ここは、とある惑星にある豪華ホテルのスイートルーム。
　煌びやかな装飾が施され、高価な家具が配置された広い部屋の中に、一人の少女と中年の男がいた。
　和気藹々とした雰囲気にはほど遠く、重苦しい空気が支配する中、二人とも黙ったまま互いの表情を窺っている。
　腰の下まで伸びた髪に、黄色のリボンを飾っているその少女は、泣く子も黙る大富豪アルカネット家の令嬢で、宇宙海賊達からは恐れられている、クライムクラッカー「ピンクドルフィン」チームのリーダー、エミリア・F・アルカネットである。
　ピンクのハードベストの下に白のシャツと赤のネクタイを身につけ、上と合わせたピンクのスカート姿は、生業としている「クライムクラッカー」としての正装姿であった。
　一方、中年の男はエリミアの父親であった。
「……話は分かりました」
　沈黙を先に破ったのはエミリアの方であった。
「アルカネット家の大々的なプロモーションに、わたしを起用したいというのは、百歩譲ってよしとしましょう。でも、これは何！？」
　言うや、空中に投影されたスクリーンを指さす。
　そこには、白いドレスを着たエミリアが映し出されていた。
「これじゃあまるで、ウェディングドレスじゃない！」
　抗議の声を上げ、相手を睨み付ける。
「落ち着きなさい、エミリア」
　しかしそんなエミリアを諭すように、父親は優しく語りかけた。
「確かにお前が批判的なのは分かっている。しかしお前ももう大人だ。聞き分けのない子供じゃないだろう？白は純潔、純白、清廉潔白を表している。クリーンなイメージを表現するのに、これ以上の色があるというのか？」
「だ、だからって……」
「あるのか？」
　父親は最後に言った言葉を、念を押すように繰り返す。
「…………」
　エミリアは返答に窮してしまった。
　再び沈黙の時が流れる。
「…………」
「…………」
　無言のまま、二人は互いの表情を窺う。
「……分かりました」
　先に沈黙を破ったのは、やはりエミリアであった。
「お父様の考えは分かりました。でも少し、考えさせて」
「いい返事を期待しているよ。エミリア」
　エミリアは席を立ち、一礼すると、スイートルームを後にした。

　エミリアが宇宙船「ピンクドルフィン」号に戻ると、チームの仲間が「お帰りなさい」と暖かく出迎えてくれた。
　キツネ耳の少女剣士、リーザ。
　アルカネット家に仕える戦士で、リザードマンのような姿のドラン。
　鶏のような風貌をしたパロット。
　エミリアが設計したロボットのコア・ログ。
　ログに惚れていつの間にか仲間になったコンピューターエルフのポプリ・ヴァンプ。
　皆苦楽をともにした、エミリアにとってかけがえのない仲間であった。
「お嬢、旦那様との会合はどうでした？」
　ドランがエミリアに尋ねてくる。
「どうもこうもないわよ！」
　エミリアは思い出すのも忌々しいといった様子で、吐き捨てるように言った。
「お父様ってば、わたしにウェディングドレスのような服を着て、アルカネット家のプロモーションに出ろって言うのよ？冗談じゃないわ！」
「ヒュー！」
　エミリアの言葉に、パロットが口笛を吹く。
「この年になって、お嬢の花嫁姿を見ることができるとは……いやはや、長生きはしてみるもんですなぁ」
「やめてよ！わたし、まだ結婚なんてしないんだから！」
　パロットの言葉に、エミリアは心底拒絶反応を示す。
「拙者、エミリア殿はウェディングドレスより白無垢の方が似合うと思うでござるよ」
　今度はリーザが笑いながら言った。
「リーザまで……」
　エミリアは大きくため息をつく。
　そんな彼女を見て、船内は和やかな笑い声に包まれた。
「でも変なのよねぇ」
　自分の席に座ったエミリアは、席に寄りかかりながら呟く。
「変とは？」
　パロットが尋ねる。
「百歩譲って、プロモーションは分かるのよ。でも、あの衣装になんで固執するのか、まったく理解できないのよねぇ」
　エミリアは宙を見上げる。そしてポプリに声をかけた。
「ポプリ、ちょっとお願い。お父様の今の様子、映してもらえるかしら？」
「はいはーい」
　ポプリは二つ返事で、コア・ログに両手を当てる。
　程なくしてコア・ログの両目から光が伸び、空中に巨大スクリーンが投影された。
　その映像には、エミリアの父親と、アルカネット家の使用人らしき初老の男が映し出されている。
「音声も出して」
「はーい」
　ポプリが返事をするや、音声も聞こえてきた。
「まったく、あのおてんばには困ったモノだ」
　父親は深くため息をつく。
「でも、宜しいのですか旦那様？お嬢様のお気持ちも考えずに」
「いいのだ」
　初老の男の言葉に、父親は首を横に振る。
「そろそろ娘にも身を固めて貰わんと。いつまでもフラフラしているから、クライムクラッカーなどと言う危険な遊びに首を突っ込んだりするんだ」
「遊び、ですって！？」
　その言葉にエミリアは激昂するが、こちらの声は向こうには届かない。
　父親はさらに続ける。
「だから、私は今回のことを計画したのだ。エミリアがウェディングドレスを着て、プロモーション撮影に臨む。その瞬間に、全宇宙に向けた婚約会見に早変わりする、と言うわけだ。既成事実さえ作ってしまえば、娘もアルカネット家の人間だ。覚悟を決めるほかあるまい」
「しかし、お見合いもせずいきなり婚約というのは……」
「なぁに。エミリアにふさわしい相手を選んだつもりだ。婚約発表の後に、互いのことを理解していっても、遅くはあるまい……」
「止めて」
　エミリアの抑揚のない声に、ポプリは映像と音声を止める。
「お、お嬢……」
「エミリア殿……」
　ドランとリーザは額に汗を浮かべながらエミリアを見る。
「フ、フフフ……」
　エミリアは低く笑った。
「お父様、いい度胸ね……そっちがその気なら、こっちにだって考えがあるんだから……！」
「あーあ。わしは知らんぞい」
　パロットがため息をついた。

　そして数日後。
　父親と会合を行ったホテルの大会場に、エミリアの姿があった。
　父親が指定したウェディングドレス風の白いドレスを身にまとって。
「うんうん、綺麗だよエミリア」
　父親は満足そうに頷く。
「恥ずかしいですわ。お父様」
　エミリアははにかみながら答える。
　会場には多くの人々が詰めかけていた。テレビカメラも多数来ている。
　そしていよいよ、プロモーションを撮影する時間がやってきた。
「よろしくお願いします」
　エミリアはステージに立つと、撮影クルーに向かって深々と一礼する。
「それでは、撮影はじめます！スリー・トゥー・トゥー、はい！」
　カチンコがカシャッと振り下ろされる。
　同時に、会場が暗転した。
「な、何！？」
　エミリアの狼狽える声が暗闇の中から聞こえてくる。
（いよいよだな）
　父親はほくそ笑んだ。
　突然、暗闇の中に、巨大スクリーンが浮かび上がる。
　果たしてそこには、銃を構えるエミリア、カメラ目線のエミリア、それにピンクドルフィン号が映し出されていた。
「こ、これは……」
　予期せぬ出来事に、狼狽える父親。
「この世に宇宙海賊がいる限り！この宇宙に悪党がいる限り！捕まえて見せましょう！クライムクラッカーの名の下に！！」
　流されるナレーション。
「照明だ！照明をつけろ！！」
　父親が叫ぶ。
　すると、ステージの中央の一点が、照明によって照らされた。
　モクモクと立ち上る白煙。
　白煙の向こうに移る人影。
「こ、これは一体！？」
　想定外の演出に、父親は戸惑いの声を上げる。
　しかし次の瞬間、「あっ！」と驚きの声をあげた。
「チーム『ピンクドルフィン』参上！」
　白煙の中から、ポーズを決めたエミリア、リーザ、ドラン、パロット、コア・ログ、ポプリが現れる。
　エミリアの姿はウェディングドレス風の服ではなく、ピンクのハードベスト姿になっていた。
「宇宙海賊さん達。今からわたし達クライムクラッカーがあなた達を捕まえに行ってあげるから、覚悟しなさい」
　そう言ってエミリアはカメラに向かってウィンクすると、会場の外に向かって駆け出す。
　他のメンバーも、エミリアの後に続いて駆けだした。
「コラー！エミリア！！今すぐ戻ってきなさーい！！」
　自らの計画を破壊された父親は、たまらず怒声をエミリアに投げかける。
　そんな父親の声を聞きながら、エミリアはクスッと笑うのであった。