静かに雪が降っていた。
　まるで全てを覆い隠すような、白く、淡い氷の結晶。
　触れると溶けてしまい、冷たい感覚だけが指先に残る。
「もうこんな季節なのか……」
　俺はそう呟いて空を見上げた。
　分厚い灰色の雲に覆われた空からは沢山の雪が舞い落ちてくる。
「功司君、お待たせ」
　ちょうどそこへ、白い息を弾ませながら沙夜がやってきた。
「おう、こっちこっち」
　俺もベンチから立ちあがって沙夜に手を振る。
「はぁはぁ……ごめんね。ちょっと遅くなっちゃった」
「気にするな。俺も丁度来たところだからな」
「クスッ」
　何故か沙夜は笑った。
「俺、なんかおかしなこと言ったかな？」
「うん。功司君って、ウソつくの下手なんだもん」
「えっ？」
「だって、その頭と肩に積もった雪を見ればどれくらい待ってたかくらいわかるよぉ」
「あっ、こ、これは！」
　俺は慌てて雪を払いのけた。
　沙夜ははにかみながら言った。
「ありがと、功司君。あたしのこと待っててくれて」
「ま、まぁ、気にするな。それよりも沙夜、入選おめでとう」
　俺はそう心から祝福の言葉を述べずにはいられなかった。
　沙夜は最近出展した絵画のコンクールで見事入賞を果たすと言う快挙を成し遂げたばかりだった。
「えへへ。ありがと」
　沙夜は嬉しそうに答える。
「とりあえず、歩かないか？」
「うん！」
　俺の言葉に沙夜は元気よく頷いた。

　雪に包まれた公園の中は、人の姿は全くなかった。
　まるで俺達二人だけがこの世界に存在している、そんな錯覚にさえ捕らわれてしまう。
　沙夜がおもむろに口を開いた。
「寒くなってきたね、功司君」
「そうだな。この前まで秋だと思ってたのに、もうすっかり冬になっちまったんだもんな」
「功司君は寒いの、嫌い？」
「うーん……どうだろ？難しいな……暑すぎるのもイヤだけど寒すぎるのもイヤだ」
「クスッ。功司君らしいな。でも、寒いとお鍋がとっても美味しくなるんだよ」
「鍋ものかぁ……」
　俺はその言葉に懐かしいものを覚えた。
　超放任主義の両親は俺のことをほったらかしにして二人仲良く海外へと出かけている。
　そのため俺は「家庭の味」というのを久しく忘れていた。
　そのことを察してか、沙夜が気まずい表情を浮かべる。
「ご、ゴメン功司君。あたし、そんなつもりでいったんじゃ……」
「いや、気にするなよ。別に沙夜は悪い事言ったわけじゃないしさ」
「で、でもぉ……」
「そんなに悪いと思ってるんなら、今度俺にもご馳走してくれよ」
「えっ？なにを？」
「だから、沙夜の鍋料理」
「ええっ！？」
　沙夜は驚いて目を丸くしたが、すぐに嬉しそうな表情に変わった。
「うん！あたしのなんかでよければ、喜んで！！」
「そっか。サンキュ」
「えへへ。どういたしまして」
　そして俺達は公園の中を歩き続けた。

　やがて俺達は１本のケヤキの前に辿りついた。
　昔、よく沙夜と一緒に眺めていたケヤキだ。
　葉はすっかり枯れ落ちて、枝には雪が降り積もっている。
「懐かしいよな。この木も」
「そうだよね。功司君、この木に登って降りられなくなって騒ぎになった事あったもんね」
「変なことまで覚えてるな、お前は」
「だって功司君、あたしがやめたほうがいいよって言ったのに、一人で登っちゃうんだもん」
「まぁ、そんなこともあったかな？」
　俺はケヤキを見上げた。
　樹齢何百年も経っているせいか、その姿は威風堂々としている。
「ねぇ功司君……話って、なに？」
　沙夜が不安げな眼差しで尋ねてきた。
「沙夜……」
　俺は沙夜の瞳をじっと見た。
　心臓がどんどん高鳴っていく。
「沙夜の絵が入選した時から言おうと心に決めてたんだけど」
「う、うん……」
「俺……沙夜のことが好きだ」
「えっ！？」
　時間が止まった。
　冷たい木枯らしが吹きぬけていく。
「だから……もし迷惑じゃなければ、俺とつきあってください」
「功司君……」
　沙夜は頬を赤く染め、はにかみながら言った。
「こんなあたしでよければ喜んで……」
「ホントか！？ウソじゃないよな？」
「うん。今日からあたし達、恋人同士だね」
　嬉しそうに笑う沙夜の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
「グスッ……嬉しいはずなのに、涙が出てきちゃうよ。おかしいよね」
「沙夜……」
「ホントはね、あたし、功司君がそう言ってくれるの、ずっと待ってたんだよ」
「……ゴメン……」
「謝るなんて功司君らしくないよぉ。いつものように『バカ、泣くやつがあるか！』って言ってくれる方が功司君らしいよ」
「そんなこと、言えないよ」
「グスッ、功司君優しいもんね。でもあたし、今とっても幸せな気分だよ。だってあたしも功司君のこと、凄く大好きだから」
「沙夜！！」
　たまらず俺は沙夜を抱きしめた。
「功司君……浮気なんかしたら、許さないんだから」
「わかってるよ。俺だって沙夜だけを見つめ続けるよ」
　そして俺達は約束の口付けをかわしあったのだった。