『いっただっきまーす』
　３人は元気よく声をそろえて菜箸を手に取った。
　目の前には、コンロにかけられ程よく煮立った大きい鉄鍋が置かれている。
　中には鶏肉、牛肉、海老、帆立貝、牡蠣（かき）、豆腐、白滝、椎茸、春菊……この他にも様々な食材が入っており、その上に山ほどの大根おろしが白雪を散らしたように降りかかっている。まさに電気を消せば『闇鍋』と表現できそうなほど凄い事になっていた。
　あれから１週間がたち、ミーシャもすっかり元気になったので、今日はその快気祝ということで華允は「今日の夜は鍋にしよう」と提案したのであったが、その本人もまさかこのような鍋物になるとは全く想像していなかった。
　二人とも魔法が使えるのだが、どうやら病気を治せるような便利な魔法はないらしい。おかげで一時はどうなることかと、華允は気の休まる時が一時もなかったのも事実だ。
　まぁ、ミーシャも元気になったことだし、ヨシとするか……
「何笑ってるのよ」
　その様子を不審に思ったミーシャがジド目で華允を睨んできた。
「どーせまた、あたしの部屋に無断で入ったことを思い出してたんでしょ。この変態」
「ばばば、バカ！！何いってんだ！！」
「誤魔化そうとしても無駄なんだから。ちゃーんとあんたが入った痕跡として、テーブルの上にココアが３つ置いてあったんだから」
「うっ……そ、それは……」
「だから、この蟹はあたしが貰うね」
　華允の目の前にある、程よく茹でられた蟹の足がミーシャによって奪われていく。
「あー！！何すんだよ！！俺の蟹！！」
「へへーん。早い者勝ちだもんね」
　勝ち誇った顔でミーシャは戦利品を口の中へと運んでいった。
「おっいしー！！やっぱ鍋は蟹に限るわね♪」
「ムカツク……」
「変態なあんたがイケナイのよ。まったく、レディの部屋にはいるなんて非常識にも程があるわ」
「お、俺はだな……」
「まあまあ。ケーちゃんもミーちゃんも落ち着いて♪」
　相変わらずマイペースで食べつづけるファトラが、穏やかに口を挟む。
「こんなにあるんだから、そんなに慌てなくってもいいじゃない」
「ま、まあそうだけどよ……」
「お姉ちゃんの言う通りかも……」
「だから、この白子は私が貰うね♪」
『あ〜〜っ！！』
　笑顔で自分の椀に白子をすくうファトラの姿に、一瞬シュンとなった華允とミーシャが途端に逆上する。
「お前なにすんだよ！！その河豚の白子、高かったんだぞ！！」
「そうよお姉ちゃん！それはあたしが狙ってたんだから！！」
「だってこの白子、私に食べて欲しそうな顔してたんだもん。そーゆーわけでいっただっきまーす♪」
　おいしそうに白子を食べるファトラの姿に、華允とミーシャはただただうなだれるしかなかった。
　一瞬流れる沈黙。
「そういえば……」
　ファトラがおもむろに口を開いた。
「こうやってみんなで一緒に楽しくご飯食べるのも久しぶりだね」
「そうだな……」
　華允はその言葉にしんみりとした気分になる。
「ほんと、ミーシャが倒れた時はどうなるかと思ったよ」
「はぁ……あんたなんかに心配されるなんて、あたしも地に落ちたわね」
　華允の言葉にミーシャはわざとらしく、大きなため息をつく。そのあまりの露骨な照れ隠しのしかたに、華允は思わず噴出してしまった。
「どの口がそんなこと言ってんだか。『あたし死んじゃうのかなぁ』なんて弱気になってたくせによ」
「あ、あれは、その……そ、それよりあんたこそどうなのよ！！」
「お、俺？」
「そうよ！あんただってあたしのこと心配でしょうがない様子だったじゃない。どーせあのココアも大方３人で飲もうと思って買ってきたんでしょ？」
「うっ……」
「まったく……あんな置き方したからすぐ冷めちゃうじゃない。ほんとバカなんだから……」
「ああ、バカで悪かったな」
　思わぬ反撃にあってしまった華允はバツが悪そうにそっぽを向く。その様子を見てファトラはクスクス笑った。
「ケーちゃんってほんと、恥ずかしがりやさんなんだね」
「お姉ちゃん！こんなやつ甘やかしちゃダメだよ」
「ミーちゃん意地悪しないの。ケーちゃんすっごく優しいんだよ。本当にミーちゃんのこと心配してくれたし……」
　ここでファトラは恥ずかしそうに俯いてしまった。
「えっと、その、ありがとうケーちゃん」
「ん？ミーシャの看病のことか？いいんだってそんなこと」
「そうじゃなくって、その、眠ってた私にコートかけてくれたこと」
「なんだ、そんなことかよ。気にするな」
　華允は当たり前のことをしたといった表情であったが、ミーシャはそれを聞いて血相を変えた。
「お姉ちゃんそんなことされたの！？何か変な事されなかった！？」
「おいおい……俺がそんなコトするようなやつに見えるか？」
「見えるから心配してるの！！まさか、まさか悪いバイキンがたっくさんついたコートを着せたとか！？」
「大丈夫よミーちゃん。コートだって、ケーちゃんの匂いがして暖かかったし……」
「はぁ〜〜……ホント、お姉ちゃんは甘いんだから」
　ミーシャは深いため息をつきながら掘りごたつから出ると、窓にかかっていたカーテンを開けた。
「あ、みてみて。雪が降ってるよ」
　その言葉に華允とファトラはミーシャの傍に行く。
「あっ、ホントだ」
「綺麗……」
　みんなその美しさに思わず息を呑んでしまった。
　一面に染まる闇の中を、薄い月明かりに照らされながら、静かに粉雪が踊りを舞っている。それは次第に数を増していき、あっという間に黒と白の世界を創り出していた。
「この分だと明日も積もりそうだね。ね、今度こそ雪合戦しようね♪」
「あたしは雪だるまの方がいいな」
「え〜！？勘弁してくれよ」
　あまりにも華允が情けない声を出すもので、ファトラとミーシャは思わず笑い出してしまう。
　梓川家には、久々に楽しい笑い声が響き渡っていた。