前日から降り始めた雨は、勢いを止めることなく、むしろ激しさを増して降り続いていた。
　鈍色の雲から大粒の水滴が流れ落ち、時折雷鳴を轟かせる。
「すげぇ天気だなぁ……まったく、お前が風邪なんかひくからこんな天気になるんだぞ？わかってんのか？梢」
　俺は視線を窓の外からベッドへと移した。
「ううっ……あたしのせいじゃないもん……」
　その先には顔を真っ赤にしながら寝ている梢の姿がある。
　梢は当然のごとく、悲しそうな表情を浮かべて否定した。
　今日は梢の誕生日ということでデートの約束をしていたのだが、当日になってこのザマだ。
　アレだけ楽しみにしてたのに体調管理ができてないとは……まったく運の悪いやつというか、なんというか……
「ゴメンね。いっちゃん……せっかくのデート台無しにしちゃって」
　梢が申し訳なさそうにポツリとつぶやく。
「気にするなよ。デートなんていつでもできるだろ？」
「いっちゃん……」
　梢は嬉しそうに微笑んだ。
「うれしいのか？」
「うん。だっていっちゃん、他の女の人とどこかに行かないで、あたしのお見舞いに来てくれたから」
「バーカ。こんな天気でどこかにいけるかよ？」
　梢の言葉に、俺は窓の外を親指で軽く指差す。
「あはは……そうだよね……」
　それを聞いた梢は力なく笑うと、悲しそうな表情を作る。
「ちょっと待ってろ」
　俺は部屋を出ると、入り口の脇においておいた、丁寧に包装された箱を持つと、再び戻っていった。
「ほら」
「えっ？」
　突然差し出された包みに、梢は戸惑いの表情を浮かべる。
　まったく鈍いやつだ。
「誕生日プレゼントだ。お前の」
「あ、あたしに？いっちゃん……」
　梢は瞳を潤ませると、ムクリと起き上がった。
「大丈夫か？起き上がって」
「うん……ねえ。開けてもいい？」
「ああ、いいぞ」
　梢はそのまま包装を解いていく。
　しかし、やがてあらわになった箱を見て、そのまま動作が止まった。
「いっちゃん……これ、なに……？」
「見てのとおり軍将だ」
「いっちゃ〜〜〜ん！！」
「これでも前にも立派な棋士になってもらおうかと思ってな」
「あたし棋士になんかなりたくないもん！！」
「そう照れるなって。始めはみんな誰でもそういうんだ。ホントは嬉しいくせに」
「う、嬉しくなんか……ゴホゴホッ！！」
　反論しかけた梢が、急に咳き込む。
「ほら。お前は病人なんだから、しっかり寝てなくちゃダメじゃないか」
　俺は梢を寝かせると、左手を梢の額に当てた。
「あっ……」
　梢は気持ちよさそうに瞳を閉じた。
　少し熱身を帯びている。
「うーん……まだ熱があるじゃないか。ちゃんと冷やさないと」
　俺は洗面器の中に入っている氷入りの水に浸されたタオルをぎゅっと絞ると、小さくおりたたんで梢の額に乗せてやった。
「気持ちいいか？」
「うん……」
「そっか」
　俺はそれを聞いて、いったん部屋を出ると、用意しておいたもうひとつのプレゼントをかかえて部屋の中へと戻る。
「いっちゃん……それ……」
　それをみた梢は、嬉しさとも戸惑いともとれる声を上げた。
「お前への誕生日プレゼントだ。欲しがってたもんな。この大きなクマのぬいぐるみ」
「いっちゃん……」
　梢は再び瞳を潤ませる。
「そんなに、あたしのこと想っててくれたんだ……」
「あたりまえだろ？お前は俺の彼女なんだから」
「あたし……とっても……嬉しい……グスっ……」
「おい、泣き出すやつがいるか」
「だって……だって……」
「まったく……涙もろいのにもほどがあるぞ？」
「エグっ……ゴメンね……」
「まぁ、これを俺だと想って、毎晩おかず代わりにだな……」
「そんなことしないもん。いっちゃんのイジワル」
　梢は泣き止むと、再び笑顔を浮かべる。
「ほら、わかったんだったら、もう寝ろ。お前が早くよくならないとデートにいけないだろ？」
「うん……いっちゃん、あたしが眠るまでずっとそばにいてくれる？」
「あたりまえだろ？」
「よかった……」
　梢は俺の言葉にコクンと頷いて瞳を閉じるが、しばらくして再び開けると俺を見た。
「ねぇいっちゃん……わがまま言ってもいい？」
「なんだよ？」
「あたしがよく眠れるようにおまじないして欲しいな……」
「おまじない？」
「うん……」
　梢は静かに瞳を閉じた。
「……わかったよ」
　俺は梢の額の上に乗っているタオルをとると、そのまま梢にキスをしてやった。
「大好き……いっちゃん……」
　梢は恥ずかしそうに呟いた。