キンコーンカンコーン

　待ちに待った６限目終了を告げるチャイムが鳴り終わる。
「なんだ、もう終わりか。それじゃあ次の時間は今日の続きからだからな。みんなしっかり予習しておくように」
　数学教師の春日は、チョークを置くと、さも名残惜しそうに教室から出ていった。
途端に今まで溜めていたものを噴出すかのように、教室中が騒がしくなる。
「やっと終わったな」
　華允の席に友人の佐山詩郎がやってきたのは、それから間もなくのことであった。
「なんだ、随分眠そうな顔してるな。お前ひょっとしてずっと起きてたのか？」
「まぁな。今日の授業は一段と退屈だったから辛かったぜ」
「無理せずに寝ちまえばよかったのによ」
「そーゆーわけにはいかねーよ」
「相変わらず真面目なヤツだな……ホント、感心するぜ」
「そうでもないさ」
　華允は他人事のように答えると窓の外に視線を移した。
　季節は春。
　校庭などに植えられた桜の樹木から、ほのかな薄桃色に染まった花弁が、陽光を受けながら時折風にのって気持ちよさそうに運ばれていく。
「どうしたの？外なんか眺めちゃったりして」
　その時、一人の女生徒が華允の席の前にやってきた。そして同じように窓の外を眺める。
「彩杉、お前もこいつに言ってやれよ。『少しは不真面目になれ』って」
「何言ってるのよ。佐山君、あなたが不真面目すぎるだけじゃない」
　佐山の言葉に、彩杉と呼ばれた少女は呆れたように溜め息混じりの言葉でそう返した。しかし、佐山の言葉に何かを感じたのか、心配そうな表情で華允をみる。
「でも……私もちょっと心配かな？最近ケイン君、ボーっとしてることが多いから」
「そうかぁ？」
「そうよ。……ひょっとしてなにか悩み事があるとか？」
「そんなわけねーだろ。鈴葉は気を使いすぎだって」
　内心ドキッとしながら華允はぶっきらぼうに答えた。
　何故なら、彼は今まさに悩み事を抱えていたからである。
　彩杉鈴葉は華允の幼馴染で、とても世話好きな少女だ。そのため彼女は、なにかと華允の世話を焼きたがるが、それが単に趣味なのか、それとも好意をもっているためのものなのかは華允には判断がつきかねていた。
　そのため、ファトラやミーシャの存在を彼女に言うべきかどうか、華允は判断に迷ったまま今日に至っているのである。
　とりあえず、華允は話をはぐらかせることにした。
「今年はまだ花見してねーよな……」
「お花見？」
「そっ。毎年行ってるだろ？だから今年はいついこーかなって……」
「ひょっとして……お前、それで外なんかボーっと眺めてたのか？」
　話を聞いていた佐山が呆れたように華允をみる。
「そうだが……」
　華允がそう答えると、佐山は左掌で顔面を覆い隠すようにあてると、大げさにのけぞりかえった。
「かー！！おめでたいやつだな。もっと真面目なこと考えろよ」
「さっき『不真面目になれ』って言わなかったか？」
「そんな昔のことは忘れた。大体なぁケイン、お前は不真面目すぎるから彩杉のようなしっかりものの女房が必要になるんだぞ？」
「バ、バカいえ！！俺と鈴葉はそんな関係じゃないって、何回言わせるんだ！！」
「そ、そうよ！佐山君、変な冗談はやめてよね！！」
　先ほどとはまったく正反対のことを言う佐山に、華允と鈴葉は口を揃えて反論した。
「おおこわっ！流石おしどり夫婦……息もピッタリですなぁ」
　佐山は大げさにおどけてみせる。
「もぅ！！佐山君！！怒るわよ！？」
「ははは、冗談だって」
「大体佐山君はねぇ……」
　いつものことながら華允は反論するのも馬鹿らしくなって、鈴葉と佐山のいい争いをＢＧＭにしながら、再び視線を窓の外へと移した。
　青く染まった広大な空の海を白い雲がゆっくりと流れていく。
　グラウンドでは運動部の部活の準備をはじめる生徒達の姿が。
　校門では帰路につく生徒達が桜のシャワーを浴びながら軽やかな足取りで通過していく。
「……あれ？」
　華允はある１点で視線をとめた。
　校門の陰に隠れるようにしながらちらっちらっと中の様子をうかがう人物がいる。
　制服から、この高校の生徒でないことは一目瞭然だ。
　華允はその人物に見覚えがあった。
「わりぃ、ちょっと急用思いだした。それじゃ！！」
　華允は鞄を持つと、一目散に教室を飛び出していった。
「お、おい？ケイン？」
「ちょっとケイン君！！掃除当番は！？」
　残された二人の戸惑いとも非難ともとれる言葉が、かすかに華允の耳に聞えてきたが、華允が足を止めることはなかった。