「ったく、なんでこんなに時間かかるんだよ。もう少しなんとかなんねーのか？この街、交通の便が悪すぎだぜ」
　その男はぶつくさ文句を言いながら家路を急いでいた。
　歩くたびに両手に持った抱えきれないくらいの買い物袋がゆさゆさと揺れる。
　目指すは多摩県八玉子市内の閑静な住宅街にある自分の家。
　彼には分不相応とも言える古風な作りのとても大きく、そして立派な家である。
　何故そんな家に住んでいるのかというと、それにはわけがあった。
　実は彼の両親は既にこの世には亡く、頼れる親戚もいないため天蓋孤独の身であった。そのために親の遺産を相続した彼は、ここに一人で住むことを余儀なくされたのである。
　彼の名は梓川華允（あずさがわけいん）。皆からは「ケイン」と呼ばれている。親が残してくれた遺産を頼りにその日その日を気ままに暮らしている、しがない高校生だ。
　家についた彼は買い物袋を下におろすと、玄関の戸を開けた。
「ただいまー」
　その音を待ちわびたかのように、ドタドタドタ、と足音が二つ聞えてくる。
「あっ、ケーちゃんお帰り。随分早かったんだね」
　台所の方から駆け寄ってきた青色の髪の少女は、彼の姿を見るなり嬉しそうに微笑んだ。
「もうケイン遅いじゃない！！お腹すいたから早く夕食作ってよ！！」
　一方、２階から降りてきた金色の髪の少女は怒りながら平然と彼に悪態をつく。
　彼女達は姉妹で、青く長い髪の少女が姉のファトラ、金色の長い髪の少女が妹のミーシャといい、なんと異世界の国のお姫様である。
　以前華允が異世界に飛ばされた時になにかと厄介になり、戻ってくる時に一緒についてきてしまったのだ。
　当初は華允はいろいろな意味で心配したが、意外にも２人とも順応力が高く、すぐに生活環境になれてしまった。
　姉妹の性格はまるで対照的で、姉の方がおっとり天然の入ったのんびり型に対し、妹はせっかちで口うるさいわがまま型であった。
　そのため晩御飯１つとっても、ファトラは
「ケーちゃんってお料理上手なんだね。私も今度作ってみよっかな？」
と言ったかと思うとミーシャは
「これくらい当然よね。この次もちゃんとあたしの好きなものを作らなくちゃダメよ」
と言った具合であった。
　この日も夕食を巡って一騒動あったが、結局ファトラがリクエストしたミートソーススパゲッティと言うことで落ち着いた。
　華允が買い物にでかける際に行ったミーシャの「おいしく作らなかったら承知しないんだから！」という言葉が彼の耳に残っている。
　それだったら自分で作れよな……華允は何度もそう思ったが、年下相手に怒るのも大人気ないし、言ったところで無駄だろうとわかっていたのであまり逆らわないようにしていた。
　他人よりも不幸な普通の高校生……彼は自分ではそう思っていた。少なくともあの体験をするまでは。
　異世界への召還……未知なる冒険が彼の運命を大きく変えた。そのため今では毎日が楽しくて仕方がない。
　華允は台所へ向かうと、テーブルの上にどかっと食材を置いた。
「うわぁ。たっくさん買ってきたんだね」
　その量の多さに、後ろからついてきたファトラが目を丸くする。軽く２週間くらいもちそうな量だ。
「ああっ、今日は特売日だったからな。つい勢いに任せてこんなに買ってきちゃった」
「勢いって……それでも限度があるでしょ。あんたってホント、セールスに弱いわね。まるで主婦みたい」
　さらにその後ろからついてきたミーシャがため息をつく。
「なにをぅ！？特売日だからってバカにするんじゃないぞ。いいか、このナスだっていくらだったと思う？」
「どーせ５個１００円とかなんでしょ。で、いくらなのよ？」
「ふっふっふ……聞いて驚くなよ。なんとこのナス、ひとつ１０円だったんだぞ！！」
「えっ！？そ、そんなに安かったの！？」
　値段を聞いたとたん、ミーシャの表情に驚きの色が現れる。ケインはそれに満足すると勝ち誇ったように続けた。
「まぁ、俺様の実力を持ってすればこんなの朝飯前よ。はっはっは」
「うぅ〜……」
「お前も食っちゃ寝ばかりしてると、そのうちブクブク太ってブタさんになっちまうぞ」
「ひっどぉ〜い！！レディに向かってそーゆーこと言うわけぇ！？」
「いやぁ、だって本当のことだもん。ああ、嘘つけないって辛いなぁ〜」
「ムカツク〜！！わかったわよ！！手伝えばいいんでしょ手伝えば！！」
　ミーシャはブスッと膨れると、持っていた漫画本を置きに自分の部屋へと戻っていった。その様子をファトラが心配そうに見守る。
「ケーちゃん、ちょっと言い過ぎだよ」
「そうかな？」
「そうだよ。ブタさんじゃなくって、せめてウシさんくらいにしとかなくっちゃ。ミーシャ、すっごく傷ついたと思うよ？」
「あ、ああ……」
　真顔で言うファトラに、華允は苦笑する。
　どっちでも同じじゃねえのか？
　華允は心の中でそう呟いた。
　ファトラは決して冗談で言ったのではない。いつもこんな調子なのだ。
「それじゃあ、今日は３人で仲良く夕食を作りますか」
「うん♪私もエプロンとってくるね」
　ファトラは嬉しそうに自分の部屋へと戻っていく。
　今日は楽しい夕食になりそうだな……
　傾きかけてる夕陽を見ながら、華允は静かに微笑んだ。