悠久なる歌姫の宴

　とうとうこの日が来てしまった。
　……あいつが行ってしまう……あたしの手の届かないところに……
　そりゃ、こんな日がいつか来るのはわかっていた。わかっていたけど…… やっぱりいざ来てみると怖い。あたしどうしたら……
　……そういえばいつの頃からだろう。あいつを意識するようになったのは。最初町で「仲間になってくれ！」なんて言われたときは「何こいつ」って思ったっけ。旅の途中で何度もあいつに冷たく当たったわ。
　だけど……だけどあいつはそんなあたしに対していつも優しくしてくれた。町の番兵に捕まりそうになった時はあたしを庇ってくれた。子犬を拾ったときは一緒に飼い主を捜してくれた。スリに間違えられた時も最後まであたしを信じてくれた。
　イルム・ザーンの上空にある空中庭園。ロクサーヌの話しだと、ここに何でも願いを叶えてくれる暁の女神がいる。あたし達はあいつの願いを叶えるために今まで協力してきた。だけど……
　……あいつ、もう寝ちゃったのかな。キャラットと若葉はもう寝るって言ってたけど。あたしも眠ろうかなって思ったけど、なんだか眠れない。
　……あいつはあたしのことどう思っているんだろう。やっぱただの仲間としか思ってないのかな……
　……ダメ！あいつのことを考える度に胸が苦しくなって……それが日増しに強くなっていって……こんな気持ち生まれて初めて！もし、このままあいつが元の世界に帰っちゃったら……
　……今夜が最後のチャンス。あいつにこの気持ちを伝えよう。親に捨てられた時から神様なんて信じなかったけど……神様……あたしに勇気を……あいつに告白する勇気をください！
　……あっ……なんだか勇気がわいてきたような気がする。この勇気が消えないうちにあいつの部屋に行こう！
　……あいつ……起きてるかな……。考えてみれば、あいつもいろいろと苦労してたもんな。ワガママなフィリーやあたし達の言うこと嫌な顔ひとつしないで聞いてくれて、いつも自分の事は後回しにしてくれて……。自分の知らない世界のはずなのに……ひょっとしたらあたしより不幸なのかも……
　……部屋の中の光がドアの隙間からこぼれてくる……どうやらあいつは起きてるみたいね。
　あいつ……今どんな気持ちでいるんだろ。やっぱ明日のこと考えてんのかな。 　……でも、起きててよかった……
　……あれ？手が動かない。それに心音がどんどん高くなっていく。やだ！あたしったらどうしたんだろ。こんな事今までなかったのに。やっぱりあたしには……ダメダメ！変なことを考えるのはよそう。今ここで、あいつに告白しなかったらあたしは一生後悔することになる。
　神様……勇気を……！

　コンコン！
　ガチャ！

「リ、リラ……どうしたんだこんな遅くに……」
「うん……ちょっと……。入ってもいいかな」
「あ、ああ……別に構わないけど……」
「それじゃあ……」

　パタン

「しかし珍しいな。リラが俺の部屋を訪ねてくるなんて」
「うん……そうね……」
「しかし、この旅もいろいろあったよな。ま、おかげでいろいろな経験ができたんだけど」
「…………」
「でも、それも今日でおしまいか。リラや他の仲間と別れるのはつらいけど」
「…………」
「…………」
「…………」
「……あ、あのさ……」
「なんだい？」
「明日……帰っちゃうんだよね……」
「ああ、まだわからないけどな。それがどうかしたのか？」
「…………」
「…………」
「……どうして……」
「ん？」
「……どうして帰っちゃうのよ！」
「リ、リラ……？」
「そりゃ、あたしだって旅を始めた頃はこんな面倒なこと早く終わらせたいと思っていた……」
「…………」
「旅の途中でワガママ言ってたのもそのため。そうすれば、あんたが困ってあたしをパーティからはずしてくれると思ったから」
「…………」
「……でも……でもあんたは、そんなあたしに対していつも優しく接してくれた。そんなあんたをみているうちにあたしは……」
「…………」
「……ほら、覚えている？ゲンショウに行く途中に立ち寄った洞窟のこと」
「ああ。覚えてるよ。確か幸福を呼ぶ鳥、セイート鳥がいるってロクサーヌが話をもってきたんだよな」
「…………」
「あの時は大変だったよな。リラやフィリーは絶対に行くって聞かないし、途中でカイルやレミットの邪魔が入るし、おまけに、現物は鳥じゃなくてすごい魔力を秘めた彫刻だったんだもんな」
「…………」
「そういえば、リラは何で彫刻を持ってこなかったんだ？」
「……あの時も言ったでしょ。幸せは自分で掴むからこそ価値があるからって……」
「……本当にそれだけか？」
「えっ……？」
「あ、いやぁ、俺には別の、もっと大きな理由があったように見えたんだけど」
「そ、それは……」
「それは？」
「……それは……セイート鳥は……幸せの鳥は……旅を始めたときからあたしの側でずっと見守っててくれたから……」
「え……？」
「あたしにとって、あんたがあたしのセイート鳥だったから……」
「…………」
「あたし嬉しかった。人から優しくしてもらったってことなかったからとっても嬉しかった。ペットショップへデートに誘ってくれた時もそう。つまんなそうにしてたけど、ホントはとっても楽しかった。将来あんたとこんな店を持てたらなんて思ってみたりもしたわ」
「リラ……」
「でも……でもあんたは明日行っちゃう……」
「…………」
「勝手なことばかり言ってゴメン。だけど、少しでもあたしの気持ちを知ってほしかった。迷惑かもしれないけど、どうしてもこの思いを伝えたかった……」
「ありがとうリラ。俺もリラがいたからここまで頑張ってこれたんだと思う」
「……えっ？」
「どんなにつらい時でも、どんなに苦しい時でもリラが側でで励ましてくれたから旅を続けることができたんだ」
「…………」
「俺にとってリラは仲間以上の大切な人だった」
「……うれしい……」
「でも……ゴメン……俺は明日……」
「その先は言わないで！」
「リラ……」
「いいの。こうなることはわかっていたから。それにあんたの気持ちも分かったから。明日笑顔で見送るね……あっちの世界でも……元気でね……！」

　ガチャ！
　バタン！

　あれ？周りが霞んで見える。目頭が熱い。……これは涙？ヤダ、あたしったらなに泣いてんだろ……
　でも……これでよかったのかも。あたしのような女に好かれても、迷惑なだけよね。部屋に戻って今日はもう寝よ……
　………………
　………………
　………………
　……どれくらいの時間が経ったのかな。やっぱり眠れない。あいつのことは吹っ切れたはずなのに、目を閉じるとあいつとの思い出が蘇ってくる。あたし、ホントにどうしちゃったんだろ……
　………………
　………………
　………………
　……とうとう朝がきちゃった……。ホントはあのまま時が止まってくれればよかったのに。だけど……あいつと約束したから今日は笑顔で見送ってやらなきゃ。
　……約束の時間に遅れるといけないから着替えてもう行こっと……
　みんなもう来てるかな……あっ、キャラット、若葉、フィリー、ロクサーヌ、それにカイルにレミット、アイリス、そしてあいつも……
　……何だ、みんな来てるじゃん。来てなかったのはあたしだけだったのか……
　……あれ？あたしの知らない女性が一人、あいつの横に立っている……
「ったく、時間にルーズな女だ。お前の教育がなってないからいけないんだぞ」
「そーよ。暁の女神様を召還する儀式はとっくに終わっちゃったんだから」
「まーまー二人共抑えて。リラさんも来た事ですしそろそろ始めましょうか」
　……そっか。あの人が暁の女神様なんだ。確かに雰囲気からそんな感じがする。
「どうやらみなさんそろったようですね。それでは、この方が一番最初でよろしいのでしょうか」
「そうですね。彼の願いがもっとも切実でしょうから」
「そうよ。そのためにわたし達は今まで頑張ってきたんだから」
「ちょっとまて。その前に俺の……」
「あんたのはどうでもいいでしょ！あいつが一番先よ！」
「ちっ……」
「みんな、ありがとう！」
　…………
「どうしたんですかリラさん。顔色がよくないようですよ」
「本当だ。何かあったの？」
「……えっ？あ、いや何でもないわよ……」
「そうですか。ならいいんですけど……」
「元気だしなよ。無理すると体に毒だよ。それに、これからだって楽しいことはいっぱいあるんだしさ」
　……やっぱり、若葉とキャラットは知っていたんだ。あたしがあいつを好きだって事を……だからあたしを慰めてくれるんだ……
　……でも……あいつはもうすぐ行ってしまう。あたしをこんな気持ちにさせておいて……だけど、あいつと約束したから笑顔で見送ってあげないと……
「暁の女神よ聞いてくれ。俺の願いは……」
　……ダメ！やっぱりできない！あいつと……あいつとこのまま離れたくない！
「俺の願いは……俺をこれからもずっと、この世界に残り続けられるようにしてほしい」
　……えっ……今なんて……？
「ちょ、ちょっと！何言ってんのよ！」
「そうよ！元の世界に戻りたいんじゃなかったの！？」
「確かに最初、この世界に飛ばされてきた時はそう思っていた。……だが旅を続けていくうちに俺は疑問を持つようになった。はたしてこのまま帰って後悔しないだろうか？毎日がスリルと冒険に満ちあふれている、充実した生活を向こうの世界でも送ることができるのだろうか？そもそも、何で俺は向こうの世界に戻りたいんだろうか？毎日これらの考えが頭の中を駆けめぐり、その度に俺は悩んだ。本当にこのままでいいのかってね」
　…………
「だけど、昨日リラが俺の部屋に来てくれた後はっきりわかったよ。俺はこっちの世界に残った方がいいってね。どうせ向こうの世界に戻っても、平凡と退屈な生活が待っているだけだ。それよりも今の生活の方が俺にはあっている。それに……」 「それに？」
「それに……俺はリラが好きなんだ！彼女と離ればなれになるなんて俺には出来ない！」
「……わかりました。どうやらあなたは心からそのことを望んでいるようですね。では目を閉じてください。数秒後あなたの望んでいる状態になっているでしょう」
　……あっ……女神様が光りだした。淡い光があいつの体を包み込んで……綺麗……
「目を開けても大丈夫ですよ」
「これでずっとこっちの世界にいられるなって……なんだかちっとも変わってないような気がするけど」
「フフフッ。人の心は弱くて儚いものですが、時として何事にも負けない鋼鉄の鎧と化します。人の心とは、優婉な司祭であると同時に残忍な魔物でもある諸刃の剣なのです」
「えっ？それは一体どういう事ですか！？」
「それをわかっているのは、あなた自身ではないのですか？」
「…………！！」
「あなたの純粋な心、いつまでも持ち続けてくださいね」
「はい！！」
「よし、それでは次は俺の番だな！」
「なに言ってんのよ！あたしに決まってるでしょ！」
「ひ、姫様！落ち着いて！」
「このクソガキ！だいたい―――――――――」
「何よ！あんただって―――――――――」
　……あれ？どうしてだろ？嬉しいはずなのにまた涙が……
「リラ……」
「あ……」
　あいつが、あいつがあたしの前に……
「リラ、俺の頼みを聞いてほしい」
「う、うん……」
「俺と……俺とつきあってくれ」
「えっ……！」
「俺の彼女になってほしい。……ダメか？」
「ううん、そんなこと……そんなことない！すごく嬉しい！」
「それじゃあ……！」
「あたしでよければ喜んで！」
「リラ……！」
「あっ……」
　……あいつの胸の中ってなんだか暖かい……なんだか眠くなって来ちゃった……いろいろあったけど、やっとあたしにも幸せが……