いつのまにか陽は傾き、鮮やかな夕焼け空が広がっていた。
「それじゃあアオくん、姫子ちゃん。ボク達はもう帰るね」
「お兄ちゃん、姫子ちゃん、またね」
「アオちゃん、姫ちゃん、バイバイ」
「葵さん、虹沢さん、さようなら」
「神津先輩、虹沢さん、さようならー」
　悪戯っぽく笑いながら、奈緒、萌、楓、沙夜、鈴歌が、それぞれ家路へとついていく。
「ふぅ……今日はにぎやかな一日だったな」
　５人の後姿を見届けながら、葵は呟いた。
　その顔はぐるぐるほっぺにちょび髭、もみ上げは顎の辺りまで伸びていて、目の下にはクマ、こめかみには怒りマーク、額には『厄』の字が書かれていると言う、とてもおまぬけなものになってはいたのだが。
「ほーんと、誰かさんのせいで大変な一日だったわ」
　姫子は呆れながら、おせち料理に残っていたさくらんぼをパクッと口に中に入れる。
「あっ！！」
　その瞬間、葵は大声を上げた。
「ななな、なに？どうしたの！？」
　驚いたように、姫子は目を丸くして葵を見る。
「思い出した！！俺、姫子がさくらんぼの茎で、口の中でわっかを作る夢見たんだ！！」
「はぁ！？」
　突然の告白に、姫子は呆けた表情を作る。
　しかし次の瞬間、姫子の口からは大きな溜息が漏れていた。
「あんたねぇ～……そんなくだらない夢見てたの！？」
「悪いか？まぁ確かに、俺と姫子がデートしてる夢なんてくだらないモノなんだが……」
「ホント、くだらないわ！！」
　姫子はそうはき捨てると、ピタリと葵に寄り添った。
「どうしてそんなくだらない夢見てあたしを悩ませるのよ……」
「悪かったな……」
「本当、どうしようもないくらいバカなんだから……」
　姫子は葵の服の裾をギュっと掴む。
　しばらく、二人は無言のまま夕陽の中にたたずむ。
　やがて、葵が口を開いた。
「さて……と。誰かさんに落書きされたこの墨を落とさなくっちゃな。でも洗面所で洗ったくらいで洗い流せるか？」
「だったらお風呂に入って落とせばいいじゃないの」
「そうだな……どうせなら一緒に入らないか？その方が手っ取り早いし」
「！！」
　姫子は顔を真っ赤にする。
「……バカ」
　そして消え入りそうな声で呟くと、葵の服を更に力強く握るのであった。