さらに時が流れて放課後。
　帰路を急ぐ生徒たちの姿の中に、学園の生徒会長である愛菜と、同じく副会長の凜香の姿があった。
「将悟君、大丈夫かなぁ？」
　フルーツの入ったカゴを持っている愛菜が、心配そうに呟く。
「大丈夫ですよ。風邪くらいで大げさな。普段の生活がたるんでいる証拠です」
　対照的に凜香はそっけなく答える。
　しかし、その言葉を聞いて愛菜はクスッと笑った。
「凜香ちゃんってばそんなこと言って。お昼休み、将悟君のために一生懸命お弁当作ってたのは、どこの誰だったかしら？」
「あ、アレは、その！み、帝野先輩が、お腹空かせてるとかわいそうだなぁ、って……」
　愛菜に痛いところを突かれた凜香は途端に顔を真っ赤にし、消え入りそうな声を出す。
「クスッ。凜香ちゃんかわいー」
　愛菜はそんな凜香の仕草に、微笑みを浮かべずにはいられなかった。
「……天導会長の意地悪」
　凜香はムスッとむくれる。
　そんな会話を交わしながら、二人は将悟が住むアパートの部屋の前へとやってきた。
「そ、それじゃあ、失礼して」
　凜香はコホンと咳払いをすると、チャイムを押した
「はーい」
　しかし、中から聞こえてきた少女の声に、二人は顔を見合わせる。
「将悟君って、確か一人暮らしだったよね？」
「え、ええ。そう聞いてますけど……」
「じゃあ、今の声は？」
「わ、私に聞かないでください」
　愛菜も凜香も首をかしげる。
「すみませーん。ここは帝野将悟君のお部屋ですかー？」
　愛菜が中に大きな声で呼びかけを行った。
「そうですけど？」
　今度は違う少女の声が聞こえる。
「また違う女の子の声だぁ……」
　愛菜は再度首をかしげる。
「……まさか！？」
　凜香はハッとして、すぐさまドアノブを回した。
「あ、開けますわよ！」
「おお。遠慮なく入ってくれ」
　さらに違う少女の声の返答を待たずに、凜香はドアを開ける。
　そして目の前の光景に絶句した。
　凜香の目の前では、ベッドに寝かされた将悟の傍で、パジャマ姿の少女が三人、テーブルを囲んでノートを開いていた。
「おっ。天導会長に国立、よく来たな」
　芽依が、二人に声をかける。
「あ、貴方達……何をしてますの？」
　その不思議な光景に、家に上がった凜香が、目を丸くしながら尋ねた。
「見ての通り、勉強だが？」
　芽依が当然のように答える。
「みんなでお勉強会、楽しそうだね〜」
　同じく家に上がった愛菜が、興味深そうに三人を見る。
「『楽しそう』じゃ、ありませんわ！」
　しかし、そんな愛菜を凜香は睨みつけた。
「第一、貴女達、授業はどうしましたの！？」
　そして、仁王立ちで三人を睨みつける。
「いやあ、それどころじゃなかったんでなぁ〜」
　しかし、芽依は涼しい顔で、その視線をかわす。
「そうですよ！」
「緊急事態だったんだから！！」
　そして、心乃枝と雅も芽依に同調した。
　その迫力に、凜香は思わずたじろぐ。
「き、緊急事態って……なんですの……？」
「……そろそろ時間だな」
　凜香の質問には答えず、時計を見た芽依が、おもむろに立ち上がった。
　そして、寝息を立てている将悟に近づくと、額に乗せてあったタオルを枕元に置いて、眼鏡を外して額を接触させる。
「なっ……！」
　その光景に、凜香は言葉を失った。
「ふむ……まだ熱いな」
　額を離した芽依は、思案気に呟くと、眼鏡をかける。
「ななな、何してますの！？」
　凜香は顔を真っ赤にしながら、芽依を見た。
「見ての通り、熱を測っただが？」
　しかし芽依は、涼しい顔で答えて、先程いた場所に座る。
「ね、熱を測るだけなら、体温計があるじゃありませんこと！？」
　その芽依の行動に到底納得のいかない凜香は、非難の声を上げた。
「そうですよ！それじゃあ正確な熱は測れないじゃないですか！」
　その意見に、心乃枝が同調する。
「鶴眞先輩……」
　凜香は頼もしそうに心乃枝を見た。
「いいですか？熱はこうやって測るんです！」
　しかし心乃枝は立ち上がって将悟に近づくと、芽依がしたように自らの額を将悟の額に重ねあわせた
「なっ……！！」
　凜香は再度絶句する。
「やっぱり……熱いですね」
　芽依よりも長い時間額を接触させていた心乃枝は将悟から離れると、恥ずかしそうにそう言って、やはり先程いた場所に座った。
「つ、鶴眞先輩！！」
　凜香は抗議の声を上げる。
「だ、だって、嵯峨良先輩の計り方じゃ、時間短すぎて、わからないでしょうし……」
　心乃枝は恥ずかしそうにしながら、視線を凜香からそらす。
「……ホント、二人には任せておけないんだから……」
　すると、今度は雅が立ち上がり、やはり将悟に近づいて額を接触させた。
「…………！！」
　凜香は最早言葉が出てこず、口をパクパクさせる。
「確かに……熱いわね。タオル絞ってこないと」
　心乃枝よりもさらに長い時間額を接触させた雅は、額を離すと枕元に置いてあったタオルを持って、台所へと行った。
「あああ、貴女達！なんて破廉恥なことを！！」
　正気に戻り、凜香は抗議の声を上げる。
　しかし、芽依は自らの口元に人差し指を当てた。
「あまりうるさくすると、将悟が目を覚ましてしまうぞ？」
「はっ！？」
　芽依の言葉に凜香は慌てて口元を抑える。そして驚きの表情で芽依を見た。
「『将悟』……？」
「ああ。私達は将悟の看病をしながら、勉強をしていた、というわけだ」
　芽依は悪戯っぽく笑う。
「そうだったんだぁ……それなら、まなも将悟くんのお熱測るぅ〜」
　すると、今まで黙っていた愛菜が、持参した果物の籠をテーブルに置くと、将悟に近づき、三人と同じように額を接触させた。
「なっ……！！」
　思いがけない愛菜の行動に、凜香は持っていたお弁当の包みを落とす。
「……うん、みんなが言うように、まだ熱があるね」
　そして将悟から離れた愛菜は、心配そうに彼を見た。
「て、天導会長！！はしたないです！！」
　しかし、凜香に怒られてしまう。
「えーん！凜香ちゃんがいじめるー！！」
　たまらず愛菜は、芽依に泣きついた。
「よしよし」
　芽依は優しく愛菜の頭を撫でると、凜香を見た。
「そう怒るな。天導会長だって、将悟のことを心配してるんだから」
「で、でも……！」
「そういう国立、お前はしないのか？」
「えっ？」
「だから、将悟の体温計測」
「…………！！」
　途端に、凜香は頬を赤らめる。
「わわわ、私はそんなことしません！！」
「ほう？将悟は心配じゃない、と？」
「そ、そんなことないですけど……」
　そして凜香は言葉を止める。
　気が付くと、他の４人の少女達が、凜香のことをジーっと見つめていた。
「コ、コホン」
　凜香は咳払いをして、落とした包みをテーブルの上に置くと、将悟を見た。
「し、仕方ありませんわね。そこまで言うなら、私も帝野先輩の体温を測りますわ」
　凜香はゆっくりと顔を近づけ、将悟の額に自らの額を当てる。
（み、帝野先輩の顔がこんな近くに……！）
　凜香の鼓動がドクン、ドクンと高鳴っていく。
「どうだ？熱いだろ？」
「…………」
　芽依の問いかけに、凜香は無言のまま、将悟を見つめる。
　ドクドクドクドクと、早くなっていく鼓動。
（ど、どうしましょう……あと少し……あと少しで、帝野先輩の唇を……）
　すると、突然将悟が目を開けた。
「…………！」
　将悟も凜香も、そのまま固まってしまう。
　やや間を置いて。
「い、いやあああああああああああああああああ！！」
　慌てて離れた凜香の悲鳴と平手打ちが、将悟に炸裂した。

「……で、みんな、俺のことが心配で、お見舞いに来てくれた、と」
　将悟の言葉に、居合わせた少女５人は一斉にコクンと頷く。
「その気持ちは嬉しいけど、流石にこれはちょっと……」
　そして困惑顔で、雅の絞ってきたタオルを頬に当てながら、少女達を見た。
「何を言う」
　真っ先に反論したのは芽依であった。
「夫を心配するのは、嫁として当然だろ？」
「嫁じゃありません！」
　すかさず心乃枝が食いつく。
「わたしが、将悟さんのお嫁さんなんですから」
　そう言いながら身を乗り出す。
「鶴眞さんは『自称嫁』でしょ？あたしなんか、将悟と結婚の約束までしてるんだから」
　しかし、雅はそんな心乃枝に対抗するかのように、腕組みをした。
「貴女達！先程から聞いていれば！！わ、私なんか、帝野先輩と既成事実一歩手前まで行ったんですからね！！」
　負けじと、凜香が主張する。
「将悟君、モテモテだねぇ〜」
　そして、ニコニコしながら愛菜が一言。
「…………」
　将悟はハァ〜と、大きくため息をついた。
　これでは収集が付かない。下手をすれば５人が５人とも朝帰りをして、学園の噂になること間違いなしだ。
（一体どうすれば……）
　と、その時。まるで将悟の考えに呼応するかのように、ドアが開いた。
「もう、その辺にしておいたらどうだい？」
　そして、衣楠が姿を現す。
「将悟君も随分困ってるみたいじゃないか。病人はもっといたわってあげないと、ね」
　そして、中へと入ってくると、芽依に紙袋を手渡した。
「はい、これ嵯峨良先輩の着替え」
「……ふっ。そうだな」
　芽依は笑うと、その紙袋を受け取った。
「確かに、水谷の言うとおりだな。私も着替えるとしよう。みんな、今日はもう帰るぞ」
　芽依の言葉に不満そうな態度を他の４人は見せるが、最後は渋々従った。

「いやぁ、助かったよ衣楠」
　５人の少女が出ていき、静けさを取り戻した部屋の中。
　まるで先程の嵐が嘘であったかのように、静寂に包まれている。
　そんな安息の地を取り戻し、将悟は衣楠にお礼を言った。
「どういたしまして」」
　衣楠はフフフと笑う。
「将悟君の苦労に比べたら、こんなのお安い御用さ」
「俺の苦労？」
　衣楠の言葉に、将悟は眉をひそめる。
「まぁ、近いうちにわかると思うよ」
　衣楠はニヤリとしたまま、それ以上は答えようとしない。
「脅かすようなこと言うなよ」
　将悟も苦笑いを浮かべる。

　そして翌日。
　風邪が治って登校した将悟は、昨日の５人が揃って風邪をひいて、学校を休んでいる事実を知らされるのであった。