人間とは、思いがけない事態に直面した時、例外なく思考が停止するものである。
　そして、その一瞬からすぐさま思考を再起動できるかどうかで、天才か凡人かの違いが出るのだが、残念ながら俺は後者らしい。
　だから、俺はその事態に直面し、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
　でもだからって、誰も俺を責められないはずだ。
　だってそうだろ？部室の扉を開けたら、にっこり微笑んでくれるメイド服姿の朝比奈さんの姿がそこにはなく、代わりにムスッと不機嫌そうな表情で俺のことを睨みつけているメイド服姿のハルヒがあったのだから。
　こんな不意打ちみたいな事態に遭遇すれば、誰だって思考が停止するに決まっている。
　でも、それがハルヒには相当不服だったらしい。
　俺の態度を見た瞬間、いつもの三倍増しの不機嫌そうな態度で、椅子に座った。
「よ、よぉ……」
　とりあえず、部室の中へと入り、荷物を置いて、椅子に腰掛ける。
「……………………」
「……………………」
　なんだか気まずい空気が流れる。い、いかん何か喋らないと……
「な、長門は今日はいないんだな」
「有希は今日用事だって」
「長門が……珍しいな。朝比奈さんは？」
「みくるちゃんも用事があって来ないわ」
「そ、そうなのか……」
「ついでに言うと、古泉君も来ないわよ。用事があるって」
「へ、へぇ……」
「……………………」
「……………………」
　会話が途切れる。再び流れる重い沈黙。
　い、いかん……これでは同じことの繰り返しだ。何でもいい。会話を続けないと……
　しかし、そんな俺の考えをまるで先読みしていたかのように、ハルヒが先に口を開いた。
「……で、あんた。他に言うことないわけ？」
「えっ？」
　突然の言葉に、俺はハルヒを見る。
「だから！他に何か言うことないかって聞いてるの！！」
　俺の返事がよほど癪に障ったのか、ハルヒは激昂した。
「あんたね！このあたしが、こんな格好までしてあげてるってのに、何の一言もないわけ！？」
「そ、そう言えば、何でそんな格好してるんだ？」
「みくるちゃんが今日休みだって言うから、代わりにあたしが、メイド服着てあげたんじゃないの！あーあ、もうバッカみたい！！」
　ハルヒはヘッドドレッサーを外すと、乱暴に机に上に置いた。
　ひょっとして、俺に見せるためにそんな格好してるのか？でもって、俺の「かわいいよ」という一言が、いつまでたっても聞けないから、拗ねていると？
　……まさかな。
　もしこれが朝比奈さんだったら、俺は喜んで賛辞の言葉を並べるだろう。なんたって、朝比奈さんはこの世の女神だからな。
　でもハルヒが相手だと、言う気にもなれん。何故なら、その行動の先に必ず「トラブル」の４文字が待っているからだ。
　しかし、ここはとりあえず、賛辞の言葉を送っておいた方がよさそうだ。
「え、えっと、そのなんだ。あまりにも似合ってたから、つい見惚れちゃって……」
「……あんたねぇ。今さらとってつけたようにそんなこと言って、このあたしが喜ぶと思ってるわけ？」
「そ、そんなことないぞ。俺はハルヒの、とってもかわいい姿に心打たれてだな。適当な言葉がなかなか思いつかなくて……本当、その姿かわいいぜ」
「……ふん」
　ハルヒは机に置いたヘッドドレッサーを装着すると、椅子の背もたれに寄りかかった。
　一応、機嫌が直ったのか……？
　俺がホッと一息をついたのも束の間、ハルヒが俺の顔を見てニヤリと笑った。
「というわけでキョン、お茶入れてちょうだい」
「はぁ？何で俺がそんなことを？ってか、それはお前の仕事じゃねーのか？」
　俺の言葉に、ハルヒは深いため息をついた。
「バッカじゃないの？あたしは、あんたの目の保養になってあげたのよ。だからあんたがあたしに奉仕するのは、当然じゃない」
「…………」
　俺はハルヒの言葉に絶句する。どこをどうしたらそのような結論に至るのか、まったく理解不能だ。
　しかし、ここでハルヒの機嫌を損ねては、俺にどんな災いが降りかかってくるかわからない。
「へいへい。わかりましたよ」
　俺はため息をつくと、椅子から立ち上がった。