食事を終えた葵達は、再び庭へと出た。
「それで、ここで一体何をするつもりなんだ？」
「これよ」
　姫子が、どこから持ってきたのか羽子板と羽根を見せる。
「あっ、羽根突きだぁ」
「確かに、正月って言ったら羽つきですもんね」
「そういうこと。というわけで、ジャンケンで順番決めましょ。対戦相手は各人が指名ってことで。それから葵は審判お願いね」
「はぁ！？何で俺が！？」
　いきなり審判に指名された葵は当然の如く抗議の声を上げた。
「当たり前じゃない。あんたは男なんだから、それくらいしなさいよね」
　しかし姫子はしたり顔で当然と言わんばかりに答える。
「……わかったよ」
　確かに姫子の言うことも一理あるので、葵は渋々了承した。
「よろしい」
　姫子は満足そうに頷く。しかしその口元にかすかに笑みが浮かんだのを、葵は見逃さなかった。
「…………」
　先程のことといい、今の表情といい、姫子がまだ何か企んでいると考えた葵は、それなりに警戒することにした。
「それじゃあ、ジャンケンしましょう」
　そんな葵のことなどお構い無しに、姫子は段取りをさくさくと進めていく。
　結局ジャンケンで１番鈴歌、２番楓、３番沙夜、４番萌、５番奈緒、６番姫子という順番が決まった。
「それじゃあ萌、勝負よ！！」
　１番最初に試合をすることになった鈴歌は、当然の如く親友を指名する。
「ま、負けないんだから！！」
　萌も羽子板を構えて、鈴歌と対峙した。
「行くよ！！萌！！それ！！」
　鈴歌が天高く羽を打ち上げる。
　それが試合開始の合図だった。
　勝負は５点先取した方の勝ちで、サーブは交互に交代。
「え、えい！！」
「えーい！！」
「ええ、えっと……あっ！？」
「んふふ。萌、そんなんじゃあたしには勝てないわよ？」
「ううっ……萌、負けないもんっ！」
　点数を低く設定したため、黄色い歓声が上がりながら試合がさくさく進んでいく。
　こうして１試合目の鈴歌ｖｓ萌は鈴歌が勝った。
「萌、まだまだね」
「ううう……鈴歌ちゃん強すぎるよぉ……」
　試合を終えた二人は、次の人へと羽子板を渡す。
　試合はというと、２試合目は楓対姫子は楓が、３試合目は沙夜対萌は萌が、４試合目は萌対鈴歌は鈴歌が、５試合目は奈緒対楓は楓が、それぞれ勝者となった。
　そして６試合目の姫子の番がやってきた。
「ふふふ……やっとあたしの番が回ってきたわね……」
　姫子は意味深な笑顔を浮かべながら低く独り言を呟くと、葵を指差した。
「さあ葵！！羽子板を取りなさい！！あたしが天誅を下してあげるわ！！」
「はぁ！？」
　突然対戦相手に指名された葵は、表情をしかめて姫子を見た。
「お前が審判やれっつったんだろ？それに、なんで俺がお前の相手をしなくちゃ……」
「戯言はいいから、さっさと持つ！！」
　姫子は有無を言わせぬ口調で、葵に命令する。
「……ったく……わかったよ」
　葵は渋々、楓から羽子板を受け取って構える。
「じゃあ、ボクが審判をやるね。サーブは姫子ちゃんからでいいかな？」
「ああ。かまわんぜ。さっさとはじめてくれ」
「う、うん」
　かったるそうな葵の言葉に、奈緒はいそいそと姫子に羽を渡す。
「ふふふ……葵、覚悟！！」
　姫子は弱々しく羽を打ち上げた。
「なんだそりゃ？そんなもん簡単に返せるぞ？」
　葵は軽く打ち返す。
「甘い！！」
　しかし次の瞬間、姫子はいきなりスマッシュを打ち込んだ。
「おわっ！？」
　葵の顔の真横を、まるで弾丸のように羽が通過していく。
　あまりの速さに、葵は反応すらできない。
　そして羽はポトリと地面に落ちた。
「まずは１点先取ね」
　姫子はフッと笑った。
「すぐに逆転してやるよ」
　葵はそれでもまだ余裕を保ちながら、羽を高く打ち上げる。
「ほら！！」
「えーい！！」
　姫子は、葵以上に羽を高々と打ち上げる。
「ととと……うわっ！？」
　打ち返そうとした葵は運悪く陽光が目に入ってしまい、羽を見失ってしまった。
　羽は無情にもポトリと地面に落ちる。
「あーら？なんて歯ごたえのない相手かしら？」
　姫子は憎々しげに言った。
「おのれ……こんな偶然、何度も続くと思うなよ？」
　葵も本気になり、地面に落ちた羽を拾い上げて姫子に投げる。
「そうこなくっちゃ、面白くないもんね」
　姫子はにやっと笑うと、先程よりも更に高く羽を打ち上げた。
「姫子……覚悟しろよ！！」
　葵は絶好球とばかりに、スマッシュを打ち込もうとする。
「あっ！！葵の足元にネズミ！！」
　突然姫子が葵の足元を指差して叫んだ。
「えっ！？」
　一瞬、葵も気を取られて条件反射で足元を見る。しかしそこにネズミの姿は無かった。
「あっ！？」
　それが姫子の策略だと気づいた葵は、急いで態勢を立て直そうとしたが、既に時遅し。
　またもや羽は地面にポトリと落ちてしまった。
「おい姫子！！お前、普通そんな卑怯な手使うか！？」
「あーら？勝手に注意をそらしたあんたがいけないのよ」
　姫子は勝ち誇ったようにホホホと笑う。
「どうしたの葵？全力でぶつかってきてくれても、いいのよ？」
「くっそ〜〜！！」
　葵は羽を拾い上げると、スマッシュ気味のサーブを、姫子めがけて打ち込んだ。
　羽は勢いよく姫子の足元手前に、地面にぶつかるように落ちる。
「どうだ。これで１対３だな」
「違うよ。今のはアオくんのミス」
　得意満面な表情を作る葵に、奈緒が横槍を入れる。
「な、なんでだよ！？」
　当然の如く、葵は奈緒にもう抗議した。
「だって低すぎるもん。あんなに低ければ取れないし、それにあんなのでもオッケーだったら自分の真後ろに打ってもいいってことになっちゃうよ」
「うっ……」
　葵は奈緒の言葉に反論できずに口ごもる。
　確かに奈緒の言うとおりだと、葵は素直に認めざるを得なかった。
「葵、もう後が無いわよ？覚悟はいいかしら？」
「なーにいってんだよ！これくらいのハンデでちょうどいい！！」
「強がっちゃって」
　葵の投げつけた羽を、姫子は余裕綽々といった態度で受け取る。
「行くわよ！！それ！！」
　姫子は羽を高々と打ち上げた。
「甘い！！」
　葵も高々と打ち返す。
「それ！！」
「うりゃ！！」
　カーンカーンと、しばらく乾いた音が辺り一帯に響き渡る。
「これで終わりよっ！！」
　しかし最後は、姫子の怨念がこもったスマッシュが見事に炸裂し、葵は０対５と言う屈辱的な完封負けを喫してしまった。
「葵、弱すぎるわ。これじゃあ準備運動にもならない」
「くっそー！！」
　姫子に言いたい放題言われ、葵は悔しさを吐き出す。
「ふふふ……葵。敗者はどうなるか、わかってるわよね？」
　姫子は不気味な笑顔を浮かべ、腕組みをしながら葵に言った。
「はぁ？何のことだ？」
「今日は何の日？」
「今日？……正月だけど……」
　姫子の質問に、葵はやや間を置いて答える。
「そ、お正月よねぇ……」
　姫子はウンウンと頷くと、言葉を続けた。
「お正月……つまり元旦は、一年の計を立てる、とっても大切な日なのよね」
「お前……まさか……」
　ようやく姫子の言いたいことが飲み込めた葵は、流石に顔色を変えた。
　ちょうどそこへ少し前にいなくなっていた萌が、墨の入った小さな缶と筆を持って戻ってきた。
「姫子ちゃん。これでいいの？」
「ええ。いいわよ」
　姫子はジャブジャブと筆を墨汁の中に浸す。
「一日早いけど、やっぱ元旦は書初めよね」
「ちょ、ちょっと待て！！なんで俺がそんなことされなくちゃいけねーんだ！？大体お前は……」
「おだまり！！」
　逃げ腰の葵を、姫子が一喝する。
「全部、あんたがいけないんでしょ！？あんな夢見たり、あたしの料理にいちゃもんつけたり、あたしのことペッタン娘って言ったり！！」
「ちょっと待て！！夢って何のことだ！？それに、俺はお前のことそんな風に呼んだ覚えは無いぞ！？」
「いいえ！！確かに言いました！！鈴歌と萌がぺったんぺったんってお餅をついてるときに『ペッタン娘』って！！どーせあたしは胸が小さいですよーだ！！葵のバカァ！！」
「だ、だか……うわっぷ！？」
　弁解しようとした葵に、たっぷり墨汁のついた筆がとんできた。
　毛筆は葵の顔につけられると、縦横無尽に走り抜けていく。
「葵の変態っ！！」
　姫子は怒りに任せて、葵の顔に書き殴る。
　あっという間に葵は墨だらけのへんてこな顔になってしまった。
「ふぅ……少しは男前になったんじゃない？」
　姫子は満足そうに筆を放す。
「あのなぁ……」
　葵は身体を震わせながら、怒りを姫子にぶつけようとした。
「じゃあ、次はあたしの番ですね」
　しかし、まるでその怒りをいなすかのように、鈴歌が羽子板をもって構える。
「神津先輩、試合しましょう！！」
　鈴歌も怒りに震えたような険しい表情を作っていた。
「えっ？」
「あたしも、試合に勝って神津先輩に書初めさせていただきます！！そんなこと言うなんて信じらんない！！」
「え、えっと、だからね鈴歌ちゃん。これは……」
　葵は弁解しようとして、止めた。鈴歌のほかに、萌と奈緒も、怒った表情で葵のことを睨んでいる。
「それじゃあ、女子チームにはハンデは４点ってことで」
　いつの間にか姫子が審判を買って出て、勝手にルールを改正していた。
「ちょ、ちょっと待て！！なんだそのハンデ４点って！？１点でも取られたら俺の負けじゃねーか！！」
「あーら？さっき『これくらいのハンデでちょうどいい』って言ってたのは、どこの誰だったかしら？」
　姫子は勝ち誇ったように言う。
「……わかったよ」
　葵は覚悟を決めると、最早罰ゲームと化した羽根突きをやることにした。
　そして鈴歌、萌、奈緒のほかに、楓、沙夜からも『書初め』をされてしまうことになるのであった。