「ここで、事件をお伝えします……」
　事件の第１報が入ったのは、まだ日の昇らない早朝のことであった。
「ミント！行くわよ！｣
「え？まだ眠いよぉ……後３時間ほど寝かせて……」
「ごちゃごちゃ言わずに来るの！事件なんだから」
　私はミントをたたき起こすと、そのまま彼女の手を取り現場へと向かった。

　コールズ連合国ウルバーニャ村……わずか人口１００人の、緑豊かな閑散とした村だ。
　この村の喫茶店で事件は起こった。
　深夜未明、店長のルービスとウェイトレスのランファがいつものように材料の仕込みをしていたところ、突然男が押し入り、そのまま立てこもったというわけだ。
　報道という仕事についているため、こんな事件が起こった時はよく現場に行かされる。
　今回もそんな類の事件だと思っていた。
「……レイア、レイア！」
「え？ああ、ミント」
「どうしたのレイア？さっきから変だよぉ。ブツブツ独り言呟いたり」
「え、ええちょっと……」
「変なのぉ」
　変……か。確かに変なのかもしれない。
　ふと現場近くで拾った石……どこにでも落ちてるような石だけど……何かこう引っかかる。
　いつもの私だったら何の気にもとめなくすぐに捨てちゃうところだけど……
「それより調査しなくちゃ。どうせ私達が救出しなきゃいけなくなるんだから」
「うんそうだね。じゃあ、ミーは裏手の方を見ておくから、レイアは聞き込みの方お願いねぇ」
「わかったわ」
　私達はお互い自分の役割を確認すると、それぞれの方に向かった。
　犯人からの要求があったのは、それからまもなくの事であった。

「犯人から要求があったんですって？」
「うん……レイアが聞き込みに言った……すぐ後に……」
　一応の収穫を持って戻ってきた私を待っていたのは、かなり深刻な表情のミントと意外な情報だった。
「で、犯人の要求は何だったの？」
「それがね……ミーが『何が欲しいの？』って聞いたら『キミ』だってぇ」
「は？」
「それでね、ミーが『何が目的なの？』って聞いたら『キミが好きだ！覚悟しろ！！』だって」
「はい？」
「それでねそれでね。『ふざけるのはやめてよぉ！』って言ったら『俺は至って真面目だ！』って言うのよぉ」
　な、何それ……私には明らかにからかってる様にしか思えないけど……
「ミント、それ絶対からかわれているよ」
「そうだと思うんだけど……でも、かなり真剣な表情だったし……それに……」
「それに？」
「う、ううん。何でもない」
　そう言ったきり、ミントは黙ってしまった。

　犯人はただの変質者かあるいは犯罪マニアとしか思えないけど……ミントの態度が気になる。
　この娘……とっても純粋だから人の心が大体わかるんだよね……
　ひょっとして、犯人にも何か事情があったのかな……？
　そう思い、私は事件の舞台となった喫茶店を見た。
　ポツンと建った煉瓦造りの建物、寂れて久しい年期の入った看板、それを包み込むように青々と茂っている森林……
　確かに、場所的にはなかなか良いところだ。
　これで事件が起こらなければ最高だったと思うんだけどね……
「見晴らしがよくって、素敵なところだねぇ。たまにはこういう所もいいかなぁ？」
「あのねぇミント。私達はピクニックに来てるんじゃないのよ？」
「えへへ。そうだったね」
　ミントが白い歯をこぼしながらにっこりと笑った。
「じゃあ、早速お弁当にしようよ！」
「もう、違うでしょ！ここからだと店内をじっくり観察できるから来たんじゃない！」
「そうだよー。この裏山から店内の様子見えるから、わざわざ来たんだからー」
　日はもう既に高く昇った頃、応援にやってきたポーレルと共に、私達は内部の様子を観察するため、喫茶店の裏山にやってきた。
　正面から内部を観察して、犯人を刺激するのはよくないと思ったからだ。
「今のところ動きはないみたーい」
　オペラグラスを片手にポーレルが店内の様子をメモっていく。
「でも、ミー、お腹ぺっこぺこだよぉ」
「…………」
　はぁ〜、頭痛くなってきた……
　どうしてこう、この娘はいつもマイペースなんだろ……
　まぁ、そこがこの娘のいいところといえばいいところなんだけどね。
「そう言えばさー、２人とも食事まだなんでしょー？お弁当作ってきたから、よかったら食べてねー」
「ホント？じゃあお昼にしましょうか」
「わ〜い♪じゃあこの辺にしようよ」
　ミントはどこから持ってきたのかシートを広げると、手際よくポーレルが持ってきたサンドイッチの入ったバスケットを並ベた。
「うわぁ〜、美味しそう♪」
「これ、全部ポーレルが作ったの？」
「そうだよー♪村の子供達にもよく作ってあげるからこーゆー事にはなれてるからー。沢山作ってきたから遠慮しないで食べてねー♪」
「じゃあ、遠慮なくいっただっきま〜す」
「もぐもぐ……うわ〜、オイシ〜！！」
　私とミントは夢中でサンドイッチを食べ始めた。正直な話、私もお腹が空いていたのだ。
　でもその事は内緒だよ。

「あれ？どうかしたの？」
「ん？いやなんでもないけど……ねぇ、あの喫茶店って、曰く付きなんだよね……」
　ふと私は手をとめ、村の人から聞いた話を思い出した。
「え？曰く付き？」
「うん。実は……」
　ここからしばらく歩いたところに今は廃虚と化したお城がある。
　その昔、あの喫茶店のあった場所にはこの辺一帯を治めていた領主の息子が住んでいた。
　彼には将来を誓い合っていた女性がいた。
　ある時隣国との戦争が起こり、この地は瞬く間に戦場と化してしまった。
　最初こそ善戦していたものの、彼の恋人が敵国に城の抜け穴などを漏らしたため、一気に攻め込まれて負けてしまった。
　彼は悲嘆に明け暮れ、自分の愚かさを呪い、そのまま自害してしまった。
　それ以来、あの場所には男の幽霊が出て、その周辺にいた人間を憑き殺すという……

「ふ〜ん……そんな過去があったんだぁ。やっぱりそうなのかなぁ……」
「え？やっぱりって……？」
「うん……ミーが犯人と交渉したっていったよね？」
「ええ」
「その時の犯人の顔、なんか生気がなかったんだよねぇ……」
「え〜！じゃあ、犯人は取り憑かれてるっていうのー？」
「ま、まさかねえ……でも、ありえないことじゃないわ」
「そうだったら、その幽霊さん早く浄化してあげなくっちゃぁ」
　うん……でも、本当に幽霊の仕業なんだろうか……
「そういえば、ミーも現場近くで妙な本を拾ってきたよぉ？」
「え？現場近く？」
「うん。『ある少年の旅行日記』って言う本なんだけどぉ」
「今回の事件とは関係ないんじゃ？」
「そう思うけどぉ……１２ページ目に『あさまとつばさ、どっちが好きなの？はっきり答えて！』ってセリフにマーキングがしてあったから」
「はい？……なにそれ？」
「わかんないけど、なんか面白そうだから後で解読してみるねぇ」
　ミントは嬉しそうに微笑んだ。
　はぁ……頭痛くなってきた。どうしてこう、変な物に興味を持つのかなぁ？
　でも、この本は事件とは全く無関係と断言できそうだ。
「食事も済んだようだから、そろそろ突入いってみよー」
　オペラグラスを覗いていたポーレルが、今がチャンスとばかりに合図をかけた。

「はーい、こちら現場でーす。ウルバーニャ喫茶店襲撃事件、発生から既に半日が過ぎましたが未だ何の進展も見られませーん……」
　レポーターをポーレルに任せ、私とミントは突入の準備をしていた。
　ちなみに、彼女は元々ああいう喋り方なのであんまし気にしない方がいい。だって癖って言うのはなかなか直らないし、それにあの喋り方でポーレルだってすぐに分かるから。
　それはさて置き、ミントがまたもや変なことを口にした。
「ねぇ……あのマーキングの意味って何なのかなぁ？」
「はい？あれは全然関係ないから気にしない方が言いと思うよ」
　全く……どうしてこの娘は緊張感がないんだろ……毎度の事だからわかってはいるんだけどね……
「じゃあ準備も出来たようだし、早速乗り込もっか。犯人は一人だけでいいんだよね？」
「うん。他には店長さんらしき人とウェイトレスさんらしき人の二人しかいなかったよ」
「オッケー」
「それで大丈夫だと思うよ」
　それを確認すると、私達は魔法で姿を消して、足早に喫茶店の店内に向かった。

「誰だ！？」
「突撃レポーター隊よ！これでも食らって成仏なさい!!」
　甲高い男の声と同時に私達は魔法を解き、そのまま聖水をぶっ掛けた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
　効果覿面。男はもがき苦しみながらそのまま床に倒れ込んだ。男の体から何か別なものが遊離する。
「あ！？」
　私達はその姿を見て驚いた。何とその霊は男性ではなく、女性をかたどっていたからだ。
「あ、あれ？」
な、なんで少女の霊なの？話どおりだと少年の霊のハズなのに……？
　さらに追い討ちをかけるかのごとく不思議な現象が起こった。
　さっき拾った石が光だし、騎士らしき少年の霊が現れたのだ。
「え？え？」
　困惑する私達をよそ目に少年の霊は剣を構えると少女の霊を斬りつけた！
「ぎゃあああああああああああああああ！」
　少女の霊は断末魔の悲鳴を上げ、そのまま消えた。
「みなさん、敵を取ってくれてありがとう。これで僕も安心して浄化することが出来ます。本当にありがとう……」
　少年の霊はそういい残すと、そのまま姿を消してしまった。
「……一体何だったの？」
　私達は、ただ困惑するしかなかった。

　こうして、ウルバーニャ喫茶店立てこもり事件はあっけなく終焉を迎えた。
　後で聞いた話だが、その後、少年・祖国を裏切った少女は裏切りの報酬として貴族の地位を授かった。
　ところが少年の竹馬の友だった者が、少年の敵を取るべくこの少女を暗殺したのだ。
　しかし、執念深かったこの少女は悪霊としてこの世をさ迷い続けることになったという。
「少年は、自分と祖国の無念を晴らすために、遥か昔から気の長くなるような時間をさ迷い続けていたのね。なんだかかわいそう……」
「ま、これでよかったんだよ。うん」
「そーそー。彼もきっと安心して天国に行ってるよー」
　そ、そうだよね。これでよかったんだよね。うん。めでたしめでたし……だったのかなぁ？

　最後に、ミントがあの謎の本の解読を１年間続けていたことだけは明記しておくね。