時は流れて昼休み。
　将悟の体調を心配した心乃枝と雅が、将悟の住むアパートの前へとやってきた。
「将悟さん、大丈夫でしょうか？」
「さあ？少なくとも、学校休むくらい大丈夫じゃないことは確かね」
「お見舞いに買ってきたプリン食べて、元気になってくれたらいいんですけど」
「甘いわね鶴眞さん。風邪と言ったら桃缶よ」
　そして二人は、互いに持っていた箱と紙袋をチラ見し、しばし無言になる。
「とにかく、二人で将悟さんに元気になってもらいましょう」
「そうね。今回は一時休戦よ」
　そして二人はコクンと頷いた。
「将悟さーん」
　心乃枝が玄関のチャイムを押すが、中から返事は聞こえてこない。
「将悟ー。入るわよー？」
　雅が断わってドアノブを回すと、すんなりと回り、ドアが開く。
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
　雅と心乃枝はそのまま将悟の部屋へと上がりこむ。
　将悟は、静かな寝息を立てながら眠っていた。
　心乃枝と雅は、足音を立てないようにして、将悟の元へと行く。
「将悟さん、眠っていますね」
「そうね。思ったよりも酷くなさそうでよかった」
　心乃枝と雅は将悟の寝顔を眺めながら、ホッと胸を撫でおろす。
「将悟さん、幸せそうな寝顔ですね」
「ホント。どんな夢見てるのかしら？」
　しばらく無言のまま、心乃枝と雅は将悟の寝顔を見続ける。
「さて……と。そろそろ戻りましょうか」
「そうね。お見舞い用に持ってきたもの、置いていきましょ。将悟がいつ食べてもいいように」
　そして二人はテーブルの上に持ってきたものを置こうとして、動きが止まった。
　入ってきた時は死角になって気が付かなかったのだが、ティッシュの箱に隠れるようにして、ハート型の容器に入ったプリンの食べかけが、そこにはあった。
「プリン、ですね……」
「ハート型、だね……」
　二人は顔を見合わせ、お見舞い品をテーブルの上に置くと、険しい表情に変えて将悟の体を揺さぶった。
「将悟さん、起きてください！」
「将悟、起きてよ！！」
　少女二人の行動により、将悟は急速に夢の世界から現実の世界へと引き戻されていく。
「う、うーん……」
　そして目を覚ますと、少女二人が、怖い表情で自分のことを睨んでいた。
「心乃枝……雅……お、おはよう……」
「おはよう、じゃないです！どうしたんですか？このプリン！」
「そうよ！あたし達が一番乗りだと思ったのに、一体誰が来たの？衣楠君！？」
「あ、いや、これはだな。その……」
　将悟は布団から腕を出そうとして、何か柔らかい物に手が当たる。
「？」
　将悟は不思議に思いながら、さらにそれを触った。ぷにぷにした感触のそれは、とても柔らかく、心地よい。
「どうしたんですか将悟さん？」
「あ、いや、なんでもない」
　少し挙動不審な様子を見せる将悟に、雅が鋭く勘を働かせる。
「布団の中に、何かあるの？」
　そう言うなり、雅は将悟にかけられていた布団をはぎ取った。
『！！』
　そして三人は絶句した。
　将悟の隣には、なんと裸Ｙシャツ姿の芽依が、スヤスヤと寝息を立てていた。
　そして将悟の手は、彼女の右胸を掴んでいた。
「わわわっ！！」
　将悟は慌てて手を離す。
　そして恐る恐る二人を見ると、心乃枝も雅もより険しい、般若の形相になっていた。
「ええええ、えっと、これはだな。その、なんていうか、俺にも何が何だかわからなくて……」
　しどろもどろになりながら、将悟は必死に弁解を行う。
　すると、芽依が目を覚ました。
「ん……おはよ、将悟……」
「め、芽依先輩！どうして俺の隣で、そんな姿で寝ているんですか！？」
「さぁ……？」
「さぁって……」
　将悟は絶句する。しかし、それ以上に衝撃を受けていたのは心乃枝と雅であった。
「将悟……」
「芽依先輩……」
　二人は放心状態で互いに顔を見合わせる。
　そして、再度鬼の形相に戻り、将悟に迫った。
「将悟さん！これは一体どういうことですか！？」
「将悟！これは一体どういうこと！？」
「え、えっと……つまり、これは、その……」
　将悟は迫ってくる同級生二人の顔に、ただ冷や汗を浮かべるしかなかった。

「……なるほど。お話は分かりました」
　それからいろいろあり、やっと落ち着いた４人はテーブルを囲んでいた。
　将悟の額には冷却系シートが張られており、病人だということをうかがわせる。
　しかし、彼の隣に座っている芽依が相変わらずの裸Ｙシャツ姿であったため、はたから見れば将悟は病人には全く見えない状況であった。
「でも、嵯峨良先輩。その格好は流石にやりすぎだと思います！」
「そうですよ！将悟が発情しちゃう！！」
　二人は早速非難の矛先を芽依に向けた。
　しかし芽依はため息をついて、首を横に振った。
「仕方ないだろ？私の着ていた物は、将悟の洗濯物と一緒に洗って、あの通り」
　そして芽依の指差す方角には、将悟と芽依の洗濯物が干されている。
「せ、先輩、将悟さんの洗濯物と一緒に洗ったんですか！？」
「ああ。それがどうかしたのか？」
「信じらんない……」
　二人は絶句するが、おもむろに服を脱ぎだした。
「そ、それなら、わたしも将悟さんの洗濯物と一緒に洗濯します！！」
「あ、あたしだって！！将悟のパンツと一緒に洗うんだから！！」
「お、お前ら何やってるんだ！！やめろって！！」
　突然の展開に、将悟は慌てて目を隠しながら二人の行動を止める。
　すると二人は身を乗り出し、将悟に迫ってきた。
「どうして止めるんですか！？将悟さんには関係ないじゃないですか！！」
「そうよ！将悟は黙ってて！これは、あたしたちの問題なんだから！！」
「な、なんでそうなるんだよ……」
　将悟はどうしていいのか、困り果てる。
　すると、隣で芽依が「ふぅ」とため息をついて、立ち上がった。
「仕方ない。そろそろ着替えてくるとするか」
「えっ？」
「確かに、鶴眞や神凪の言うように、病人には刺激が強すぎたな。私としたことが迂闊だった。プリンの次は、私のとっておきを食べさせてやろうと思ったんだが」
　そう言って、芽依はバスルームの方に歩いていく。
「と、とっておき……」
　将悟の脳裏に、迫りくる芽依の唇が、すぐさま再生される。
「将悟さん！」
「将悟！！」
　しかし、すぐさま二人の声と表情に、その再生はかき消された。
「将悟さんは病人なんですから、栄養つけなくちゃダメです！」
「そうよ！嵯峨良先輩のプリンは食べたのに、あたし達のを食べられないなんておかしいわ！！」
「だから、わたしの自家製シュークリーム、食べてください！！」
「鶴眞さんのなんかより、あたしのイチゴの方が柔らかくておいしいんだから！！」
「ちょっと神凪さん！！わたしのなんかよりって、どーゆー意味ですか！？」
「言葉通りの意味よ！！将悟はあたしの方が絶対いいに決まってるんだから！」
「そんなの、わからないじゃないですか！」
「わかるもん！！」
　二人は視線を交錯させ火花を散らすと、将悟を睨んだ。
「さあ将悟さん！食べてください！！」
「将悟！食べて！！」
　二人は将悟の顔に接触するまで数十センチの距離に迫る。
「だ、だから……」
　将悟は返答に窮してしまう。
「お前達、その辺にしておけ」
　しかし、その窮地を救ってくれたのは、他ならぬ芽依であった。
「将悟は病人なんだ。悪化させても知らんぞ？」
　バスルーム前のカーテンを外して姿を現した芽依は、そう言って将悟にウィンクする。
　その意味受け取った将悟は、すぐ行動に移した。
「ゴホゴホッ！！」
　将悟はわざとらしく、咳き込む。
「しょ、将悟さん！？」
「大丈夫！？」
　二人の表情は一転して、不安そうなものになる。
「だ、大丈夫だから……」
　将悟はよろよろと立ちあがると、ベッドに行き、そのまま仰向けの体制で寝て布団をかけた。
「ふ、二人ともすまない。あんまり調子よくないから、ゆっくり眠ることにするよ……」
「将悟さん……」
「将悟……」
　二人は心配そうに将悟を見守る。
「そういうわけだ。二人とも、看病は私に任せて、早く学校に戻った方がいいぞ」
　そう言いながら、芽依は二人の元に近寄ってくる。
　しかし、二人は芽依の姿を見て、怪訝そうな表情を浮かべた。
「あの、ちょっとお尋ねしますが、嵯峨良先輩」
「なんだ？」
　心乃枝の質問に芽依は首をかしげる。
「その格好、なんですか？」
「将悟のパジャマだが……それがどうかしたか？」
「どうして将悟のパジャマを着てるんですか！？」
　雅の言葉に、芽依はニヤリと笑った。
「さっきも言ったように、私の服は洗濯してしまったからな。ちょっと将悟のパジャマを借りた、というわけだ。ちなみに、パンツや下着も将悟から借りたものだ」
「しょ、将悟さんの！？」
「パ、パンツ……」
　二人は言葉を失う。しかし、芽依は構わず話を続けた。
「で、何故将悟のパジャマを着てるかというと、将悟を看病をするためだ。私が責任もってこいつの看病するから、心配しなくてもいいぞ」
　そういいながら、ブカブカのパジャマを着た芽依は、腕組みをする。
　しかしその言葉に対し、二人は即座に反応した。
「そんなのダメです！だったら、わたしも将悟さんの看病します！！」
「あ、あたしだって将悟の看病するんだから！！嵯峨良先輩には任せておけないもん！！」
　そして、ここから絶対に出て行かないという断固とした意思表示を表情に表わす。
　それを見た芽依は、悪戯っぽく笑った。
「なら、三人で将悟に添い寝するか？鶴眞と神凪は将悟の横で、私は将悟の上、なんてのはどうだ？」
「だだだ、ダメです！！将悟さんの上には、わたしがなります。うつぶせの体制で、将悟さんのお布団になります！！」
「なに言ってんのよ！鶴眞さんじゃ重すぎて、将悟がかわいそうじゃない！！やっぱここは、体重の軽いあたしが将悟の上になるわ！！」
「ちょっと神凪さん！！それ、どーゆー意味ですか！？」
「言葉通りの意味よ！！」
「まぁまぁ二人とも落ち着け。全て丸く収まるように、私がだな」
「全然丸く収まりません！！」
「そうよそうよ！！」
　三人の議論は一向に収まる気配がない。
　そして、女子三人がわいわいキャアキャアやっているそばで、将悟は耳をふさぐように布団にもぐり、目を瞑っていた。
（聞こえない……何も聞こえないぞ……！）
　それからほどなくして、将悟は再び夢の世界へと堕ちて行った。