午前１０時。会社の課題が大方片付いたシェラは、いつものように気まぐれを起こし、突拍子もなく遠出することを思いついた。

「どこがいいかな。石和温泉もいいし、奥多摩も捨てがたいなぁ……」

　適当にネットサーフィンをしながら、目的地の選定を行う。

　そしてある駅名を目にしたとき、シェラのマウスを動かす手が止まった。

「ここは……」

　シェラは唾をゴクッと飲み込む。

　ディスプレイに映し出されていた文字――それは成東であった。

　成東駅は総武本線と東金線が乗り入れている駅で、東金線はまだ足を踏み入れたことのない路線である。

　さらに、夏コミの時にお世話になった恩人が住んでいる場所でもあった。

「そう言えば、メネラスさんにきちんとお礼、言ってなかったっけ……」

　シェラはパソコンの電源を落とすと、かばんに必要なものを詰め込んだ。

　目的地は成東。未知の路線への挑戦である。

「特急も止まるみたいだし、まぁ、余裕かな？」

　シェラは戸締りやガスの元栓などを確認し、家を出た。

　すると偶然、ドアのすぐ外に、近所のちびっ娘、柚子の姿があった。

　どうやらシェラの家に遊びに来たらしい。

「あれ？シェラねぇ、お出かけ？」

　柚子は愛くるしい笑顔を向けながら、ツインテールを揺らし、ちょこんと首をかしげる。

「うん。ちょっと成東に」

「ナルトウ？あの粘々したお豆？」

「それは納豆」

「じゃあ、ラーメンに入ってる、あのグルグルまきの？」

「それはナルト。成東は、東金線って言う路線にある駅だよ」

「ふーん。そうなんだ」

　柚子は興味津々と言った様子で、シェラの話を聞く。

　まるでどこかで聞いたようなやり取り。

　どうやらこのおぽんち女神の思考能力は、児童並みのものらしい。

「うるさいよ！！」

　本当のことを言っただけなのに……とりあえず、話を進めよう。

　柚子はシェラの話を聞くや、目を輝かせた。

「あたしもナルトにいきたーい！」

「ナルトじゃなくて成東だよ」

　シェラは苦笑した。

　なんでも興味に持ちたがるお年頃。仕方ないと言えば、仕方ないかもしれない。

　それに、連れて行かなかったことを逆恨みされて、どんな仕返しを受けるか、わかったものでもない。

「いいよ。じゃあ柚子ちゃんも一緒に行こうか」

「わーい！シェラねぇ、だいすきー！！」

　柚子は嬉しそうにシェラに抱きつく。

「もう。こんな時だけ調子いいんだから」

　シェラは苦笑しながら、柚子の頭を優しくなでる。

　そして柚子の手を握った。

「それじゃあ柚子ちゃん、いこっか」

「うん！」

　シェラと柚子は互いに微笑むと、駅に向かって歩き出す。

　一見すると心麗しい光景に見えるが、幼女を連れまわしているのは紛れもない事実。

　世が世なら、警察に即逮捕だろう。

「うるさいよ！！」