男は無言のまま、仕留めた獲物の近くでへたり込んでいるルディに歩み寄ってきた。
　ザシュ、ザシュ
　重たいその一歩一歩が、まるでルディには死への足音のように聞こえて、震えが激しさを増す。
　そして男はルディの前で立ち止まり、まるで蔑むような瞳で彼を見た。
「……なんだその姿は？」
　抑揚のない声で、ルディを非難する。
「こ、これは、その……」
　ルディは身を隠すような仕草で、両手で自分の体を抱きしめた。
　恐怖が全身を支配し、声を出すことすらままならない。
「村人に話を聞いたときはもしやと思ったが……一族の恥さらしめ」
　男は弓を背中に戻すと、代わりに長剣を鞘から引き抜く。
「あっ……ああっ……」
　ルディの瞳から、涙が溢れ流れ出た。
　自分は殺される、そう思うに十分すぎるほどの殺気が、相手から放たれている。
「おーいルディ。獲物は仕留めたかえー？」
　その時、この緊迫した状況には似つかわしくない、のほほんとした声が聞こえてきた。
　そして、リーザが姿を現す。
「！！」
　ルディは表情をこわばらせた。
「なんじゃル……き、貴様は！？」
　一方のリーザも、ルディ達の姿を見るや、表情を一変させる。
　それは、忘れたくても忘れられない姿であった。
　荒れ狂った空から咆哮が放たれた続けた大雨の、あの日。
　決して忘れることのできない悲劇が襲った、あの日。
　自分の目の前で父親、母親、そして一族を虐殺した男が、今まさに目の前にいた。
「貴様は……貴様は！」
　リーザは我を忘れて、その男に向かって突進する。
「ほう……」
　男は無表情のまま、長剣を構えた。
（駄目だ……このままじゃ……！）
　ルディは自分の中に残っていた、ありったけの勇気を奮い立たせると、弓を捨てて、男の体にしがみついた。
「来るなリーザ！今すぐ逃げろ！！」
　そして大声で叫ぶ。
「……邪魔だ」
　しかし男は、剣の柄をルディの頭へと振り下ろした。
「がっ！」
　激しい痛みが頭上から全身を駆け巡り、男を掴む手の力が緩んで、体が離れる。
　すると男は、剣の束から放した右手の拳を握りしめ、そのままルディの頬を力強く殴った。
「！！」
　ルディは後方へと吹き飛ばされ、雪の上に背中から落ちる。
　幸い背中の籠がクッションとなり衝撃がある程度和らいだが、代償として籠が押し潰され、肩紐が外れた。
「っ！」
　ルディは頬を押さえたまま涙を流し、痛みと恐怖で雪の中から起き上がれずにいた。
「貴様ぁ！」
　リーザは激高し、走りながらコートを脱ぎ捨てると、右腕の腕章に左手を添えた。
「汝、仮初の姿を解き放ち、我の前に真なる姿を具現せよ！」
　すると十字の腕章が光り輝き、タキシードから離れると、細長い剣身のレイピアに姿を変えて、リーザの右手に収まった。
「貴様！よくも！よくも！！」
　男めがけて、勢いよくレイピアを振り下ろす。
　ブン、ブン
　しかし、男はそれを事もなくかわし、レイピアは空を切る。
「こ、こやつ！」
　リーザはそれでも、男に切りかかる。
「……なんだその攻撃は？」
　男は片手で長剣を振り下ろす。
「くっ！？」
　リーザは後ろへと飛び退く。
　剣先に少し触れたタキシードの右胸元の布地がパラリと宙を舞い、パックリと切れめが入った。
（こ、こやつ……！）
　リーザは身構えながら、ギリッと歯ぎしりをする。
「に、逃げるんだリーザ……」
　その時、ルディが頬を抑えながら、ヨロヨロと雪の中から立ち上がった。
「君じゃ、その人には勝てない……ボクの父さん、レスナーには……」
「な、なんじゃと！？」
　リーザは予期せぬ言葉に、男を見る。
「き、貴様は一体……！？」
「言葉通りだが？」
　男は、蔑むような視線でリーザを見ながら、抑揚のない口調で続けた。
「今の言葉通り、俺はそこの出来損ないの親だ。そして、数百年前に貴様ら化物を討伐したヴァンパイアハンターの末裔でもある」
「なんじゃとぉっ！？」
　衝撃的な言葉に、リーザはルディを見る。
　ルディは咄嗟に顔を背けた。
「おんし……吸血鬼ハンターじゃったのか……？」
　信じられない現実に、リーザの眼下が暗闇に染まっていく。
　奇しくも、雨は本降りになっていた。