「ただいま」
「あっ、お帰りなさぁい」
　その日、俺は珍しく寄り道もせずに真っ直ぐ家に帰ってくると、体中埃まみれになったエイミーが、ケホケホっと咳込みながら奥の部屋から顔を出して出迎えてくれた。
「ど、どうしたんだ？その顔。それにそんなに汚れた格好しちゃって」
「ちょ、ちょっと書庫の掃除をしてたら、こんな風になっちゃったんですぅ〜」
　真っ黒の腕で顔をゴシゴシと擦りながらエイミーは答える。さらに顔が真っ黒に汚れる。
　書庫、か……
　エイミーの言葉を聞いて、俺はあの日のこと、エイミーと初めてであった日のことを思い出した。
　もうあんなに経つのか……
　時の流れというのは早いものだ。あの出来事からもう１ヶ月が経つのか。
「どうしたんですかご主人様ぁ？」
　その様子を不思議に思ったのか、エイミーは俺の顔を覗きこむように聞いてきた。
「いや、なに、エイミーの顔があんまりにもかわいかったんで、つい見とれちゃったんだ」
「え、ええー！？」
　途端にエイミーの顔が上気する。
「エイミーそんなにかわいくないですよぉ。ご主人様ってばぁお世辞がうまいんだからぁ」
　エイミーはキャインキャインとぶりっ子ポーズをして見せる。本人はまんざらでもないようだ。
「ご主人様ぁ、ホントーにエイミーのこと、カワイイと思ってくれるんですか？」
「ああ」
「本当に本当に、本当ですか？嘘じゃないですよね？」
「もちろんだ。俺が嘘いうわけないだろ？」
「キャー！！エイミー幸せですぅ！！」
「もう顔が真っ黒くろで、いつもよりとってもきれいだ」
「えっ！？」
　小躍りを始めていたエイミーはその一言を聞くなり、ピタリと動作を止めると一目散に洗面所に向かって駆け出した。次の瞬間悲鳴が聞えてくる。
　やれやれ……まったく、からかい甲斐のあるやつだ。
　ものすごい勢いで流れ出る水の音のする方向をみながら、俺は軽くため息をついた。
　水の音がやむと、顔の汚れを落としたエイミーが飛び出してくる。
「ばかばかばか！！ご主人様のばかぁ！！」
「おいおい。俺は本当のこと言っただけだぜ？エイミーによく似合ってたぞ」
「キライキライ！！ご主人様なんて大っキライだけどだーいすき！！」
　エイミーはポカポカポカと俺を叩いてくる。
　まるで子供みたいだ。
「ああ、悪かった悪かった」
　俺はエイミーの頭を軽く撫でてやった。こうする事で、エイミーの機嫌は自然とよくなったりする。
　案の定，だんだんとエイミーの動作が止まっていった。
「あの、ご主人様ぁ？」
「なんだ？」
「もう、エイミーにイジワルしませんか？」
「さぁ、どうだろう？」
　ポンポンとエイミーの頭を軽く叩いた俺は自分の部屋へと階段を上がろうとした。
と、くいくいとエイミーが俺のシャツの袖を引っ張る。
「なんだ？」
「ご主人様ぁ。大切なこと忘れてますぅ」
「大切なこと？」
「ただいまの挨拶は、コ・コ♪」
　エイミーは静かに目を瞑りながら唇を指差した。
「……………………」
　俺は再度深い溜め息を吐くと、そのまま無言で二階へとあがっていった。
「ご、ご主人様ぁ！エイミーをおいてかないでくださぁい！！」
　その後を、エイミーがとことこついてきた。