秋色のモデル騒動

「お兄様ぁ？ちょ〜っと、よろしいかしら？」
　恋が甘ったるい猫なで声を使って俺にこう語りかけてきたのは、天音と二人、屋上で昼食をとっている時のことだった。
「なんだよ気色悪いな。媚びるような声出しやがって……陽気のせいでおかしくなったか？」
「まっ！！失礼しちゃうわね！！なんであたしがあたなんかに媚びなくちゃイケナイのよ！？」
「そうそう。その方がお前らしいぞ」
　途端に態度がいつもの調子に戻った恋を見て、俺はヤキソバパンを口に運ぶ。
「大体、そんな化けの皮が剥がれそうな態度をとったって、すぐにバレるぞ？メッキは所詮メッキだからな」
「きぃ〜〜！！ムカチュクぅ〜〜〜〜！！」
「なんだ？カルシウム不足か？少しは小魚とか食え。カリカリしなくなるぞ？見ろ、天音を。いつでもボーっとしてるじゃないか」
「私ボーっとなんかしてないよぉ〜」
　俺の言葉に、天音は明らかに不服そうな眼差しを向けながらぷくぅ〜っと膨れる。
「ははは。悪い悪い。で、一体何の用だ？」
　ポンポンと、天音の頭を軽く叩きながら、俺は恋を見た。
「はぁ……校内でも恋人とイチャイチャしてるなんて……ホントいいご身分ねお兄様！」
「なんだ、羨ましいのか？ならお前にも妹としてでなく、恋人として接してやってもいいんだぞ？」
「結構です！！」
　恋の拳が怒りによってプルプルと震えている。相変わらずからかい甲斐のあるヤツだ。
「それで、一体何の用なんだよ？まさか告白か？」
「ち・が・い・ま・す！！」
「照れなくってもいいんだぞ。しかし兄妹同士となるとなぁ……いくら義理とはいえ、法律上問題が……」
「もういいわ！こんなバカに相談しようとしたあたしがバカだったわ！！」
「わわわっ！！ちょ、ちょっと待て！！」
　きびすを返して教室に戻ろうとする恋を、俺は慌ててとめる。
「悪かった！このとーり謝るから、お前の用件を聞かせてくれ」
「……本当に反省してる……？」
「本当だとも！なあ、天音？」
「私、関係ないもん」
　天音は我関せずと、アンパンを食べている。
　まったく、肝心なところで役に立たないヤツだ。
「ま、まぁ、天音はこんなヤツだから気にするな。で、お兄ちゃんに相談したいことってなんだ？」
「……聞きたい？」
「ああ、妹が悩んでる姿を見るなんて、兄としては胸が痛むからなぁ」
　こんな心にもないセリフをよく言えるなと我ながら感心してしまう。
「仕方ないわねぇ」
　恋はそれを聞くと、いつもの高飛車な態度に戻って胸ポケットから折りたたまれた１枚の紙を取り出しすと、広げてそれを俺に手渡した。
「はい、これ」
「なんだ？」
　その青い紙には大きな文字で「来場者２００００人突破記念第１７回彩多摩館スケッチコンテスト」と書かれている。
「これを、俺にどうしろと？」
「よく読んでよ！特にここの部分！！」
　やけに力強く指差す部分を俺はよく読んでみた。
「え〜、なになに？大賞は三人一組のバリ島７泊８日の旅……へぇ、豪勢だな」
「言うことはそれだけ？」
　俺の言葉に、恋は明らかに不服そうだ。
「それだけって……他になにか言うことあるのか？」
「あたし、バリ島に行ってみたいなぁ〜」
「行けばいいじゃん」
「だから、お兄様、頑張ってね♪」
「頑張るって、何を？」
「もぅ、鈍いわね〜！コンテストで大賞とることに決まってるじゃないの！！」
「……はぁ？」
　あまりにも突拍子のない言葉に、思わず目が点になってしまう。
「俺に、このコンテストに応募しろっていうのか？」
「あったりまえじゃないの！！こーんなかわいい妹のお願いなんだから、聞いてくれるわよねお兄様？」
「却下」
　俺は即座に否定した。大体、今の俺に大賞とれるほどの絵を描けるはずがない。
「なんでぇ〜！？こん〜なカワイイ恋ちゃんがモデルになってあげるっていってるのよ？」
「ダメなものはダメ」
「ケチぃ〜！！少しくらいイイじゃないの！！減るもんでもないし」
「絶対に描かん」
　恋の申し出をあっさりと棄却すると、今度は天音が恥ずかしそうに口を開いてきた。
「あ、あの、恋ちゃんがダメだったら、私がモデルになってもいいんだけど……」
「お前は関係ないんだろ？」
「ぶぅ〜！！イジワル〜！！」
　その一言に、天音は拗ねてしまう。
　困ったな……
　この二人のことだ。意地でも俺に描かせるように仕向けるに違いない。
　さてどうしたものか……
　心の中でため息をつきながら、俺は再びその広告に目を落とした。
　おや？
　俺はふと、興味深い一文を見つけた。米粒大のほどの大きさで、先ほどは見落としてしまったようだ。
「わかった。仕方ない。描いてやるよ」
　俺はわざとらしく大きなため息をつきながら、渋々了承したような態度を見せた。
「えっ！？ホント！？流石お兄様！！もう、愛してる！！」
　先ほどとはうってかわって恋の瞳がきらきらと輝いている。
「もちろんだ。だから恋も天音も協力してくれるか？」
「えっ！？わ、私なんかでいいの？」
　天音もビックリしたように俺をじっと見つめる。
「もちろんだ。大賞とるためにはかわいいモデルが必要不可欠だからな」
「そ、そんな、かわいいモデルだなんて……」
　天音の頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。全く、こーゆー所は昔から変わってねーんだよな。
「じゃ、そーゆーわけでヌードモデル、よろしく」
　俺はさわやかな笑顔を振りまきながら、そう言った。
　途端に、二人の行動がピタリと止まる。
「ちょちょちょ、ちょっと！！なんであたしがそんなコトしなくちゃイケナイのよ！！」
「そ、そうだよぉ。私、そんなことしたくないよぉ」
「そんなこと言われてもなぁ……ここにそう、書かれてるし……」
　俺は恋に先ほど見つけた一文を指差した。
「えっと、なになに……『応募資格：ヌードモデルと自然の調和を用いた作品であること』……」
「はぁ〜、残念だなぁ。モデルがいないんじゃ描けねーや」
　俺はさも残念そうな素振りを見せる。
　恋はしばらく固まっていたが、ふと俺から広告を奪うように取り上げると、ビリビリに破いて空中に投げてしまった。
　細かくなった切れ端が風に舞って、遠くへと飛んでいく。
「はぁ、何無駄な時間過ごしてたんだろあたし。もういかなくっちゃ」
「おい、モデルの件は？」
「なんであたしがあんたのモデルなんかしなくちゃイケナイわけ！？こっちからお断りよっ！！」
　恋は力いっぱい否定すると、ズカズカと力強い歩行で屋上を後にした。
「……まるで嵐のようだったな……なぁ、天音？」
「う、うん……そうだね……」
　天音はいまだに恥ずかしそうにしたまま俯いている。
　まぁ、一件落着ってとこかな？
　俺は一面蒼く染まった空を見上げた。
　少し冷たい秋風がびゅーっと屋上を吹きぬけていった。