ダブルブッキング？

　キーンコーンカーンコーン
　授業の終わりを告げるチャイムが校舎内に鳴り響く。
「それじゃあな！」
　俺はすぐさま鞄を手にすると、教室を飛び出した。
　あかりの非難めいた声が聞こえてきたような気がしたが、とりあえず無視だ。
　今日はどうしてもはずせない用事がある。
　そのために、掃除当番などというくだらないものに付き合ってる時間はないのだ。
　階段を駆け下り、廊下を走り抜けていく。
　そして下駄箱で靴を履き替え、外へ出ると校門へと向かった。
　これだけ早ければ、流石に……
「あっ、浩之さん！」
　しかし俺の予想とは裏腹に、その少女は既に校門の前にいて、俺の姿を見るや手を振ってきた。
「は、早すぎるぜ、マルチ……」
　俺は大きく息を切らせながらその少女、マルチの前に駆け寄る。
「何でこんなに早いんだ？俺は授業が終わったらすぐに来たって言うのに」
「えっ……だって、浩之さんが『掃除当番は人に任せて、授業終わったからすぐ来い。これは命令だ』って……」
　マルチは困ったように俺を見る。
　うーん……冗談半分で言ったのに、まさか本当に実行するとは……
　マルチのことだから、絶対掃除当番はやってからくると思ってたんだが……
「そうかそうか。掃除当番をサボってきたのか。まったく悪い奴だなお前は」
　俺はマルチの頭を優しくなでてやる。
「はわわ……」
　マルチは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
　相変わらずかわいい奴だ。
「それじゃあいこっか」
「は、はい……」
　マルチは小さくコクンと頷いた。

　桜に囲まれた並木道を、俺達は歩いていた。
　風が吹くたび桜の花弁が華麗に舞い、桜色のシャワーとなって降り注ぐ。
「あの、それで……どこに行くんでしょうか？」
　横に並んで歩くマルチが尋ねてくる。
「秘密。ついてからのお楽しみだ」
　俺は含みを持たせた言葉をマルチに言う。
　まぁ実際には、マルチをどこに連れて行こうか、今考えてる最中なんだが……
　このまま花見に行く、なんていうのもいいかもしれないが……はてさて、どうするか……ん？あれは？
　ちょうど交差点に差し掛かったとき、信号待ちをしている、うちの学園の制服を着た女子生徒を見つけた。
　長い髪。おっとりした表情。
　一見すると芹香先輩のように見える。
「…………」
　俺は無言のまま、足早にその少女に近づいた。
　マルチがトコトコと俺の歩調に合わせて歩く。
「……」
　コクン。
　その少女は俺たち二人の姿を見ると、小さく頷いた。
「……何やってるんだ綾香？そんな格好で？」
　俺は不思議に思い、尋ねる。
「な、なんでわかったの！？」
　途端にその少女は馬脚を現し、驚きの声をあげた。
「わかったって……どこからどう見ても綾香、だよな？マルチ」
「は、はい。綾香さんです」
　マルチも同意する。
「あーあ、完璧に変装しきったと思ったんだけどなぁ。最後の最後でばれちゃった」
　綾香はさも残念そうにため息をついた。
　最後の最後って一体なんだよ？
　……ひょっとして……
「綾香……お前、まさか先輩と入れ替わってうちの学校に来てたんじゃ、ないだろうな？」
「さっすが浩之。いい勘してるじゃない」
　綾香は片目でウィンクしてみせる。
「……」
　相変わらずこの姉妹の考えてることって、よくわかんないなぁ。
　……ってことは、先輩は綾香の学校にいったってことか？
「あっ、姉さんなら『世界超魔術大会』とかいうのに行っちゃって、明日まで戻ってこないわよ？」
　まるで俺の考えを見透かしてるかのように、綾香が言う。
　それじゃあ先輩には明日まで逢えないってことか。ちょっと残念かも。
「まぁ、貴方達のことは姉さんに黙っててあげるから、安心しなさいな」
　いつのまにか綾香がニヤニヤしながら俺達のことを見ていた。
「黙ってるって、何を？」
「それはもちろん、浩之があたしとのデートをすっぽかしてマルチとデートしてることに決まってるじゃない」
　綾香は悪戯っぽく笑う。
「え、えええっ！？デデデ、デートだなんて！！はわわっ！！」
　途端にマルチは顔を真っ赤にして慌てふためき始めた。
「まったく、そんな心臓に悪い冗談言うんじゃない。第一、俺はお前とデートの約束なんかしてないし」
「あれ？そうだっけ？」
　綾香はとぼけたように小首をかしげる。
　まったく……しょうがない奴だよな……
「ほら、マルチも落ち着け」
　俺はマルチの頭を撫でてやった。
　マルチの動作がピタリとおさまり、トロンとした目つきになる。
「……で、綾香、お前これからどこへ行くつもりだったんだ？」
「もっちろん、寄り道に決まってるじゃない」
「はぁ？」
「ということで浩之、マルチ、一緒に行くわよ」
「ちょ、ちょっと待て！！」
　あまりにも強引な展開に、俺は綾香の話を止める。
「何で俺達が、綾香と一緒にどこかへ行かなきゃいけないんだ？」
「だって仕方ないじゃない。昨日新しくできたばっかの駅前のデパートに行ったら、４００００人来場者記念とかで、デパートの中にある喫茶店のセットメニューのタダ券たっくさん貰っちゃったんだから」
　綾香は鞄から、かなりの長さに連なってるタダ券を取り出し、俺達に見せる。
　４００００とか言う中途半端な数がなんとなく気になるが、まぁあまり細かく気にしないでおこう。
　さてさて、となると……綾香の好意に甘えるか、どうするか……
　……って、よく考えたらマルチは食べたり飲んだりすることできないんじゃん。
「せっかくの誘いだけど、すまないが断らせてもらうよ」
「ふーん……」
　綾香は意味深な笑顔を浮かべて俺たちをじろじろ見る。
　そしてポンと手を打った。
「わかったわ。それじゃあ、三人で今からお花見、ってことで」
「な、なんでそうなる！？」
「あっ、お花見いいですね」
「でしょでしょ？というわけで、レッツゴー！」
「お、おい……」
　俺の意見などお構いなしに、綾香は俺の腕を掴んで歩き出す。
　マルチも楽しそうな笑顔を浮かべているため、もはや反論は不可能な状態であった。
　そして俺達三人は、そのまま楽しい宴へと突入するのであった。