夏だ！海だ！海水浴だ！！
　というわけで、高校生活最後の夏休み、俺達は海へとやってきた。
　海水浴シーズンということもあり、浜辺は人、人、人で埋め尽くされている。
　そんな人ごみの中で、俺達は大き目のビーチパラソルを立てて、ゆっくりくつろいでいた。
　いや、正確に言うと、くつろいでいるのは俺一人で、三人は火花を散らし、残り一人は激しく落ち込んでいたりするわけだが。
「どう？功司君、あたしの水着は」
　しきりに白のビキニ姿をアピールするマリィ。
「功司君、私の方が似合ってるわよね？」
　マリィに負けじと、黒いタンクトップのセパレート型の水着を見せる瑞希。
「お兄様、私が一番、かわいいですよね？」
　二人に負けじと、フリルのついた水着姿で俺を見つめる静乃。
「若いっていいなぁ……若気の至りって事で許してもらえないかなぁ……ああ……どうしよう……先輩に殺される……」
　そしてワンピースの水着にパーカーを羽織った姿で、俺の横で激しく落ち込むみこピー。
「ふぅ……」
　そんな女子達に、ため息をつく普通の水着姿の俺。
　まぁ、こうなることは薄々は予感してたけどさ。この三人については。
　みこピーは……落ち込むのも無理ないか。ここに来る途中、運転ミスりまくってあちこち派手にぶつけまくって、出発前は新車同然だった車が、今じゃ廃車同然な感じになってるからな。
　俺達も、よく生きてここまで来れたもんだ。そう考えると、俺達は案外、強運を持ち合わせているのかもしれない。
　ここで、何故こんなことになっているのか、事の成り行きを話したいと思う。
　アレは一週間前の夕暮れ時。
　一緒にリビングで涼んでいたマリィの何気ない一言が始まりだった。
「海行きたいなぁ」
「海？」
「うん。ひと夏の思い出作り」
　俺の言葉に、マリィはコクンと頷く。
「やっぱ引きこもりはよくないと思うのよ。折角夏なんだし、二人の恋が燃え上がるようなことしないと。それに、功司君にあたしの水着姿、見てほしいし」
「それは聞き捨てならないわね」
　まるでマリィの言葉に反応するかのように、瑞希と静乃がリビングへ「乱入」してくる。



「マリィ、そんなに海に行きたいなら、貴女のお友達のシーナさんに会いに、あっちの世界に一人で行けばいいじゃない。もちろん、二度と戻って来なくていいから」
「そうです。二人の恋とやらは既に真っ白に燃え尽きてるんですから、燃え上がるなんてこと絶対ありえません。マリィ先輩は傷心のまま、荷物をまとめて故郷に帰るといいと思います」
　そしてウンウンと頷く二人の言葉に、マリィは眉間をピクピクさせながら、いつものように応戦する。
「そうね。水着姿を見てもらう相手もいない女の子は、寂しい夏を送るしかないもんね。もちろん、あたしは功司君と海に行くけどね」
「なっ……！」
「……いい度胸じゃない……」
　マリィの言葉に静乃は絶句し、瑞希は拳を震わせる。
「わかったわ。そんなに水着で勝負したいのなら、受けてたつわ！」
「望むところよ！！」
　そして、二人の間に激しい火花が飛び散る。
　で、それからいろいろあって、列車で海に行くことになったはずが、何故かみこピーが割り込んできて（みこピー曰く、高校生だから引率者が必要との事）、みこピーの運転する車で行くことになったと。でもみこピーは車持ってないんで、奈緒先生から車を借りることになったわけだが……なんだかんだで現在に至る、と。
　これから一体どうなることやら……
「ふぅ……」
　俺はこれからの事を思い浮かべると、ため息をつかずにはいられなった。

「み、みんなかわいいよ」
　俺が感想を述べると、瑞希は不敵な笑みを浮かべながらマリィを見た。
「どうやら功司君は私達の水着に見惚れて、誰の水着が一番か判定に困っているようね」
「そのようね、瑞希。これじゃあ勝負にならないわね」
　マリィも冷笑を浮かべながら、瑞希を見る。
　バチバチと、二人の間に激しい火花が飛び散る。
「やはりアレで勝負するしかないようね」
「そうね……アレで勝負するしかないようね」
「フフフ……」
「ンフフ……」
　そして二人にしかわからないような会話を交わして、お互いほくそえむ。
　ほんの一瞬、静寂が流れる。
『ビーチバレーで勝負よ！！』
　次の瞬間、二人は同じ方角を指差し、そして二人の声が高らかに重なりあった。

　ビーチバレー……それは二人一組で行う、砂上のバレーボール。
　灼熱の太陽の光を全身に浴びて、砂塵舞う苛酷な環境の中で、時には傷つき、時には仲違いをし、そして互いの友情を深め、栄冠を勝ち取る過酷な格闘技。
「だから、何が何でも、ミズキチと静乃ちゃんには引導を渡さないといけないの！！」
　マリィは力強く宣言すると、持っていた紙コップをギュッと握りつぶした。
「なんだかなぁ……」
　俺はため息をつかずにはいられなかった。
　まぁ、いつものことといえばいつものことなんだけど。
　事の成り行きを簡単にまとめると、水着勝負をあきらめた三人は、たまたま開催されていたビーチバレー大会で決着をつけることになった。で、瑞希達が勝った場合はマリィは即刻元の世界へ強制退去、マリィが勝った場合は俺にちょっかいを出さないこと、という条件が付与された、と。
「……で、勝算はあるのか？」
「もちろん！！」
　マリィは力強くＶサインを作って見せる。
「とはいってもなぁ……」
　俺は、隣で燃え尽き症候群になっているみこピーを見た。
　運動神経だったら、まぁマリィと瑞希はどっこいどっこいだろう。
　問題は、参加資格が女子二人一組ってことだ。
　つまり、瑞希と静乃はペアを組むので、マリィは必然的に半ば廃人化しているみこピーと組まなければいけないわけであって。
　これでは瑞希達と戦うどころか、１回戦負け確実だ。
「大丈夫かよ？」
「大丈夫だって。功司君は心配性だなぁ。ちょっと待っててね」
　マリィはそれだけ言い残すと、突然走り出した。
「えー。冷たいジュース、いかがですかー？」
　マリィはジュースを売っている、海の家のバイトと思われる、サンバイザーをかぶった売り娘のところへ向かっていく。
　まさか、まったく見知らぬ他人を巻き込むつもりか？
　しかしマリィはそのままツインテールの少女のところを通り過ぎると、何処かへと走り去っていってしまった。

「……で、これがお前の勝算って奴か？」
　戻ってきたマリィが連れてきた人物を見て、俺は溜息をつかずにはいられなかった。
「お久しぶりです、牧村さん」
　その金髪の少女は、礼儀正しく俺にお辞儀をする。
　マリィが連れてきたパートナーは、事もあろうにかりんであった。しかも、既にあっちの聖遼学園のスクール水着を着用している。
　マリィの奴、また召喚魔法使ったのか。静乃の奴、また激昂するだろうなぁ……
　まぁ、確かに勝算ありきのパートナーといったら、かりんしか考えられないだろうけど。
　俺の出費もかなり増えそうだ。
「まぁ、瑞希達の無駄な足掻きに付き合ってるほど暇人じゃないんだけど。誰が功司君の恋人かって事、今一度知らしめる必要が有るからね。ミズキチと静乃ちゃんを全力で倒しに行くわよ、かりん！！」
「は、はい！！」
　マリィに力強く手を握り締められたかりんは、勢いに促されるままコクコクと頷いた。

　それから少しばかり時が流れ、ビーチバレー大会が開幕した。
　みこピーのことも心配だったが、いい大人なんで自力で立ち直って貰う事にして、俺はビーチバレー大会を見学することにした。
　マリィとかりん、大丈夫かなぁ……
　しかし俺の心配は杞憂だったようで、マリィとかりんは抜群のコンビネーションを見せた。
　マリィ、かりん双方のブロック、スパイクが面白いように決まっていき、あれよあれよと勝ち抜いていく。
　そしてとうとう、決勝まで来てしまった。
「よくここまで来たわね」
　二つの影が、マリィとかりんの前に立ちふさがる。
　言わずと知れた、瑞希と静乃だ。
　二人とも、サンバイザーを装着している。
「マリィ、貴女どこまで卑怯な手を使えば気が済むの？神瞳さんも神瞳さんよ。マリィの悪行の手助けをするなんて」
「そうです！！かりん先輩、マリィ先輩のような悪魔に手を貸すだなんて、見損ないました！！正義を愛する心はどこへ行ってしまったんですか！！」
「え、えっと……」
　二人から激しく責められうろたえるかりん。
「駄目よかりん！悪魔の言葉に耳を傾けちゃ！！今から、白昼夢を見続ける二人に正義の鉄槌を下すんだから！」
　そこへ割ってはいるマリィ。
　そして三人の視線の間に、激しく飛び散る火花。
　これは平穏に終わりそうにもないな……
　俺は波乱を予感せずに入られなかった。

　そして試合が始まった。
「えーい！！」
　マリィがサーブを打つ。
「えい！！」
　静乃がレシーブし、瑞希がトスをあげる。
　そして静乃がジャンプ。かりんもあわせてジャンプ。
　静乃のスパイクを、かりんが確実にブロックしようとする。
　すると、次の瞬間――
「かりん先輩！お兄様がマリィさんに襲われています！！」
「えっ！？」
　静乃の言葉に、かりんは無意識に反応して後ろを振り返った。
「隙あり！！」
　その好機を見逃さず、静乃がスパイクを決めた。
「ちょっと！！今の卑怯じゃない！？」
　抗議の声をあげるマリィに、静乃はフッと笑う。
「いいえ。マリィ先輩は年がら年中お兄様を襲っているので、間違ってはいません」
「クッ……」
　マリィは拳を握り締める。
「いくわよ！！」
　今度は瑞希がサーブを打つ。
「はい！」
　かりんがレシーブし、マリィがトスを上げる。
「えい！！」
　そしてかりんが飛び上がり、強烈なスパイク。
「きゃ！！」
　直撃を受けた静乃が、悲鳴を上げて砂浜に倒れこむ。
　予想外の出来事に、かりんが戸惑いの表情を見せた。
「ちょっと神瞳さん！！あなたそれでも騎士なの！？弱いものイジメするなんて！！」
　瑞希が非難めいた視線をかりんに送る。
「何が卑怯よ！！普通のプレイじゃないのよ！！」
　マリィは瑞希に抗議するが、対照的にかりんは弱々しい声出を出して、静乃に頭を下げた。
「静乃ちゃん、ゴメン」
　そしてかりんのサーブ。
「えい！！」
　今度は瑞希がレシーブして、静乃がトスを上げる。
　天高く飛ぶ瑞希と、そうはさせまいと同時に飛び上がるマリィ。
　今度こそブロックが決まる、そう思った瞬間――
「大変マリィ！お尻のところ破れてる！！」
「ええっ！？」
　顔を真っ赤にして、慌てて両手でお尻を隠すマリィ。
「貰ったわ！」
　そして、瑞希のスパイクが決まる。
「こらーミズキチ！正々堂々戦いなさい！！」
　非難の声を上げるマリィに、瑞希はフッと笑った。
「ごめんなさい。破れてるような気がしたけど、気のせいだったわ」
「クッ……この……っ！！」
　マリィは拳をプルプル振るわせる。
「もう絶対許さないんだから！！」
　怒りを爆発させるマリィ。しかしやる気のマリィとは対照的にかりんのプレーに精彩がかき、あっという間に瑞希、静乃ペアのマッチポイントを迎えてしまった。
「こらーかりん！！やる気を出しなさい！！」
　怒り狂うマリィを見ながら、瑞希と静乃は冷笑を浮かべる。
「もう終わり？随分と手ごたえのない相手だこと」
「マリィ先輩、お兄様のことは私達に安心してお任せください」
　二人とも、既に勝利気分だ。
「こうなったら、最後の手段！！」
　マリィは突然咳払いをした。
　一体何をする気だ……まさか……
　その見覚えのある光景に、俺は慌てて耳をふさごうとしたが、時既に遅し。
「ラララ〜♪」
　マリィは突然唄いだした。
　その透き通るような歌声に、会場にいるものすべてが引き込まれていく。
　やがて……俺は意識を失った。

「いやぁ、それにしても惜しかったわねー」
　帰りの電車の中で、マリィは一人残念そうに頷いた。
「何が惜しかったよ。あんな卑怯な手を使って！！」
「そうです！！卑怯にも程があります！！」
　瑞希と静乃が非難の声を上げるが、マリィにはどこ吹く風といった感じだ。
　マリィによって眠らされた俺達は、気がつくと既に星空が浮かんでいた。
　結局日没ノーゲームということになり、決着はつかず。
　そして俺達は電車で帰宅の途についている。
　まぁ、かりんは時間になったんで、普通にあっちの世界に帰っていったんだが。
　瑞希と静乃がマリィも一緒に連れて行けと要求したのは言うまでもない。
「それにしても、大変な旅行だったなぁ……」
　俺は未だ廃人化しているみこピーの隣で、溜息をつかずにはいられなかった。