？」
　突然話を振られたゆりえは、驚きの声を上げた。
「むむむ、無理だよぉ！！そんなたくさんのお弁当なんか作れないよぉ！！」
「大丈夫よ。ゆりえには試作品を作ってもらって、実際売り出す時はみこに作ってもらうから」
「で、でもぉ……」
「じゃあ水着のほうがいい？」
「水着は絶対いやだよぉ〜」
「じゃあ、よろしくー」
「うぅ〜っ……」
　ゆりえは祀を恨めしそうに睨んだ。

　そして翌日の昼。
　光恵と苦心して作り上げた神様弁当の包みを、ゆりえは祀に手渡した。
「はい、作ってきたよ」
「ありがとう！心の友よ！！」
　祀は満面の笑顔を浮かべて、席を立ち上がる。
「それじゃあ、早速見せてくるわ」
「えっ？見せるって？」
「なーに言ってんの。みこに見せてこなくちゃ。味とかしっかり覚えてもらわないと。じゃ、ちょっと行ってくる」
　祀は上機嫌な様子で足早に教室を出て行く。
「行っちゃったね……」
「うん……」
　ゆりえと光恵はポカンとした様子でその様子を眺めていたが、同時にため息をついた。
「もぅ、祀ちゃんってば勝手なんだから」
「仕方ないわよ。彼女の強引さは今に始まったことじゃないから」
「でもぉ……」
「……鳥のから揚げ、食べる？」
「……うん」
　ゆりえはコクンと頷き、光恵のお弁当箱から鳥のから揚げを箸でつまんだ。

　そして時は流れて放課後。
　ゆりえが光恵と一緒に廊下を歩いていると、健児が近づいてきた。
「や、ゆりえちゃん」
「け、健児くん！？」
　一瞬にしてゆりえの鼓動がドクン、ドクンと激しく高鳴る。
　そんなことは知らない健児は、ゆりえに笑顔を向けた。
「お弁当、とってもおいしかったよ。特に玉子焼きが良かったかな」
「えっ！？」
　思いがけない一言に、ゆりえの鼓動がマックススピードになる。
「また楽しみにしてるよ」
「え、えっと……」
「それじゃあ」
　健児は颯爽と去っていく。
「よかったわね、ゆりえ」
　そして突然祀に肩をポンと叩かれたゆりえは、身をビクンと震わせた。
「健ちゃんにお弁当ほめてもらえて」
「祀ちゃん……ひょっとして……」
「うん。健ちゃんに試食してもらった」
「えーーーーーーっっ！？」
　祀の衝撃の一言に、ゆりえは大声を上げる。
「聞いてないよそんなこと！！」
「もちろん言ってないもの。よかったわねー。愛妻弁当食べてもらえて」
「うー……祀ちゃんの意地悪！！」
　ゆりえはぷぅっと頬を膨らませる。が、すぐに緩んだ表情になった。
「えへへ……そっかぁ……健児くん、あたしのお弁当おいしいって……」
　そしてゆりえの表情は、一日中緩みっぱなしのしまりのないものになるのであった。