「今日も夕方かぁ」
　夕陽が校舎に差し込む放課後。
　美山椿芽はいつものように、五稜館学園の中を探索していた。
　長髪ぱっつんの髪型に、スレンダーな体型。ブレザーの制服に身を包んだ彼女は、正確には五稜館学園の生徒ではない。
　しかしフィフス・フォースの一員で、チーム「アルタイル・トルテ」のチームリーダーである彼女は、チームメイト達が通う学園生活に興味があったため、生徒の数がまばらになった夕暮れ時になると、日々こうして隠密活動に勤しんでいた。
　もちろんバレたら大事になる可能性はある上に、知り合いも多い。そのため、バレないように伊達眼鏡をかけ、右手に参考書を持ち、いかにも優等生といった変装をしている。
「さて今日はどこに行こうかなぁ〜」
　椿芽は思案を巡らせながら廊下を歩く。
　ふと、すれ違う女子生徒達の話し声が耳に入ってきた。
「夜木沼先輩、凄かったねー」
「ホント、あこがれちゃうよねー」
　椿芽は足を止めて、遠ざかる女子生徒達の背中を見つめながら、ポンと手を叩く。
「そうだ！今日は伊緒の練習を見にいてみよっと！」
　夜木沼伊緒は、椿芽と同じアルタイル・トルテの一員で、スタイル、ルックス抜群の学園一のアイドルとしても認知されているほどの有名人である。
　三つ編みにしたさらさらヘアーはチーム内でも人気が高く、菜森まなは彼女と同じコンディショナーを使っていたりする。
　学園外での彼女の生活は身近に接しているためそれなりに把握しているが、学園内での彼女は、椿芽にとっては神秘のベールに包まれていると言っても過言ではなかった。
「体育館は……あっちだったかな？」
　椿芽は体育館の方角を向くと、足取り軽やかに向かった。

「お邪魔しまーす……」
　椿芽がそーっと体育館の扉を開けると、そこに伊緒の姿はなかった。
　代わりに一角に黒山の人だかりが出来ている。
「一体何だろう……？」
　椿芽は開けた扉の外からそっとその方角を窺う。
　不意に背後からポンと肩に手を置かれた。
「ひっ！？」
　椿芽は激しく身を震わせ、恐る恐る背後を振り返る。
「あっ……」
　そして小さく声を上げた。
　そこには見知った少女が二人立っていた。
　金髪の右縦ロール、左側にミニハットを装着し、オッドアイの少女、灰島依咲里。
　銀髪の左縦ロール、右側にミニハットを装着し、オッドアイの少女、灰島華賀利。
　二人は双子の姉妹で、共にチーム「ビスケット・シリウス」のメンバーである。
「貴方はアルタイル・トルテの……」
「どうしてここに……」
「え、えっとね……それは……」
　アハハ、と、椿芽は苦笑いする。
　二人は顔を見合わせると、コクンと頷いた。
「予定とは異なりますが、貴女に決めました」
「わたくし達と一緒に来てください」
「えっ！？ちょ、ちょっとぉ！！」
　椿芽は依咲里に左手を引っ張られ、後ろから華賀利に押されるまま、体育館の中に入っていく。そして黒山の人だかりの中心地へと連行されていった。
　人だかりの中心地には、椿芽の見知った顔が三人がいた。バドミントン用のコート内で、二対一の形で対峙している。
　手にはラケットを持ち、三人とも体操着にブルマの姿になっている。
「二穂様、お連れしました」
　依咲里が、一人でコートに立っている、頭の左右に赤いリボンを飾った金髪ツインテールの少女に話しかける。
「あら？あたしは夜木沼伊緒を連れてくるように言ったはずだけど？」
　話しかけられた少女は、椿芽を見ながら依咲里に問いただす。
「申し訳ございません。伊緒様はどこかに行かれてしまわれたようでしたので」
「ですので、代わりに彼女に来ていただきました」
　依咲里の後に、華賀利が言葉を続ける。
「そう。なかなか面白いことするじゃない」
　少女はニヤリと笑う。
　この少女は、チーム「ビスケット・シリウス」のリーダー緋ノ宮二穂であった。
　中等部の生徒であるため、高等部には普段滅多に顔を出さない。
「な、なんであんたがここにいるのよ！」
　一方コートの反対側にいた、赤髪のツインポニーテールで気の強そうな表情をした少女が、驚きの声を上げながらラケットの先を椿芽に向ける。
　チーム「プロキオン・プディング」のリーダー、杏橋天音である。
「まぁまぁ。いいじゃない。面白いことになりそうだし」
　そして天音の側にいた、黒髪長髪で巨乳で、大人びた包容力が漂う少女が笑う。
　こちらはチーム「ココナッツ・ベガ」のリーダー、不知火ハヅキである。
　三人とも、椿芽と同じフィフス・フォースの仲間であり、ライバルであった。
「え、えっと、話がまったく見えないんですけど……」
　椿芽は恐る恐る手を上げた。
「まぁ、かいつまんで話すと。あたしは今から杏橋天音達とバドミントンで勝負するから。貴女はあたしのペアってことで」
「えーっ！？」
　二穂の説明に、椿芽は驚きの声を上げる。
「二穂ちゃん中等部の生徒だよね？なんでそんなことになってるの？」
「ま、いろいろあったのよ。あたしと二穂ちゃんは、どっちかって言うと巻き込まれた方だけど」
　二穂の代わりにハヅキが説明して、肩をすくめる。
「でもまぁ、こうなった以上、椿芽も覚悟決めないとね。そんな変装までして来てくれたみたいだし」
「え、えっと、これは、その……アハハ……」
　まさか学園内を探検しに来ましたというわけにもいかず、椿芽はハヅキの言葉に空笑いをする。
「時間がもったいないわ。依咲里、華賀利。着替えを」
『かしこまりました』
　二穂の言葉に依咲里、華賀利は声を揃えて深々と一礼すると、椿芽を連れてそのまま体育館倉庫へと向かう。
「ちょ、ちょっと！？待ってってば〜！」
　椿芽は抵抗の声を上げるが、体育館倉庫内に連れ込まれるまでにそう時間はかからなかった。

　体育館倉庫内で強制的に体操着とブルマに着替えさせられた椿芽は、眼鏡を外され、ラケットを持たされ、コートに立たされていた。
「どうしてこんなことに……」
　いくらぼやいたところで現状が解決するわけではない。
「美山椿芽。ちょうどいいわ。貴女ともここで決着を付けてあげる！行くわよ！」
　天音はそう言って、シャトルを天高く打ち上げる。
「えい！」
　それを二穂が打ち返す。
「甘いよ！」
　今度はハヅキが打ち返し。
「ええーい！」
　椿芽がそれを相手のコート内に打ち返す。
　スパーン、スパーンと乾いた音が響き渡る。
　四人が四人とも、妖魔を相手にする時の刃物系武器の軌道を彷彿とさせるようなラケットの振り方であったが、ごく一部を除いてそれに気づく者はいなかった。
「えぃ！」
「やぁ！」
「とぉ！」
「はぁ！」
　四人は真剣なまなざしでシャトルを打ち返し続ける。
　その様子を、固唾を飲み込み見守るギャラリー。
　椿芽達の額から、流れ落ちた汗が激しい動作によって床へと飛び落ちる。
「凄いです、二穂様」
「ご立派です、二穂様」
　依咲里、華賀利の二人も、瞳を潤ませながら、その様子を見守る。
　そして、一点をとるのに二〇分以上ラリーが続く白熱した試合は、結局日没時間切れ引き分けになるまで行われた。

「はぁー……疲れた……」
　エテルノのチームハウスに戻り、シャワーを浴びて着替え終えた椿芽がラウンジに顔をのぞかせると、そこには絢爛豪華な料理の数々が並んでいた。
　そして、チーム「アルタイル・トルテ」のメンバーが制服姿で勢揃いして、にこやかに微笑みながら立っている。
　白いヘアバンドをしたショートヘアの少女、沙島悠水。
　ツインポニーテールで童顔の小柄な少女、菜森まな。
　ショートヘアで独特な雰囲気を纏った小柄な少女、澄原サトカ。
　放課後会うことが出来なかった夜木沼伊緒もいる。
「すっごーい！どうしたのこれ！？」
　椿芽が目を丸くしながらその料理を眺める。
「いいからいいから。座って座って」
「う、うん……」
　悠水に促されるまま、椿芽はソファーに腰かける。
　その前へ、伊緒、悠水、まな、サトカの四人が並んだ。
「えっ？なに？なに？」
　ただならぬ雰囲気に、椿芽は戸惑いの表情を浮かべる。
『椿芽ちゃん、転入おめでとー！』
　パーン！パーン！
　四人はお祝いの言葉を述べると、突然隠し持っていたクラッカーを打ち鳴らした。
「えっ？……えええっ！！？」
　予期せぬ言葉に、椿芽は驚きの声を上げる。
「聞きましたよ椿芽さん。五稜館学園で勉強と部活に励んでおられたそうで」
　最初に口を開いたのはサトカであった。
「え、えっと、それは……」
　椿芽は返答に窮してしまう。
　椿芽の行為は、既にチーム内に知れ渡っているようであった。
「いやぁ、あたしもリョウコちゃんから聞いたんだけどさ。椿芽ちゃんのガリ勉優等生姿見てみたかったなぁ、牛乳瓶グルグル眼鏡の」
　悠水がわざとらしくため息をつく。
「わたしそんな格好してません！」
　椿芽は即座に否定した。
「まなも真乃ちんから聞いたよぉ。まなも見て見たかったなぁ。椿芽ちんがバドミントンで稲妻レシーブ打つところ。実際に雷がバババーって走ったんだって？」
　まなが目を輝かせながら椿芽を見る。
「そんなレシーブ打ってません！」
　これも椿芽は即座に否定した。
「っていうか、転入してませんから！」
　そして、転入そのものを否定する言葉を口にする。
『えっ！？』
　椿芽の言葉に四人は顔を見合わせた。
「どういうこと？」
「実は……」
　椿芽は恥ずかしそうに、事の真相を話し始めた。

「なぁんだ。何時もの椿芽ちゃんの、放課後探検かぁ」
　椿芽の話を全て聞き終わった悠水は、いつもの展開にため息をついた。
　悠水だけではなく、他のものも「仕方ないわね」といった表情を浮かべている。
「でもまぁ、これだけ派手に活躍しちゃったなら、椿芽も覚悟をきめないとね。五稜館学園、通いたくなったんじゃない？」
「少し……」
　伊緒の言葉に、椿芽は恥ずかしそうに顔を俯かせる。
　その表情を見て、四人は互いに笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、そろそろ夕食にしましょうか！」
「はーい！さんせー！」
「デザートはカレーパンがいいです」
「サトカったら。食事のバランス悪いと、体に悪いわよ？」
　四人はそれぞれ席につく。
『いただきまーす！』
　そして夕食タイムが始まる。
「転入、か……」
　椿芽はバドミントン勝負のことを思い出し、にこやかに笑った。

　そして――椿芽がティエラ先生に転入届の書類を提出するのは、それから程なくのことであった。