真夏の香りに誘われるままやって来た流水音海岸には、白い砂浜の上に数多くのビーチパラソルが乱立しており、沢山の海水浴客で賑わっていた。
　或る者はコバルトブルーに輝く海の中を気持ちよさそうに泳ぎ、また或る者は手に棒を持って、ふらふらとおぼつかない足取りで西瓜（すいか）を目指して歩き始める。
　海パン姿の華允はサングラスをクイッとあげると、ビーチチェアに寝そべりながら静かに瞳を閉じた。
　小麦色に肌を焦がす灼熱の太陽の刺激。
　安らぎを与えてくれるような心地よい波の音。
　ほのかに漂ってくる焼きとうもろこしの匂い。
「平和だなぁ……」
　ザバー！！
　突然大量の塩辛い水が華允の顔に降りかかってきた。
「グハッ！！ゲホッ、ゲホッゴホッ！！」
　それをまともに飲んでしまった華允は苦しそうにむせかえす。
「だ、誰だ！！人の憩いの一時を邪魔する奴は！！」
「何が憩いの一時よ。少しは目が覚めた？」
　ムスッと不機嫌そうな表情を浮かべている水着姿のミーシャは、バケツをビーチパラソルの下に置くと、両手でガシッと華允の腕を掴んだ。
「さっ、ケイン行くわよ」
「行くって、どこへ？」
「泳ぎに行くに決まってるじゃない！！」
「はぁ？それは、少し休んでからと言っただろーが」
「もう充分休んだじゃない！！」
「そんなこと言われても、まだここに来てから１０分くらいしか経ってないぜ？それに、肌も焼きたいし」
「１０分も肌焼けば充分でしょ！！もう、泳ぎにいくったらいくの！！」
　グイッグイッとミーシャが力強く引っ張るので、華允は仕方なく起きあがった。
「まったく……せっかちなやつだな。そんなに泳ぎたきゃファトラと一緒に泳いでくりゃいいだろうが」
「お姉ちゃんならもう泳いでるわよ。だからアンタも行くの！」
「そうか……そんなに俺と泳ぎたいのか。仕方ないなぁ」
「そ、そんなんじゃないわよ！！バカぁ！！」
　それを聞いたミーシャの顔が赤くなる。
「ほ、ほら、あたしカワイイからナンパされるかもしれないじゃない。アンタがいれば変なヤツが近寄ってこないでしょ？べ、別にあんたと一緒に泳ぎたいってわけじゃないんだから、勘違いしないでよね！」
「はぁ？なにいってるんだお前？」
　華允はサングラスを外すと、浜辺でビーチボールをしている集団を指差した。
「いいか？ああいうプロポーションもった人達がナンパの対象になるのであって、幼児体型のおまえをナンパするヤツなんか絶対いない。だから安心しろ」
「なんですってぇ〜！？ムカツクぅ〜！！」
　ミーシャはこれでもかと言うくらい力一杯華允の右腕を握り締めた。たまらず華允は悲鳴を上げる。
「いたたたたたたたっ！！力一杯握るな！！」
「あったまきた！！」
　ミーシャは腕を放すと華允をビシッと右手の人差し指で指差した。
「見てらっしゃい！！本当にナンパされないかどうか、あたしの美貌で証明してあげるわっ！！」
「だから無理だって。ほら、バカいってないで泳ぎに行くぞ」
　華允は立ちあがると冷静にポンポン、とミーシャの頭を叩いた。
「な、なによ。そんなことして機嫌とろうったって無駄なんだから！」
「はいはい。ホラお姫様、行くぞ」
「も、もぅ！バカぁ……」
　華允の手をぎゅっと握り締めながらミーシャは後をついて行く。
「で、ファトラはどこにいるんだ？」
「あれ？さっきまでそこにいたんだけど……」
「そこ？いないじゃないか」
「おっかしいなぁ……お姉ちゃんどこいっちゃったんだろ？」
　ミーシャの指差す方角にファトラの姿はなかった。
　とりあえず、華允とミーシャはその場所にいってみることにした。
「やっぱりいないなぁ……」
「ホント、困ったね……」
「とりあえず、探してみるか。なぁ？ミーシャ」
「……………………」
「どうした？ミーシャ？」
　バシャ！！
「うわっぷ！」
　後ろを振り向いた華允を待っていたものは水しぶきの洗礼だった。
　バシャバシャ！！
　とめどなく攻撃が続く。
「ケーちゃんひっかかったぁ♪」
「ホント、ケインって単純よね」
　視界は水しぶきのために遮られてしまっているが、耳ではしっかりと楽しそうな会話を捕らえていた。
「お、お前等、俺をはめたな！？」
「うん。そうだよ♪」
「引っかかるアンタが悪いのよ♪」
「くそっ！！負けるか！！」
　ケインも海中に手を入れると、力一杯かきあげた。
　雫のつぶてが太陽の光に反射して二人に勢いよくかかる。
「キャッ！」
「な、なにするのよ！」
「そりゃこっちのセリフだ！覚悟しろよ！！」
「ケーちゃん、まけないよ♪」
「返り討ちにしてあげるわっ！」
「わっ！ちょ、ちょっと待て！２対１は卑怯じゃないか！！」
「問答無用♪」
「覚悟しなさい！！」
「わわわっ！！うわっぷ！！」
　バシャバシャと軽やかな音が波の音に溶けこんで海岸に響き渡っていた。