ヒュウウウウウウウウウ

　死人の墓場のように静まりかえった渓谷に、一陣の風が吹きぬける。

　タタタ……

　その疾風にあわせ、１つの影が渓谷を駆け抜けていく。
　月明りを浴び、浮かび上がった赤い装束が、まるで弾丸のように。

　ザッ……

　しかし、その行く手を遮るかのように、１つの影が立ちはだかる。
「！！」
　影は止まると、瞬時に身構えた。
「やはりな……ここにいれば、必ず来ると思っていたぞ」
「お前は、鎧武者！！」
「よく来たな忍者くん。平原を避けてこの険しい渓谷を選んだ、その度胸は誉めてやろう。しかし、この先には行かせん。阿修羅様に楯突く奴はどうなるのか、思い知らせてくれるわ！！」
「なにを！！思い知るのはそっちだ！！」
「ふっ……その減らず口、いつまで叩けるかな？」
「くらえ！！」
　忍者くんは鎧武者に向かって手裏剣を投げつけた。
「ふん！！」

　カン！！

　しかし手裏剣は鎧武者の鎧にあたると、乾いた音を立ててはじかれる。
「なっ！？」
「ふっふっふっ……どうした？」
「くっ！！」
　忍者くんは武器を手裏剣から鎌に持ち替え、鎧武者に投げつける。
「むん！！」

　カン！！

　しかし鎌も鎧武者の鎧にはじかれ、乾いた音を立てながら地面へと落ちた。
「それで終わりか？」
　鎧武者は不敵な笑みを浮かべながら、じりっ、じりっと忍者くんに詰め寄ってくる。
「まだだ！！」
　すかさず忍者くんは懐からかんしゃくだまを取り出すと、鎧武者めがけて投げつけた。

　ドゴン！！

　凄まじい爆音とともに激しい光が、辺り一帯を包み込む。
　かんしゃくだまはお師匠様から授かった、一番強い武器だ。
　これならばと、忍者くんも使わざるを得なかった。
　しかし――
「そ、そんな！？」
　煙がはれていくと、そこには涼しげな表情を浮かべた鎧武者が立っていた。
「そ、そんな！？」
　忍者くんは絶句しながら、呆然と立ち尽くす。
　お師匠様から貰ったかんしゃくだまが通用しない敵が、今目の前にいるのだ。
「それがお前の切り札か。それで黒子達を随分とかわいがってくれたようだな」
　鎧武者はにたりと笑うと、弓を構えた。
「今度はこちらから行くぞ！！」
　そしてありったけの矢を、忍者くんに向かって討ってくる。
「くっ！？」
「ふははははは！！忍者くん、ここがお前の墓場となるのだ！！」
「やられるもんか！！」
　忍者くんは手裏剣を投げながら、矢を叩き落し、身を翻しながら鎧武者の攻撃をかわしていった。
（一体どうすれば……そうだ！！）
　忍者くんはかんしゃくだまを取り出し、鎧武者めがけて投げつけた。
「そんなもの、ききはせん！！」
　鎧武者はかんしゃくだまを叩き落し、その衝撃で辺りが黒煙に包まれる。
　そして鎧武者は黒煙の中から矢を射続けた。
　やがて、黒煙がはれて、視界が開けていく。
「うっ！？」
　しかし、自分の目の前に居たはずの敵の姿を見失ったことに気がついた鎧武者は、矢を射るのをやめてあたりをキョロキョロと見回した。
「おのれ……どこへ！？」
「ここだ！！」
　鎧武者の一瞬の隙をついて、忍者くんが上のがけから飛び降りてきた。
　そして背後から強烈な一撃を鎧武者に食らわせ、バランスを崩させる。
「ぐお！？」
「隙あり！！」
　忍者くんは手に持っていた手裏剣を、鎧武者に投げつけた。
　それは鎧武者の体にぐさりと突き刺さる。
「ぐああああ！！」
　鎧武者は断末魔を上げながら、地面に倒れこんだ。
「お、おのれ……忍者……くん……め……む、無念……」
　そしてそのまま事切れ、動かなくなる。
「ふぅ……」
　忍者くんは額の汗をぬぐうと、再び走り出した。
　阿修羅への道程は、まだ果てしなく遠い。