合歓「・・・・・・・・・・・・」
真人「・・・・・・・・・・・・」
合歓「・・・・・・・・・・・・」
真人「・・・なんだ？　食べないのか？」
合歓「・・・・・・・・・・・・」
真人「・・・・・・・・・・・・」
合歓「・・・ひとつ、聞いてもいいかな・・・？」
真人「なんだ？」
合歓「・・・これって、ボクへの嫌がらせ？」
真人「どうして？　ちゃんとチョコレートパフェおごってやったじゃないか。　しかも、レストランの」
合歓「だからって、病院はないと思うんだけど・・・」
真人「不満か？」
合歓「ボク、喫茶店に連れてってもらえると思ったのに・・・」
真人「なんだ？　２階にある喫茶店の方がよかったのか？　じゃあ移動しようか？」
合歓「ここでいいっ！！」

　合歓はブスッと膨れたまま、スプーンを手にとってチョコレートパフェを食べ始める。
　どうやら口では文句を言っているが、心ではもう我慢できなかったらしい。
　しかしまぁ、時折恨めしい表情で俺を睨むのは、よほど病院７階のレストランに連れて来られた事がよほど不満だったのだろう。

合歓「真人君って、ホント意地悪だよね！　ボクをこんなところに連れてくるなんて！！」
真人「おいおい。　俺は合歓に喜んでもらえるかと思って、ここに連れてきたんだぞ？」
合歓「ここが病院じゃなくって、普通のファミレスだったら喜んでいたんだけどね」
真人「そりゃ差別、偏見ってもんだ。　第一、入院や通院してる患者さんに失礼だ」
合歓「だったら、健康のボクは、普通の喫茶店のチョコパの方がよかったもん！」

　そう言いながらも、合歓のチョコレートパフェは既に半分減っていたりするんだが。
　まったく、食い意地がはっていると言うか、なんと言うか。
　あーあ。ほっぺたにクリームくっつけちゃってるよ。

真人「わかったわかった。　今度からは、合歓を誘う時は違う場所を選ぶようにするよ」
合歓「そうして」
真人「梢や芹里香は喜んでくれるから、合歓も喜んでくれると思ったんだけどなぁ・・・」
合歓「真人君、女の子を誘う時はもっと場所選んだほうがいいと思うよ」

　いや、合歓は誘ってないし。っていうか無理やりおごらされてるような気がするんだが。

真人「俺としては十分、熟考したつもりだったんだが」
合歓「全然してない！」
真人「まぁ、合歓が気に入らないって言うんなら、仕方ないや。　残念だけど」

　自然と出る溜息。合歓がこんなに場所にうるさい奴だとは思わなかった。
　うーむ・・・今度からは本気で違う場所に連れてった方がいいかも・・・ん？

合歓「・・・・・・」
真人「どうしたんだ？」
合歓「・・・真人君はこのお店、気にいってるの？」
真人「そりゃ気にいってるから連れてきたって、さっき言ったと思うが？」
合歓「どうして？」
真人「えっ？」
合歓「どうして、病院の食堂なんかが気にいってるの？」
真人「ああ、そのことか・・・」

　俺は視線を窓の外へと移す。
　沈みかけた夕陽と鮮やかな夕暮れ空に照らされた街の景色は、すっかり赤く染まっている。

真人「ここから見る景色が好きだからさ」
合歓「ここから見える景色が？」
真人「ああ。　俺って小さい頃から病気がちで、よくこの病院に入院してたんだ」
合歓「ウソ！？」
真人「嘘って・・・嘘なんかついてどうするんだ？」
合歓「だって・・・でもそれ、本当？」
真人「だから本当だって。　疑り深い奴だなぁ。　そんなに信じられないなら梢や芹里香に聞いてみればいいだろうが？」
合歓「・・・ってことは、やっぱり本当のことなんだね。　へぇ〜、意外だなぁ」
真人「意外？」
合歓「だって真人君って、入院とかとは無縁の人だと思ってたから」
真人「失敬な奴だな。　合歓と一緒にするな」
合歓「ボクだって入院くらいしたことあるもん！」
真人「ま、まさか・・・妊娠・・・？」
合歓「ちがう〜！！　夏風邪！！」
真人「そりゃ意外だ。　健康優良児の代名詞のような合歓が、夏風邪で入院してたとは」
合歓「う〜っ！！」

　合歓は低く唸ると、パフェを食べるのを休めていた手を、再び動かす。
　ホント、からかいがいのある奴だ。

真人「まぁ、昔はここからじゃなくって、屋上から眺めてたんだけど」
合歓「屋上から？」
真人「ああ。　昔は屋上にも入れてな。　入院患者の洗濯物とか干してあったものさ」
合歓「今は？」
真人「建て替えがあってから、入れないようになっちまった。　あの場所から眺める十勇花火大会は最高だったんだが」
合歓「確かに・・・この場所って、花火とか見るのに絶好な場所かも」
真人「だろ？　あーあ・・・きっと合歓のような、ノーロープ有刺鉄線電流爆破バンジージャンプを敢行する奴が後を立たないから、立ち入り禁止にされちゃったんだろうな〜」
合歓「ボク、そんな危険なことしないもん！！　真人君と一緒にしないでよ！！」

　コンフレークをバリバリと音を立てながら、不機嫌そうにパフェを食べ続ける合歓。
　ほっぺたにはチョコレートソースの混じったクリームがくっついたままだ。

合歓「どーせ真人君の入院だって、そんなことばっかりしてたからなんでしょ？」
真人「そう思うか？」
合歓「思う！！　で、最後に入院したのはいつなの？　どうせ、拾い食いしたとか女の子に意地悪して殴られたとか、そんなことだと思うけど」
真人「・・・確かにそんなこと、かもな・・・」
合歓「えっ！？　ホントに！？」

　合歓は驚いたように手を止め、目を丸くする。
　冗談なのに驚くなよって感じなんだが。
　まぁ、あと半口くらいしかチョコレートパフェは残ってないから、今更手を動かしたところで無駄だと思うんだが。
　それにしても・・・最後に入院した時のことか・・・

合歓「どうしたの？　振られた女の子のこと、思い出しちゃったとか？」
真人「違うよ。　最後に入院した時のことを思い出していたんだ」
合歓「最後に入院したときのこと？」
真人「ああ・・・」

　今でも思い出す。いや、一生忘れることはないだろう。
　あの忌まわしい事故のことは・・・
　父さん、母さんとの弾んだ会話。周りののどかな景色。
　そして、迫ってくる車とけたたましいブレーキ音・・・

真人「もう５年も前になるよな・・・飲酒運転の車に衝突されて、父さんや母さんが死んだのに俺一人だけ生き残って、入院生活余儀なくされたあの事故が起こったのは・・・」
合歓「あ・・・」

　合歓は表情を曇らせ、俯くと、スプーンを置く。
　いつもは明るい合歓も、今のは流石に気まずかったらしい。

合歓「ゴ、ゴメン・・・ボク、そんなつもりじゃ・・・」
真人「・・・・・・・・・・・・」
合歓「・・・・・・・・・・・・」
真人「・・・合歓」

　俺は言葉を続ける代わりに、人差し指で自分の口元を当てる。

合歓「・・・・・・？」
真人「・・・・・・」
合歓「・・・あっ！！」

　合歓はその意味をようやく理解したらしく、慌ててハンカチを取り出すと、口の周りをぬぐう。
　そして恨めしそうに俺を見る。

真人「いやぁ、絶好のシャッターチャンスだったんだけどなぁ。　カメラ持ってくればよかった」
合歓「こんな写真撮らないでよ！！」
真人「そうかぁ？　結構絵になってたぞ。　『陸上部のエース、韋駄天姫の夕方の顔はクリーム姫だった！』とか」
合歓「そんな恥ずかしい見出しつけないでよ！！」
真人「結構いけると思ったんだけどなぁ」
合歓「全然いけてない！！」
真人「まぁいいや。　ほっぺのクリームを舌で拭い取る合歓も見れなかったことだし」
合歓「ボク、そんな恥ずかしい真似しないもん！！」

　合歓はまるで威嚇するかのように低く唸りながら、俺を睨む。
　あの時、あのまま教えないでそのままにしておいたほうが面白かったかも。

合歓「やっぱり真人君は、意地悪だよ！！」
真人「へいへい。　悪かったな」
合歓「すっごく悪いもん！！　だから、またここに連れて来てくれなくちゃ、絶対に許してあげないんだから！！」
真人「はぁ？　お前、ここ嫌いだったんじゃなかったのか？」
合歓「気が変わったんだもん。　ボク、この場所好きになったから、また連れて来てね」
真人「・・・・・・」

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