ここ何日か続いた豪雨もようやく治まり、空には雲ひとつない、それはもう見事な青空が広がっていた。
　これでやっと旅が再開できる……
　俺はこの青空を見上げて、心底安堵の溜息をついた。
　路銀は行く先々で稼ぐから今のところは何とかなっているが、魔宝はそうはいかない。
　もし俺達より先に魔宝を手にするものが現れれば、それは即ち俺は元の世界に帰れないということを意味する。
　しかも、俺達の魔宝集めを邪魔することを堂々と宣言している奴らが二人もいる以上、俺は先を急がなければいけないのだ。
　幸いなことに、今は俺達が魔宝のゲットに成功している状態だが……
「おや？」
　俺は前方に、その俺の邪魔することを生きがいにしている奴一名を発見した。
　しかしそいつは俺のことなどまったく気付かない様子で、店の前になにやらボケーっと立っている。
　一体何みてるんだ？まさか武器やトラップとかじゃないだろうな？
　気になった俺はそいつのそばにそっと近づいた。
　そいつは俺が近づくことなどまったく気付かない様子で、心ここにあらずといった感じで店の中をジーっと見ている。
　何をそんなに熱心に見ているんだ？
　俺はそいつの視線の先にあるものを見た。
　それは――水着だった。
　それはワンピースのフリル付で、とてもかわいらしい水着だ。
「お前、こんなのがいいのか？」
「きゃ！！？」
　俺が声をかけると、そいつは身体をビクッと震わせ、小さく悲鳴を上げた。
　どうやら違う世界に飛んでいたところを現実世界に引き戻してしまったらしい。
「ななななな、なんであんたがここにいるのよ！！」
　そしてそいつは、俺を見るや挙動不審な態度で俺のことを指差す。
「べべべ、別に、あ、あんたのことなんか、これっっっぽっちも考えてないんだからね！！ホントなんだから！！」
「なんだ。俺のこと考えてたのか？」
「だだ、だから、違うって言ってるじゃないの！ばかー！！」
　顔を真っ赤にし、少女はわめき散らす。
　相変わらずわかりやすい奴だ……
　俺は心の中で軽く溜息をついた。
「で、レミット。俺のことを考えてるのはわかったけど、妄想は程々にしとけよ？俺はこんな水着切る趣味はないし、人様から指を差されるような変態でもなければ、暇人でもない。そんなことばっか考えてるとそのうち捕ま……ぐはっ！？」
　言葉が終わる前に、レミットの鉄拳が俺の顔面に飛んできた。
「ってー！何するんだ！！」
　俺が非難の声を上げると、レミットは全身をピクピク震わせ、物凄い剣幕で俺に食ってかかってきた。
「バッカじゃないの！！なんであたしが、あんたがこの水着切る姿を想像しなくちゃいけないのよ！！冗談でも、言っていいことと悪いことがあるんだから！！」
「何だ違うのか」
「当たり前じゃない！！」
「そっか。それならいいんだ。じゃあ、そのまま妄想の続きでもやってくれ。こっちの世界に呼び戻して悪かったな。俺は旅の支度をしなくちゃいけないから」
「あれ？あんた知らないの？」
「知らないって、何を？」
「町の先にかかってる橋、この大雨で壊れちゃったんだって。直すのに当分かかるみたい」
「な、なんだってー！？」
　俺はレミットの言葉に愕然とした。
　次の魔宝を取りに行くためには、この町の先にある大きな橋を渡っていかなければならない。
　それが壊れたとなると、一体どうすればいいんだ？
　おとなしく橋が直るのを待つしかないのか……！
「ふふーん。残念でした。抜け駆けしようったって、そうはいかないんだから」
　いつの間にかレミットは、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
　そんなレミットをみて、ついつい俺も意地悪なことを言いたくなってしまう。
「つまりお前は、暇を持て余すあまり街の中をぶらついていた、と。アイリスさんにあんまり迷惑かけるなよ？」
「ち、違うわよ！！年中暇人のあんたと一緒にしないでよ！！」
「わかったわかった。そんなに暇なら、俺が遊び相手になってやるから」
「えっ……？」
　俺の言葉に、レミットは驚きの表情を見せる。
「うーんそうだな……」
　俺は大げさに考え込む演技をしてから、大きくぽんと手を叩いた。
「姫様ごっこ、なんてのはどうだ？」
「何それ？」
「お前がお姫様で、俺が家来。で、お前が俺にいろいろ命令するわけだ。まず手始めに『夜伽を命じます！』って」
「ふふんオモシロそうじゃないの。あんたにしちゃまともなこと思いつくじゃないの」
　レミットは大きく頷きながら、俺に尋ねた。
「で、夜伽って何？」
「夜伽ってのはだな……」
　俺は小声で、なるべくソフトな表現でレミットに説明してやる。
　すると、レミットの表情は見る見る完熟トマトのように真っ赤になっていき、そして感情が一気に爆発した。
「バ、バッカじゃないの！！なんでわたしが！あんたにそんなこと命令しなくちゃいけないわけ！？」
「なんだ。したくないのか？」
「当たり前じゃない！！」
　レミットは力一杯否定すると、きつい眼差しで俺のことを睨みつけた。
「いい！？あんたなんか、ぜーったい、元の世界に帰してなんかあげないんだから！！覚えてらっしゃい！！」
　捨て台詞を残し、何処へと駆け去っていくレミット。
　一体何を覚えていればいいのかよくわからんが、とりあえず今後のことを早急に決めよう。
　俺は旅の続きのことを考え、立ちはだかる困難と膨大な出費に頭が痛くなった。