静寂に包まれた闇の中で、葵は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
　誰にも邪魔されない、自分だけの時間。
　しかしそんな葵の安息を妨害するかのように、忍び寄る影がひとつ。
　気配を押し殺し、そっと、そっと葵に近づいていく。
　やがてそれは、葵の前に立ち止まると、ゆっくりと葵を揺さぶった。
「葵……葵……」
「う、うーん……」
　しかし葵は目を覚まそうとはせず、寝息を立て続ける。
「葵……葵ってばぁ……」
　それはなおも葵を揺さぶり続ける。
「……だ、駄目だって姫子……そんなに激しくしちゃ……」
「えっ？」
　突然発せられた自分の名前に、その少女は驚きを覚え、その動作をやめた。
「お前って……舌遣い上手すぎるぞ……むにゃむにゃ……」
「！！」
　しかし続けざまに発せられた言葉に、少女は顔を真っ赤にして、体を震わせながら枕を引き抜いた。
　そして、その枕を勢いよく葵の顔に押し付ける。
「むがっ！！」
　突然呼吸の出来なくなった葵は、もがきながら勢いよく起き上がった。
「ぜー……ぜー……」
　そして、わけのわからないといった様子で、暗闇に包まれた部屋の中を見回す。
「やーっとお目覚め？」
　声と共に電気がつけられ、部屋の中が明るくなった。
　目が眩み、葵は一瞬目を瞑る。それから徐々に瞼を開くと、目の前に晴れ着姿の姫子が立っていた。
　姫子は枕を手に持ち、顔を真っ赤にして葵を睨みつけている。
「…………」
　葵はそんな姫子をジッと見つめた。
「な、何よ……」
　葵の予想外の行動に、姫子はたじろぐ。
「…………」
　葵は無言のままベッドに身を横たえると、そのまま布団を被ってしまった。
「あっ！ちょっと！！寝ないの！！」
　姫子はすぐさまその布団を引き剥がした。
「あっ、何するんだ！？」
　葵は非難めいた眼差しを姫子に向ける。
　しかし姫子は目を釣り上げ、凄まじい形相で葵を睨みつける。
「まーったく、今日は初日の出見に行くんでしょ！？いつまで寝てんのよ！！」
「だからって、お前はもう少しまともな起こし方は出来ないのか？危うく窒息するところだったんだぞ！」
「新年早々変な夢見てるあんたがいけないんじゃないの！！」
「はぁ？夢？」
　葵は姫子の言葉にキョトンとなる。
　そしてしばらく考え込む仕草を見せたが、やがて姫子を見た。
「……俺、どんな夢見てたんだ？」
「知らないわよっ！！」
　途端に姫子の怒声が飛んでくる。
「夢……」
　葵はなんとかその夢を思い出そうとしたが、何を見たのか全く思い出せなかった。
「まぁいっか。いつかは思い出すだろうから」
「思い出さなくていいわよっ！！ずっと忘れてなさい！！」
　姫子はビシッと葵を指差す。
「まったく……なんだよ。朝からヒステリックな奴だなぁ……」
　葵は苦笑しながら欠伸をすると、パジャマを脱ぎ始めた。
「きゃー！！」
　姫子は悲鳴を上げ、枕を葵に投げつける。
　それは葵の顔面に命中した。
「ふがぁっ！！」
　葵は情けない悲鳴を上げ、姫子を睨みつける。
「いきなり何するんだお前は！？」
「バカァっ！！」
　姫子はそれだけ言い残すと、戸が壊れるのではないかと思うくらい力強く戸を閉めて部屋を出て行ってしまった。
「なんなんだ一体……？」
　一人残された葵はわけがわからないといった様子で呆然と扉を眺めていたが、やがて着替えを再開した。