ホカホカと立ち上る湯気。
　食欲をそそる香ばしい芳香。
　そしてあふれんばかりにかかったソース……
　我ながら完璧だ。
　目の前の白いテーブルクロスの上に並べられた３つのミートソーススパゲッティをみて、華允は自画自賛した。
「うわぁ。とってもおいしそう♪」
「ま、あたしもやればできるってことかな？｣
　ファトラとミーシャの２人も満足そうに頷いている。
「それじゃあ、いっただっきまーす｣
　３人はフォークを手に取ると、ミートソースのたっぷりかかったスパゲッティを口に運んでいった。
「うん！なかなかいい味じゃないか！！」
「ホント、おしいよね」
「当然じゃない。あたしが作ったんだから。ケイン一人だったら、ここまでおいしくは作れないわよ」
　エッヘンと胸をはるミーシャを見て、華允はすかさず横ヤリを入れる。
「そうだな。あの時のスパゲッティは、ミーシャが麺がフニャフニャになるまで茹でてくれたおかげで、最高においしかったもんな」
「な、なによ！！あの時はちょっと時間を間違えちゃっただけじゃない！！」
「ちょっとって、普通２０分も間違えるか？」
「べ、別にいいじゃない！！あの時のだっておいしかったわよ！！」
「まあまあ。ケーちゃんもミーちゃんも、喧嘩はよくないよ」
　２人の口争いに、ファトラが割ってはいる。
「あの時のスパゲッティだって、とっても独創的な味がしたよ？私は結構好きだったけどな。なんだかのびたラーメンみたいで」
「お、おいおい……随分ひどいこと言ってないか？」
「お姉ちゃん……それフォローになってない……」
「そうかな？おいしいから別に気にしなくてもいいよ♪」
　口のまわりにべったりとミートソースをつけ、ひたすら楽しそうに笑顔を見ながら食べるファトラを見て、華允とミーシャは互いの顔を見合い、そして笑い出した。
「お前はなんっつー食べ方してんだ。少しはミーシャを見習え」
「もうお姉ちゃん！そんな恥ずかしい食べ方しないでよ」
「気にしない気にしない♪」
　食卓に、和やかな雰囲気が流れる。
　以前じゃ考えられないことだったな……
　華允はふと、昔のことを思い出していた。
　誰もいない家。
　一人で食べる食事。
　孤独が支配する、寂しい空間。
　ほんと、昔じゃ考えられないことだったよな……
　本来ならば毎日一人寂しい生活を送らなければならなかったであろう。
　だが今は違う。
　華允の眼前には２人の少女の笑顔がある。
　食事はやはり、多人数で楽しく食べることに限る……華允はそう感じていた。
　昔は家に帰ってくることが苦痛であったが、今では楽しくてしょうがない。
「なにニヤニヤ笑ってるのよ？」
「えっ！？」
　突然のミーシャの声に、華允は回想の世界から現実世界へと引き戻された。
「どーせまたイヤらしいことでも考えてたんでしょ。この変態」
「ん、んなわけねーだろーが」
「えっ！？ケーちゃんって変態だったんだ！」
　ファトラが驚いたように立ちあがり声をあげる。右手にはしっかり麺の巻きついたフォークを握ったままだ。
「お前までなんてこと言うか！！なんで俺が変態じゃなくちゃいけないんだ！！」
「だって本当のことじゃない」
　ミーシャがくるくるフォークを回しながらジド目で華允を睨む。
「あんた、この前私のお風呂覗いたじゃない」
「あ、あれは……」
「それに、その前は私の寝室に入ってくるし」
「そ、それだって……」
「その前だって私にいきなり襲いかかってきたじゃないの」
「い、いや、だからあれは……」
「……スケベ」
　ミーシャは軽蔑の眼差しできつい、グサリと突き刺さる言葉を発する。しかし対照的にファトラはニコニコしながら彼女の言葉を続けた。
「まぁまぁ。ミーちゃんも、そんなに怒らないの。きっとケーちゃんはミーちゃんと一緒にお風呂に入りたかったり眠りたかったり遊びたかったりしたからそういう行動とったんだよ」
「違うわい！！」
　華允は即座に、おもいっきり否定した。
「お風呂の時は、お前がいきなり悲鳴を上げたから慌てて見にいったんじゃねーか」
「だって仕方ないじゃない。シャワーのお湯が出なかったんだから。それに、あたしの裸見たのは事実じゃない！！」
「誰がお前のようなペチャパイの裸見て嬉しがるんだよ」
「ひ、ひっどーい！！侮辱だわ！！レディに対する暴言よ！！」
「本当のことじゃねーか。それにあの時もお前の寝込みを襲ったんじゃなく、うなされていたようだったから心配になって様子を見に行っただけだ」
「だ、だってあの時は怖い夢を見てたんだもんっ！！」
「さ・ら・に！その前の時だってお前に抱きついたわけじゃない。バナナの皮に滑っただけだ！」
「それでもあたしを襲ったのは事実よ！！」
「なんでお前みたいなマセガキ襲わなきゃいけないんだ」
「な、なんですってぇぇぇっ！！あったまきた！！お姉ちゃん、あたしもうこんな野蛮人とは住みたくない！！セントレイズ王国に帰る！！」
　ミーシャの怒りが爆発する。
　またか。
　華允はそう思った。
　出会った当初は流石にとまどったが、毎度毎度こんな調子なので、今ではすっかりなれてしまっていた。
「もう、そんなわがまま言っちゃダメでしょ。今度はミーちゃんがケーちゃん襲えばいいじゃない♪マジックで髭書いたり。ね？」
　ファトラがいつものように、ミーシャをなだめる。しかもとんでもない提案をしながら。
「さっすがお姉ちゃん。あったまいい！！」
　途端にミーシャの目の色が変わった。
　きっとよからぬことを考えてるに違いない。殺気すら感じる。
　華允は肌でそう感じ取っていた。
「な、なんだよ……」
「ケイン、あんた眠る時は気をつけたほうがいいわよ。あ、寝る時だけじゃないわね。なにも月夜の晩ばかりとは限らないから」
「ぶ、物騒なこと言うんじゃない！！」
「絶対ぜ〜ったい、許さないんだから〜！！」
「ひぇ〜！！勘弁してくれ〜！！」
「２人とも、やっぱり仲良しなんだね」
　２人の微笑ましい光景をファトラは楽しそうに見守る。
　騒がしい夕食の時は、刻々と過ぎていった。