「はぁ〜……」
　その日の夕方、美咲はいつもの三倍増の大きさでため息をつきながら、とぼとぼと道を歩いていた。
「高上の奴、今日も素っ気なかったなぁ……」
　美咲は昼休みの出来事を思い出していた。
　昼食を食べてる最中の昇の席へと行き、「今日の放課後、一緒に帰らない？」と、いつものようにアプローチをかけるも、「悪ぃ。ちょっと用事があるから」とそっけなく断られ、瞬殺。
　しかも、昇の食べていた弁当が、これまたおいしそうでショック倍増。
「あのお弁当、やっぱコウちゃんが作ってるのかなぁ……」
　そして、美咲の脳裏によからぬ妄想が、もやもやと浮かんでくる。
　エプロン姿で、おたまに口を付け、味噌汁の味見をしながら昇に向かって微笑むエプロン姿のコウ……
「そ、それとも、天狐さんが……！？」
　妖艶な笑みを浮かべながら、昇に迫る裸のエプロン姿の天狐……
「キャー！ダメよ高上！！まだ高校生じゃない！！そんな破廉恥なことしちゃ！！」
　美咲は頭をブンブンと激しく左右に振って、よからぬ妄想をかき消す。
　そして夕焼けに染まるオレンジ色の空を見上げた。
「はぁ……いつになったら、あたしの気持ちって届くのかなぁ……」
　何故だか目頭が熱くなってくる。
　このまま、二人の距離が縮まることはないのではないだろうか。
　このまま、永遠に自分の気持ちに気づいてもらえないのではないだろうか。
　不安ばかりが頭をよぎってくる。
「高上のバカ……」
　そして小さな呟き。
「あれぇ〜？」
　不意に発せられた声に、美咲は身をビクっと震わせた。
　そして、恐る恐るその方角を振り向く。
　そこには、どこかで見覚えのあるような、コートを着た女性が立っていた。
（誰だろう……？）
　美咲にはその人が誰なのか、すぐに思い出せなかった。
　しかし、その女性は美咲の事を知っているらしく、柔和な微笑を美咲に向けてくる。
「貴方、美咲ちゃんじゃない？昇ちゃんの彼女の」
「！！」
　思いがけない突然の言葉に、美咲は耳たぶまで真っ赤になり、懸命に否定した。
「ちちち、違います！！あたしと高上は友達であって、決してそんな関係じゃ！！」
「あれぇ？そうだったの？」
　女性は首を傾げる。
「いやぁ、昇ちゃんから、いつも貴方のこと聞かされてたから、貴方のこと勘違いしちゃった」
「い、いえ……」
　あははと笑う美咲ではあったが、内心では驚きの声を上げまくっていた。
（高上があたしのことを、この人に話していた？しかも彼女と勘違いされるようなことをいつもいつも！？あーん何話していたのか気になるー！！っていうか、高上とこの人の関係って一体！？ま、まさか、年上の、憧れのお姉さんとか！？）
「で、どうしたの？そんな大きなため息ついちゃって？幸せが逃げてっちゃうよ？」
　その女性の一言に、美咲の妄想が一瞬にして止まる。
「ひょっとして昇ちゃんと喧嘩した、とか？」
「ちちち、違います！」
　美咲は首をブンブンと振る。
「違うんです。違うんですけど……」
　美咲は力なく笑う。
「？」
　その女性は不思議そうに首をコクンと傾げると、美咲に優しく言った。
「わたしでよかったら、話聞こうか？」
「えっ？」
　美咲は驚きの声を上げ、女性を見る。
「一人で抱え込むより、誰かに話したほうがとっても楽になるし、美咲ちゃんのためにもなると思うよ？」
「…………」
　美咲は少しの間無言になったが、小さくコクンと頷いた。
「話、聞いていただけますか？えっと……」
「……？」
　女性は美咲の態度に首を傾げたが、ポンと手を叩いた。
「あ、そう言えば自己紹介がまだだったね。わたしは六瓢。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします。六瓢さん」
　美咲は深々と頭を下げた。

「ふーん……そんなことがあったんだ……」
　歩きながら美咲の話を聞いていた六瓢は、頭をかいた。
「昇ちゃん、かなりオクテだからねー。女心がわからないって言うか、鈍感って言うか。まぁ、本人には悪気はないんだけどね」
「そうなんですよ。あたしがこーんなにアプローチしてるって言うのに、高上には全然気づいてもらえなくって。もう、あたしどうしていいのか……」
「うーん……」
　六瓢はあごに指を当てて少し考え込む仕草を見せると、ポンと手を叩いた。
「うん。それなら、今から昇ちゃんに告白しに行こう」
「ええええええええっ！！？」
　突然の大胆な提案に、美咲は思わず大声を上げた。
「無理！絶対無理ですから！」
　そして首を強くブンブンと振る。
　しかし、六瓢はにこやかに微笑んだ。
「大丈夫。そんな貴方に、ぴったりのアイテムがあるから。ついてきて」
「えっ？」
「いいからいいから。さぁ」
「あ、あの、ちょっと……」
　美咲は六瓢に言われるまま、後をついていく。
　そして連れてこられたのは、初詣にも来た神社であった。
「ここに何が……？」
「それはついてからのお楽しみ」
「は、はぁ……」
　要領を得ないまま、美咲は六瓢と石段を登っていく。
　そして石段を登り境内に入ると、美咲は驚きの声を上げた。
「て、天狐さん？それにコウちゃん！？」
　そこには、巫女姿のクーとコウが、お守りを売っている姿があった。
「よお。佐倉。どうしたそんなシケた面して。さては昇と喧嘩でもしたのかぁ？」
　にやけながら言うクーの言葉に、美咲はブンブンと首を振る。
「ちちち、違います！！そういう天狐さん達は？」
「私達は、六瓢様に頼まれてアルバイトをしている真っ最中です」
　クーの代わりに、コウが答える。
「アルバイト？」
　その言葉に、美咲は首を傾げた。正月ならいざ知らず、普段はとてもではないがにぎわっているとは思えない神社である。アルバイトなど雇う必要があるのだろうか。
「いやぁ、実はね。今度うちの神社で新しいグッズを売り出すことになって。それで人手が必要になりそうだったから、天狐様達にお願いしたんよ」
「恵比寿のアイデアの横取りだけどな」
　横からさりげなく突っ込みをいれるクーを無視し、六瓢は言葉を続ける。
「で、恋に悩める乙女の美咲ちゃんに、是非とも買ってほしいなぁ、って」
「えっ？ここって、六瓢さんの神社だったんですか？」
「そうよー。いつもお参り、ありがとね」
　にっこりと微笑む六瓢を見て、美咲の顔は一気に真っ赤になった。
（どどど、どうしよう！！あたしが高上との恋愛成就のお参りしてたこと、すっかりばれてるー！！ってことは、あーんなことやこーんな事のお願いしたことも！！あわわわ！！！）
「ええええ、えっと、それで、あたしに売りたいものって！」
　美咲は無理やり話題を切り出した。
「ああ、そうそうこれこれ」
　六瓢は、絵馬の形をした小さなお守りを美咲に手渡した。
「これは、恋愛成就のお守り。これを身に着けてると、自分の好きな相手との仲が急接近するんだよ」
「本当……ですか」
「まぁ、騙されたと思って」
「は、はぁ……」
　美咲は半信半疑の気持ちで頷いた。

　六瓢と別れた美咲は一人、とぼとぼ歩きながら先程買ったお守りを眺めていた。
「本当に、こんなもので高上と急接近できるのかなぁ？」
　胡散臭さ全開の話を思い出し、軽くため息をつく。
　そして十字路に差し掛かった時。
　不意に、美咲は体全体に強い衝撃を受けた。
「キャ！」
　悲鳴を上げて、思わず尻餅をついてしまう。
「イタタ……」
　涙目になりながら、そのぶつかった相手を見る。そして一瞬のうちに、その表情が驚きのものへと変わった。
「た、高上！？」
「さ、佐倉？」
　ぶつかってきた相手も、驚いた様子で美咲を見つめる。
　美咲にぶつかった相手、それは彼女の意中の男子、高上昇であった。
（や、やだどうしよう！！本当に高上との仲が急接近！？）
　そして彼の視線に気づくや、あわててスカートの裾を押さえる。
「え、えっと、大丈夫か、佐倉？」
「う、うん、高上こそ」
　昇から差し出された手につかまり、美咲はむくりと起き上がる。
「ゴメンな。ちょっと考え事しててさ」
「あ、あたしこそ、考え事してたから」
　二人でアハハと苦笑する。
（だー！何やってるのよあたしー！！千載一遇のチャンスじゃない！！今こそ高上をデートに誘うのよ！！）
　美咲は心の中で、自分を叱咤激励した。
　２、３度、小さく深呼吸をして、心を落ち着ける。
（……よし！）
　意を決して、美咲は言葉を切り出した。
「あ、あのさ、高上……」
「あ、そうだ佐倉」
　しかし、美咲の言葉をさえぎるように昇は言葉を発すると、ポケットの中からごそごそとチケットを二枚取り出した。
「さっきさ、商店街でチーズケーキ店のセット無料券をもらったんだけど、よかったら今から一緒に行かないか？」
「い、行く行く！！」
　思いがけない昇の言葉に、美咲は力強く首を縦に振って即答する。
　あまりの迫力に昇はたじろいだが、すぐさま笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、いこっか」
「うん！」
　美咲は元気よく頷いた。

　そして翌日の放課後、顔がにやけっぱなしになっている美咲は、六瓢の神社への石段を上がっていた。
「昨日はよかったなぁ〜。高上とのデート」
　二人で食べたチーズケーキの味が、まるで５分前の出来事のように鮮明に蘇ってくる。
「ちゃんと六瓢さんにお礼言わないと」
　そして石段を上りきり、鳥居を潜り抜けた美咲は、目の前に広がっている光景を見て絶句した。
　昨日の閑静がまるで嘘のように、人ごみでごった返している。
「こ、これは……」
　目を丸くする美咲の下へ、六瓢が歩み寄ってくる。
「やぁ、美咲ちゃん。昨日はどうだった？」
「あ、は、はい。六瓢さんのおかげで、とても素敵な一日が過ごせました」
　美咲は笑顔で答える。そして不思議そうな表情に変化させて、人ごみを指差した。
「あの、これって一体？」
「ああ、昨日美咲ちゃんに買ってもらったお守りを、みんな買いに来たの」
「へっ？」
「いやぁ、口コミで広まったらしくて。１ヶ月しか効かないって言うのに、やっぱみんな恋愛ごとには真剣なんだね。美咲ちゃんに買ってもらったのは試供品だから１日しか持たないけど」
「えっ！？」
「あと、限定１００個しかないってのが、プレミアム感を煽ってるみたい」
「えええっ！？」
　美咲は大声を上げて、お守りを取り出した。
「これ、１日だけ……」
「そ。１日だけ」
　駄目を押すように、六瓢が美咲の言葉を復唱する。
「そんなぁ……天狐さん、コウちゃん、あたしにもそのお守り売ってーーーー！！」
　美咲は涙声になりながら、せわしなくお守りを売りさばくクーとコウの元へと駆けていった。