大きな長方形のコタツをセットし終えた葵は楓とともに、料理が運ばれてくるのを今か今かと待ちわびていた。
「遅いねーアオちゃん。まだ来ないのかな？」
「まだ来ないのかな……って、お前は手伝いに行かないのか？」
「だってあたし、食べるほう専門だもーん」
　楓はコタツの上に突っ伏し、待ちくたびれたことを身体全体を使って表現する。
「おまたせー！！」
　すると奈緒達が手に様々な料理を持って台所からやってきた。
「おおっ！！」
「待ってましたぁ！」
　葵と楓は歓声を上げる。
　搗きたての餅は、多くのバリエーションが存在する絡み餅として変化していた。
　きな粉、餡子、ごま餡、大根おろし、砂糖醤油、海苔バター醤油、緑豆餡など、様々なものが絡められてある。
「よくもまぁ……ここまで……」
　コタツの台の上に置かれた餅を見て、葵は感心せずにはいられなかった。
「まだまだこれだけじゃないですよ」
「そうだよ、お兄ちゃん」
「たくさん召し上がってくださいね」
　餅を運んできた奈緒と姫子の後から鈴歌が椀を運んできてテーブルの上におき、さらに萌と沙夜が重箱を持ってきて台の上へと置いた。
「なんだその椀？」
「それはあけてからのお楽しみ。さっ、食べましょ食べましょ」
「そうですね」
　葵の質問をはぐらかした姫子は沙夜と顔を見合わせながら互いに頷きあう。
　そして料理を運んできた少女達もそれぞれ座った。
　葵の右隣には姫子、左隣には奈緒。
　姫子の斜め隣には沙夜、奈緒の斜め隣には楓。
　葵の右向かい側、沙夜の斜め隣には萌が。
　葵の左向かい側、楓の斜め隣には鈴歌が。
「それじゃあ、いっただきいまーす！！」
『いっただっきまーす』
　葵の言葉を合図に、皆が箸を取った。
「さて……どれから食べるか……」
　いろいろ目移りしながらも、葵がまず先に箸をつけたのはきな粉餅であった。
　搗きたてのモチモチした食感にきな粉の甘さがとてもおいしく、葵はしばらく口の中でその味をかみ締めていた。
「うーん、やっぱ搗きたてのお餅っておいしいね」
「本当。頑張った甲斐があったよね。ねっ？姫子ちゃん？」
「え、ええ」
　おいしそうに餅を頬張る楓の言葉を受けて、奈緒は何故か姫子へと話を持っていく。
　葵が不思議そうに隣の姫子を見ると、姫子はとてもそわそわと落ち着かない様子で、チラチラと横目で葵を見ていた。
　しかし一瞬視線が交錯すると、頬を紅色に染めてまっすぐ前を向いたまま何事も無かったかのように餡子餅を食べる。
「でもホント、この御餅っておいしいですよね。硬すぎず柔らかすぎず。萌と紅林先輩の水加減がよかったからこんな絶妙な感じになったんですね」
「そ、そんなこと無いよぉ。萌、ちょっとつけすぎちゃったかもって心配しちゃったし……きっと、鈴歌ちゃんやお兄ちゃんたちの搗きかたがよかったからとってもおいしいお餅になったんだよぉ」
「ふふふ……とても楽しいお餅搗きだったようですね」
　鈴歌と萌の会話に沙夜はクスクスと笑う。
　正月から賑やかだなぁと思いながら、葵は椀のふたを開けた。
　椀の中には透明なだし汁が入っていて、底のほうに餅が沈んでおり、三つ葉とてまりふ、それにしいたけが浮かんでいる。
「お雑煮か。そういえば、正月って言えばこれだもんな」
　葵は椀を手にとって、その雑煮を食べた。
　味付け、風味、どれをとっても満点をつけられるほどのおいしさであった。
「いやぁ、ウマイな！さすが沙夜先輩！！」
　葵は手放しで誉めながら沙夜を見る。
　しかし沙夜は何が面白いのかクスクスと笑った。
「沙夜先輩？」
「違うよ、アオくん。このお雑煮、沙夜先輩じゃなくって姫子ちゃんが作ったんだよ」
　すかさず横にいる奈緒がフォローを入れた。
「……マジ？」
「はい。マジです」
　沙夜はコクンと頷く。
「これを姫子が……」
　葵は驚きと感動を覚えつつ、雑煮と姫子の顔を見比べた。
「…………」
　姫子は顔を真っ赤にして、押し黙ったまま俯いている。
「……これ、毒入ってないよな？」
　そんな姫子を見て、葵はいつもの悪い癖を出してしまった。
「なっ……！！入ってるわけ無いでしょ！！」
　途端に姫子の表情が、いつもの怒りの形相モードへと突入する。
「いやぁ、隙あらば一服もって俺に襲い掛かってくるんじゃないかって、俺は常に貞操の危機を抱いてるんだが」
「んなわけないでしょ！！あたしだって襲い掛かるなら人を選ぶわよ！！だーれがあんたみたいな男に！！」
「図星をつかれたからって怒ることないだろ？よしよし。おいしいお雑煮を作ってくれたご褒美に、お兄ちゃんがあんず餅を食べさせてやろう。はい、あーんして」
「誰がするもんですかっ！！」
「まったく……新年早々これなんだから……」
　葵と姫子の口論に、奈緒は疲れきった表情で首を横に振って溜息をつく。
「まあまあ。アオちゃんも姫ちゃんも、このおいしいお節でも食べて仲直りしなよ」
　そこへ、至福な表情を浮かべた楓が割り込んできた。
　楓の箸には栗金団が摘まれている。
「おお。そ言えば沙夜先輩の手料理まだ食べてなかったっけ」
　葵は気を取り直したように、重箱に入っている料理に手をつけた。
　昆布巻き、ワカサギの佃煮、だしまき玉子、紅白かまぼこ等々、どれもが葵を至福の世界へと導いていく。
「とってもおいしいよ沙夜先輩。こんなにおいしいんだったら毎日でも食べたいくらいだ」
「ありがとうございます……」
　葵の率直な感想に沙夜は頬を赤らめる。
「本当、おいしいです。あたしも虹沢さんみたいに宗像先輩に料理ならおっかな？」
「あ、だったら萌も。沙夜お姉ちゃん、料理とっても上手だから」
「もぅ……皆さん、からかわないでくださいよ」
　沙夜は恥ずかしそうな仕草を見せる。
「でも、こんなにおいしい料理ばっかり食べてたら、ちょっと太っちゃうかなぁ？」
　鈴歌が少し困ったように自分のお腹と料理を見比べながら言った。
「それなら心配無用よ」
　姫子がとても意味深な笑顔を浮かべながら答える。
「食べたら太る……だったら運動すればいいじゃない」
「えっ？運動って？」
「もちろん、正月恒例のアレよ！！」
　姫子は力強く庭を指差すと、何故か不敵な笑みを浮かべながら葵の顔を見るのであった。