騒がしい日常の記録

　みなさんこんにちわ。フェレス報道局第一報道部のリリラスです。今日は、最近私が体験した世にも恐ろしいお話を皆さんにお聞かせしたいと思います。

　あれはよく晴れた、朝日が眩しい元日のことでした。
　私とイリス様はお参りで賑わう神社を取材するため、隣国のフィレーナ国内に古くから建立している、セーグ神社に向かいました。
　この神社に祭られている神、セーグ神は知力と恋を司る神といわれ、世界中から学力向上や恋愛成就を願う人達が数多く訪れます。
　少し出発するのが遅かったのでしまったとは思っていたのですが、案の定、元日の初詣ということも手伝って、神社の境内は既に身動きがとれないほどの人で、溢れかえっていました。
「どうしましょう？これでは取材なんて、とてもできる状態ではありませんが……」
「みりゃわかるわよ。あ〜あ、どうしてこう、暇人が多いのかしらね」
　この一種異様な風景を眺めながら、イリス様は憮然とした表情でお店で購入したみたらし団子を食べています。私も取材は諦めて、おとなしくイリス様につき合うことにしました。
「それにしても……ここの国のシステムっておもしろいですよね」
　遠くの景色を眺めながら、ふと私の口からこんな言葉が漏れました。
「何が？」
「だってほら、神殿がない代わりに神社というものがあるじゃないですか。神官はいませんが宮司という方がいらっしゃいますし」
「そうね。この国は他の国とは違った独特の信仰をもっているから。あたしはセーグ神なんていう神聞いたこともないんだけどね」
「ひょっとして、この国の人達が創りあげた想像神……なのでしょうか？」
「否定はできないわ。でも、例え実在しない神であったとしても、これだけの人達が頼ってきてるんだから、それだけで十分じゃないの？」
「そう……ですよね。変なこといってしまってごめんなさい」
「別に謝ることはないわよ。ま、あたしもちょっぴり悔しいけどね」
　イリス様は悪戯っぽく笑って見せましたが、そこにはどことなく、哀愁のようなものが感じられました。やはりイリス様も虹を司る女神様なので、表面上は気にしない素振りを演じられても、心の奥底のどこかで悔しかったのではないのでしょうか。私にはそう思えてなりませんでした。
「そ、そういえばイリス様は好きな方っていらっしゃるんですか？」
　重苦しい雰囲気が流れ始めた中、私はとっさに話題を転換することを思いつきました。自分でも少し強引だったとは思いましたが、これで明るい雰囲気になればいいなという期待もありました。
「どうしたの突然？」
「だ、だって、ほら、ここのおみくじってよく当たるじゃないですか。イリス様って美人だし、恋人はいるのかなぁ……って思ったので」
「へぇ？ここっておみくじもよく当たるんだ。あたしはお参りするのが一番だと思ってたけど」
「そ、そうなんですよ！！ここのおみくじってよく当たるって、専らの評判なんですよ」
　私は内心ドキリとしましたが、このままイリス様に話を合わせることにしました。額にうっすらかいた冷汗を悟られないようにしながら。
「そうねぇ……あたしは今のところ、恋人はいないかな？」
「そ、そうなんですか？それは意外ですね。イリス様だったら彼氏くらいいると思ったのですが」
　私は予想外の言葉にとても驚きましたが、イリス様はそんな私の反応を楽しむかのように、楽しそうに微笑みながら言葉を続けました。
「でも、候補はいるけどね」
「候補……ですか？」
「そ。候補」
「い、一体どんな人なんですか？」
「ふふ。それは内緒」
　イリス様はただ笑うだけで、それ以上答えてくれようとはしません。私はその男の人がどんな人かとても気になりましたが、神社の境内から人込みがはけてきたようだったので、それ以上深く詮索をするのはやめて、当初の目的であった取材を敢行することにしました。

「ふぅ〜、終わった終わった。取材も終わったし、お参りも済ませたし、もうパーフェクトって感じね」
「そうですね。とっても疲れましたが、楽しいお仕事でした」
　私は西に傾きかけた夕日を見ながら、ハンカチで額の汗を拭いました。
「一年の初めからこんなに疲れなくちゃいけないっていうのは、少し合点が行かないんだけど……」
「いいじゃないですか。その分、多くのお休みをもらったんですし」
「それもそうね。さ、今日のクライマックスのメインイベント、いってみよっか」
「え？メインイベントって？」
　不思議そうな表情をする私に、イリス様は呆れたように話されました。
「もう決まってるじゃない。おみくじよ、お・み・く・じ！」
「あっ……」
「『あっ』じゃないでしょ？まったく。さ、キリキリ行くわよ」
「は、はい」
　ズンズンと歩いていくイリス様のあとを、私は慌てて追いかけました。
　おみくじ売場にはもう人がまばらで、近くの樹の枝には、白い紙のおみくじが雪が積もったかのように何百、何千個も結ばれていました。
「ふふふ……おみくじか。腕が鳴るわね」
「イリス様……？」
「絶対に、大吉を引いてやる〜！！」
　既に自分の世界に入ってしまっているイリス様に、最早私の言葉が届くことはありませんでした。
　イリス様は真剣な眼差しで木の箱の中にお金を入れると、自分の誕生日がかかれている暦の欄から一枚の紙を取り出しました。
「それって……大吉、なんでしょうか？」
「当然じゃない。ま、このあたしが引いたんだから間違いないと思うけど、一応中を開けて確認しないとね」
　イリス様は自信満々におみくじを開封しました。私も一緒に見ることにしました。
　丸まっているおみくじを徐々に広げていくと、まず一番最初に飛び込んできたものは大きくかかれた「中吉」の文字でした。
「ちょっとなにこれ？大吉じゃないじゃない」
「で、でも、凶よりはいいと思いますよ？」
「そりゃそうだけどさ……でも、あたしは大吉がよかったの」
　イリス様はがっくりと肩を落としながら、さらに紙をゆっくり広げていきました。
「金運、健康運、絶好調。ま、これくらい当然よね。」
　イリス様はそっけない態度をとっていましたが、その横にある文字が目に飛び込んでくるや、ピタリと止まってしまいました。
　つられて私も、その文字をはっきりと目にすることになりました。
「恋愛運、待人来たる……ですって！？きゃ〜っ！！」
　イリス様は飛び上がって両手でガッツポ−ズを作りながら、天を仰ぎました。その表情はとてもうれしそうなものでした。
　その人のことがとっても好きなんだな、きっと……と私もうれしい気持ちになりましたが、その続きがかかれていることに気がつきました。
「イリス様。まだ続きがあるようですが」
「え？続き？」
　イリス様の動作がピタリと止まると、とても素早い動きでおみくじを覗き込みました。
「さ、リリラスちゃん。サクッと広げてちょうだい」
「は、はい。わかりました」
　私は恐る恐る、その先を広げていきました。やがてすべてが広げられたとき、そこには衝撃の文が書かれていたのです。
「待人来たる。……されど同伴者あり……ですってぇ！？」
「い、イリス様・？」
　イリス様はそのまま白く固まってしまいました。ツンツンと、指で触ってみても、ピクリとも動きません。
「どうしましょう……固まってしまわれたようです……」
　私は思案に暮れましたが、その時イリス様の胸元から一枚の写真がヒラヒラと舞い落ちました。
「なんだろう？」
　私が不思議に思って拾ってみると、なんとそれは今巷で絶大な人気を博しているアイドル、カミル−のプロマイドだったのです。
　カミル−は童顔でかわいかったので、イリス様好みの男性であるということは前々から気づいてはいましたが、まさかプロマイドまで肌身離さず持つほどの熱狂的なファンだったということは、これを見るまで全く気がつきませんでした。
「フッフッフッフッフッ……」
　突然背後から笑い声が聞こえたので、思わず私が全身をブルッと身震いさせました。
　おそるおろる後ろを振り向いてみると、そこには不気味に笑いながらたたずんでいるイリス様のお姿がありました。
「い、イリス様？」
「……………………」
「あ、あの……」
「…………そよ……」
「えっ？」
「嘘よ……こんなおみくじ、ぜ〜ったい嘘よ！！」
　何かの糸がプツンと切れたかのように、イリス様は絶叫しました。
　そしてこのあと、世にも恐ろしい惨劇が起こったのですが……これ以上は余りにも恐ろしすぎて、私の口からは語ることができません。でもあの騒動はきっと、何かの名前がついて後世に語り継がれていくことになるでしょう。そう、人々の畏怖の記憶として……

「リリラスちゃぁ〜ん……な〜に書いてるのかなぁ？」
「えっ！？」
　その聞き覚えのある声に、私は恐る恐る後ろを向きました。
　するとイリス様がにこやかに微笑みながらも、全身に殺気をみなぎらせながら私の背後に立っていました。
「あっ、あたしのことは気にしなくってもいいから。ちょ〜っと、このお話の続きが気になるだけだからさぁ。それよりも、どーんな風に後世に語り継がれていくのかしらぁ？」
「そ、それは……あ、あはははは。ほんの軽いジョ−クですから、あまり気になさらなくてもいいですよ」
「ふ−ん……そうなんだぁ……」
　イリス様は微笑みながら指をポキポキ鳴らしています。
　私は冷汗を大量に浮かべた笑顔を創りながら、静かにペンを置きました。
　もし機会があれば、今度は別のお話をお届けしたいと思いますが、とりあえず今日のお話はこの辺で……