みんなで初詣

「浩平。浩平ってばぁ」
　気のせいだろうか。
　どこかで聞き覚えのある声が、聞こえてくる。
「浩平。ねぇ、起きてよ浩平」
　まただ。
　あの口うるさい長森の声が聞こえてくる。
「浩平。起きてくれなくちゃ、あーんなことしちゃうよ？」
　何言ってるんだ長森の奴。
　もうその手には乗らんぞ。
　俺の保護者を気取りやがって……まったくおせっかいな奴だ。
　夢の中にまで出てくるとは、忌々しいやつめ。
「ふー」
「おわっ！？」
　突然耳元に生暖かい空気を感じた俺は、慌ててベッドから飛び起きた。
「なんだなんだ？」
「あっ、起きた」
「起きた……？」
　朦朧とする意識をはっきりさせるかのように、頭を二度、三度軽く振る。
　そして俺が横を向くと、長森が微笑みながら立っていた。
「あっ、長森」
「おはよ、浩平」
「おはよ？……あれ？今日から学校だっけか？」
「違うよ。今日は１月１日。新年の始まりだよ」
「なぬ？」
「浩平、あけましておめでとう」
「当てましておめでとう？長森、お前競馬でも始めたのか？」
「あー、まだ寝ぼけてるでしょ？」
「寝ぼけてるって……」
　俺はその時になって、初めて長森の姿が普段着とはまったく違う、晴れ着姿になっていることに気がついた。
「どうしたの、浩平？」
「お前、なんでそんな格好してるんだ？」
「だから、新年だからだよ」
「ほう、そうか。……で、なんでここにいるんだ？」
「一緒に初詣に行こうと思って、浩平を誘いに来たんだよ」
「はぁ？」
　俺は長森の言葉に、非難の眼差しを浮かべた。
　まったく……今年の正月は寝正月にしようって決めてたのに……長森の奴、余計なことしやがって……
「一年の計は元旦にありって言うし、初詣に行こうよ」
「もしイヤだって言ったら？」
「その時は、繭ちゃんにまた浩平の耳に息を吹きかけてもらうもん」
「はぁ？」
　俺は長森の言葉に耳を疑った。
　繭、だぁ？
　一体どこに……あっ。
　視線を下にそらすと、その人物はすぐに見つかった。
　繭は俺を見上げるように、しゃがみこんでにっこり笑っている。
「みゅー♪」
　そして俺と視線があうと、嬉しそうに言葉を発した。
「おお。繭。新年、明けましておめでとう」
「みゅー。おめでとう」
「繭も晴れ着を着てるのか。まるでお雛様みたいで、とってもかわいいぞ」
　俺は晴れ着姿の繭の頭を優しくなでてやる。
「みゅー……」
　繭は恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ははは、かわいいやつだな。お年玉はそこのだよもん星人のお姉ちゃんから貰うんだぞ」
「えーっ！？」
　長森はすぐさま嫌悪の表情を浮かべた。
「わたし、だよもん星人じゃないもん！！」
「バカ言え。今の言葉で反応したというのが、だよもん星人である何よりの証拠だ」
「う〜〜っ！！」
　長森は低い声で唸ると、繭に向かってにっこり微笑んだ。
「繭ちゃん、お年玉はそこのバカバカ星人のお兄ちゃんから貰うといいよ」
「バ、バカ言え！！何で俺が繭にお年玉をやらなきゃいけないんだ！？」
「ほら、反応した」
「えっ？」
「今の言葉で反応したから、浩平はバカバカ星人だよ」
「し、しまったぁ〜〜〜！！」
　俺は長森の見事な策略にハメられたことに気がついて、思わず頭を抱えた。
　おのれ長森……新年早々こしゃくな真似を……
「さぁ、繭ちゃん。バカバカ星人のお兄ちゃんはこれからお着替えするから、お外に出ていようね」
　長森は勝ち誇りながら、繭の手をとって部屋を出て行った。
　途端にさっきまでの喧騒がまるでウソのように、静寂が訪れる。
「……ったく、しょうがねえなぁ……」
　俺はベッドから抜け出すと、着替えることにした。
　新年早々、長森達に振り回されるハメになるとは……ついてるんだかついてないんだか……

　着替え終わった俺が部屋を出て、一階に降り、玄関に行くと、長森と繭は既に出撃体勢を整えていた。
「ほら、浩平早く早く」
「みゅー♪」
「わかったよ」
　俺は長森と繭にせかされるまま、靴を履いて外へと出た。
　空は真っ青に澄み渡った青空が広がっており、燦燦と太陽が輝いている。
　絶好の初詣日和だ。
「ふっ、これも俺の日ごろの行いがいいせいかな？」
「そうだね。浩平がぐうたらやってるから、こんな日くらいしっかりしなさいって、お日様が顔を覗かせたのかもね」
「おい長森……」
　俺は長森を睨んで文句を言おうとしたが、やめた。
　まぁ、こんな日くらい、こいつの暴言を許してやってもいいかもな。
「おお、そういえば長森」
　代わりに、俺は思い出したように、違うことを言った。
「何、浩平？」
「あけまして、おめでとう」
「ど、どうしたの浩平？」
　長森はハトが豆鉄砲くらったかのように、驚きの表情を浮かべる。
　別にそんな驚くようなことは言ってないんだけどなぁ……
「どうしたの……って、さっきちゃんと挨拶しなかったから、さ」
「あ、そーゆーことね。うん、あけましておめでとう、浩平」
　長森はその意味を理解すると、ニッコリと微笑む。
「みゅー♪」
「そうだな。行くとするか」
「うん」
　俺達はそのまま神社へと向かった。
　流石正月ということもあって、道を行きかう人の姿も、晴れ着姿の人が結構目に付く。
　アスファルトの歩道の小脇に少し降り積もった雪が、その光景にさらに華やかさを演出していた。
「流石正月だな」
「みんな、華やかで綺麗だよね」
「みゅー♪」
　俺達は他愛のない会話を交わしながら、歩き続ける。
　やがて神社へと到着した。
　案の定というかなんと言うか、賽銭箱へは既に長蛇の列ができていた。
「結構込んでるなぁ……」
「仕方ないよ。みんな考えてることは同じだもん」
「まぁ、それもそうか。さっさと並んで、気長に待つことにするか」
「そうだね」
「みゅー」
　俺達は列の最後方に並んで、賽銭箱にたどり着くのを気長に待つことにした。
　列はまるで牛歩のようにゆっくりゆっくり進んでいく。
　こうして待ってるのも退屈だよな……
　俺はそう思いながら何気なく周囲を見回した。
　かなりの数の出店があり、あちらこちらからいい匂いが漂ってくる。
「みゅー……」
　その様子を、繭が指をくわえながら物欲しそうに眺めていた。
「なんだ繭？欲しいのか？」
「みゅー……」
「ははは。後で買ってやるから。それまでの我慢だ」
「みゅー♪」
　繭は嬉しそうに頷くと、指をくわえるのをやめた。
「ホラ、繭ちゃん。ちゃんとふかないとね」
　その指を、長森がハンカチで拭く。
　すっかりお姉さん気取りだ。
　まぁ、世話好きの長森だから、嬉しいことなんだろうけど。
　そうこうしているうちに、俺達はやっと賽銭箱までたどりついた。
「それじゃあ、しっかりお願いしなくちゃダメだぞ」
「言われなくってもわかってるもん」
「みゅー」
　俺達は賽銭箱へと賽銭を投げ入れた。
　そして拍手を打って目を瞑る。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
　しばらくの間、俺達は無言になる。
　やがて、三人同時と思えるくらいタイミングよく、俺達は目を開けた。
「それじゃあ、戻ろうか」
「うん」
「みゅー♪」
　俺達はそのまま参拝の列から横にずれると、来た道を戻っていった。

「さーて、何を買うか……長森は何がいい？」
「わたしは、繭ちゃんと同じものでいいよ」
「随分と謙虚だなぁ。じゃあ、繭は何がいい？」
「みゅー……」
「なんだ？繭も決まってないのか？それじゃあ……おやっ？」
　露店を物色していた俺達は、ふと、見慣れた人物を発見した。
　その人物もやはり晴れ着姿で、参拝を終えたのだろうか、二つ結びの髪を揺らし、物見をしながら鳥居の方に向かって歩いている。
「おーい、七瀬」
　俺はその少女に声をかけて、近寄った。
「あ、折原君。それに瑞佳も」
　七瀬は一瞬驚いたような表情を浮かべる。
「七瀬さん、明けましておめでとう」
「おめでと、七瀬」
「あっ、うん。二人ともおめでと。今年一年、よろしくね」
　そして俺達が年始の挨拶をすると、七瀬も年始の挨拶を返し、ニッコリ微笑んだ。
「二人とも、もうお参り済ませたの？」
「うん」
「ついさっきな」
「そうだったんだ？あたしもついさっき済ませてきたばっかりよ」
「へぇ。一体どんなお願いしたんだ？」
「秘密よ。折原君こそ、どんなお願いしたのよ？」
「俺か？俺は七瀬と恋人同士になれますようにって」
「へぇ〜。奇遇ね。実はあたしも折原君と恋人同士になれるように……って、誰がそんなお願いするかっ！！」
　途端に七瀬の表情が変わる。
　相変わらず面白い奴だ。
「おー、怒った怒った」
「くっ……新年早々、最悪な気分だわ……」
「ウソ言え。本当は嬉しいくせに」
「全然っ嬉しくないっっっ！！」
　七瀬は力いっぱい否定すると、大きくため息をついた。
「まったく、瑞佳も大変ね。新年早々、こんな奴のお守りをしなくちゃいけないなんて」
「あ、あはははは……」
　長森は苦笑する。
「七瀬、それは違うぞ」
　代わりに、俺が七瀬に答えてやった。
「違うって、何が違うのよ？」
「俺達がお守りをしてるんだ」
「はぁ？誰の……ぐあっ！！」
　七瀬は言葉を言いかけて、悲鳴を上げる。
「みゅー♪」
　いつのまにか、七瀬の背後に廻りこんでいた繭が、七瀬の二つ結びの髪を力いっぱい引っ張っていた。
「こ、この娘もいたの？」
「だから言っただろ？俺達は繭のお守りをしてるって」
「わ、わかったから、早くやめさせてよ」
「繭、七瀬がもっとやって欲しいそうだ」
「みゅーみゅー♪」
　繭は嬉しそうに髪を引っ張る。
「いたたたたっ！！」
　七瀬は一段と高い悲鳴を上げた。
「よかったな七瀬。繭になつかれてるみたいで」
「お、お願いだから、やめさせてよ！！」
「え〜？どうしよっかなぁ？」
「浩平！そんな意地悪しちゃダメだよ！」
「……わかったよ。せっかく面白いところだったのに」
　俺は長森に促されて、仕方なく七瀬を助けることにした。
　本当はこのままこうして見ていたいんだが……どうもそうはいかないようだ。
「おーい、繭。その辺でやめないと何も買ってやらないぞ？」
「みゅー……」
　繭は渋々、掴んでいた七瀬の髪を離す。
「イタタタタ……」
　七瀬は涙目になりながら、掴まれていた髪をさすった。
「新年早々、最悪だわ……」
「まぁ、そーゆーなよ。繭だって悪気があってやったわけじゃないんだから」
「ううっ……」
　七瀬は恨めしそうに俺を睨む。
　確かに、繭相手には怒れないもんなぁ。
　さてさて、どうしたもんだか……おっ。
　俺は偶然目に止まった、七瀬のすぐ後ろにある林檎飴の露店に、足を向けた。
「すみませーん。林檎飴４つください」
「はいよっ！！」
　代金と引き換えに、店のオヤジから林檎飴を４つ受け取る。
「ほら、繭。食え」
「みゅー♪」
「ほら、長森の分」
「えっ？あ、ありがとう」
　俺は繭と瑞佳にそれぞれ林檎飴を１つずつ手渡す。
　そして七瀬にも差し出した。
「ほら」
「えっ？」
「七瀬の分だ」
「ええっ？いいの？」
　七瀬は驚きと戸惑いの入り混じった表情を浮かべる。
「まぁ、正月だからな。繭も迷惑かけたし、そのお詫びだ」
「えへへ……ありがと」
　七瀬は林檎飴を受け取ると、パクッと口に含んだ。
「あんたから贈り物貰うなんて……正月早々縁起が悪いわね。大雪でも降るんじゃないかしら？」
「へいへい。そりゃどーも」
「浩平優しいもんね」
　七瀬の代わりに長森がフォローを入れる。
「おしいね、繭ちゃん」
「みゅー♪」
　繭の奴もおいしそうにペロペロ林檎飴をなめる。
「まったく、正月早々災難だな……」
　俺はポツリと呟くと、空を見上げた。
　広大な空の大海は、どこまでもどこまでも青く澄み渡っていた。