みなさんこんにちわ。こちらは、お昼になったらいつもに明るく楽しい話題をお届けしています県立丸井高校放送室です。いよいよ紅葉も深まってきましたね。私はちょっとダイエットしないとまずいかな？って思うようになってきました。さて、本日のゲストは……ええーーーっ！？
「ど、どうしたの林檎？そんな素っ頓狂な声を上げて」
いつもは冷静、でもおっちょこちょいな青葉林檎に先輩の放送部員が声をかけた。
「だ、だって今日のゲストって……」
「ああ、２年の彼ね。なんでも、川に落ちて溺れてる幼稚園児を助けて、警察から表彰されたそうよ」
「へぇ〜……そうだったんですか……」
林檎はそう頷くと同時に、だんだんと自分の鼓動が高鳴っていくのがはっきりとわかった。
今日のゲストは先輩……今日のゲストは先輩……
この言葉が頭の中でエンドレスにエコーする。
林檎が憧れの先輩と出会うきっかけになったのは、親友の美樹との会話で発せられた彼女の一言からであった。
「２年のあの先輩もあの絵に興味があるのよね」
あの先輩！？あの男性恐怖症の美樹が男の人の名前を口にするなんて……
こりゃ親友として、どんな人なのか是非とも確かめておかなくっちゃ！！
最初は好奇心だけであった。特に特筆すべきはない、一見頼りなさそうな先輩。
なんで美樹はこんな先輩を好きになったんだろう？美樹だったら、もっと他にいい人が見つかると思うんだけど……
しかし、美樹の代理を引き受けているうちに美樹がこの先輩を好きになった理由に気がつきはじめていた。
一緒にいるととっても楽しい先輩。
どんなに困った時でも力になってくれる頼れる先輩。
そして、どんなに悩んでいる時でも、嫌な顔ひとつせずに相談にのってくれる、優しい先輩……
いつしか林檎は彼に対して、淡い恋心を抱くようになっていた。
だが親友の美樹のことを想い、常に偽りの自分を演じ続けてきたのである。
そんな憧れの先輩が……今日のゲスト……
「ちょっと林檎!?大丈夫？」
「え、は、はい。大丈夫です」
先輩の一声で林檎ははっと我に返った。
「本番前だからよかったけど、本番中にあんなことしちゃ駄目よ。笑われるのはあなたなんだから」
「ハ、ハイ！気を付けます!!」
「よしよし、その調子その調子。あなたは我が放送部の期待の星なんだから、しっかり頑張ってもらわないとね」
「そ、そんな、買いかぶりすぎですよ。わたしは……」
コンコン
謙遜する林檎を遮るかのように、放送室のドアがガチャリと開いた。
「おっと、どうやら主賓が到着したようね。準備はいい？」
「あ……」
そこには、林檎の憧れの先輩の姿が存在していた。
「ここは丸井高校放送室。いつも明るく楽しい学校の情報伝達室です。こんにちわみなさん。青葉林檎です。これからのこの時間、どうぞ最後までおつきあいくださいね。本日のゲストは陸上部で活躍中の、この方です！」
「え、こ、こんにちわみなさん。今日はここに呼んでいただき、大変に光栄に思っている所存にございます」
「そんなに堅くならなくても大丈夫ですよ、先輩。ところで、先輩はつい最近川で溺れていた幼稚園児を助けて、警察から表彰されたそうですね。まずは、その子供を助けることになった経緯から聞かせてもらえますか？」
「ああ、あれは大雨が降った次の日だったから･･･ちょうど今日のような日かな？いつものように部活を終えて家に帰ろうとしたら、帰り道の途中の川で幼稚園児が溺れていたんだ。周りには誰もいなくて、助けを呼んでる暇がなさそうだったから、そのまま川に飛び込んだ。おかげで服がぐっしょり濡れちゃったけどね。僕以外の人でも、多分みんな同じ行動とってると思うよ」
「なるほど……でも、やっぱ尊敬しちゃいますよ。先輩って凄い！さて、質問が沢山来ているので、早速聞いてみちゃいます」
「質問？僕に答えられることだったらいいんだけど……」
「多分大丈夫ですよ。まず最初の質問。『先日ラブを探す調査していた時のことなんですが……僕、見てしまったんです。先輩って、とある女の子と同棲してるんですね。僕を差し置いて一人抜け駆けなんてずるいです!!一体どーやって仲良くなったんですか？』……せ、先輩同棲してるんですか!?校則第４２条違反で、退学ものですよ!?……って、そーゆー問題じゃないです！先輩！不潔です!!」
「え？……ええっ!?い、いきなりなにを！？ぼ、僕は同棲なんかしてないぞ！そ、それに高校生の僕が、そんな破廉恥で非常識的なこと、するはずがないじゃないか！」
「そ、それもそうですよね。全く……誰かしら。こんな変な質問投書してきたのは。では次の質問です。『この前即売会は、どうもありがとうございました。原稿手伝ってくれただけでなく、マスモンＫＩＤＺのアグネラのコスプレをして売り子までしてくれるなんて、私感激ですぅ。この次のやおい本の時もよろしくお願いしますねぇ。あ、ところで、アナタオンリーの同人誌は描かないんですか？私でよければゲスト参加しますよ』という質問なんですが……」
「…………」
「……先輩って……そっち系の人だったんですね……」
「ち、違うよ。きっと人違いだって！！僕はそんなところに行ったことないぞ！！」
「本当ですか〜？怪しいなぁ」
「林檎ちゃん……信じてくれないの？」
「うっ……ま、まぁ人それぞれっていうことで、きっと人違いだったんでしょうね。うん、きっとそうよ。先輩がそんな人のはずないもの。では次……え？もう時間？？しかたないなぁ……。じゃあ最後の質問です。『どうして、どうしてあの時来てくれなかったの？ずっと浜辺で待っていたのに……。喫茶店で働いているあなたを初めて見た時から……初めて私に話しかけてくれたあの日から……私、あなたのことが好きだったのに……。あなたの生き生きと楽しそうに働いてる姿、とっても眩しかった。今もこの手紙を病院のベッドの上から書いています。あなたに会えなくって、寂しい夜のせいで何度枕を涙で濡らしたかわかりません。会いたい……あなたとあって、お話しがしたい……。私、生きているうちにもう一回あなたと会いたいの。わがままだってことはわかってる。でも……こんな私のわがままを、聞いてもらえますか？』……せ、せ、先輩！！これは一体どーゆー事ですか！？」
「ぼ、ぼ、僕は何も知らないよ！濡れ衣だぁ！」
「ひっどーい！！先輩ってそーゆー人だったんですね……」
「そ、そんな！？違うよ！！」
「何処がどう違うんですか！？女の子を泣かすなんて、サイテーです！！あたし、もうこれから先輩のことは、普通の目で見れない！！」
「ちょ、ちょっと、林檎！？」
「もういいです！あたし、先輩って言う人のこと勘違いしていました！これからは――」
「り、林檎ちゃん、なにをそんなに怒って……」
「そ、そうよ林檎……」
「あたし怒ってなんかいません!!それに先輩も邪魔しないでください！！今からこの人の本性を暴いて美樹の目を覚まさせてあげなくちゃいけないんだから!!こんな残忍で冷徹な人に弄ばれてる美樹が可哀相だわ！！」
「だ、だから、違うのよ」
「何が違うんですか！？」
「いい、落ち着いて聞いてね。あの質問なんだけど……どうやら演劇部に提出する予定の、ウチの部長が書いた台本の草案だったらしいのよ。なんか、手違いでこっちに紛れ込んじゃったみたいで……」
「…………へっ？」
「で、こっちが今日質問するはずだった予定の原稿なんだけど……」
「み、見せてください!!……『どんな音楽が好きですか？』『どの先生の授業が一番眠りやすい？』『陸上部って楽しいですか？』……」
「………………」
「あ、あははははははははははは……あっ！？ど、どうやらこの辺でみなさんとお別れする時間が来てしまったようです。名残惜しいですが今日はこの辺で。みなさんさようならぁ〜！！」
「ゴ、ゴメンナサイ!!あたし、あたし……！！」
「もういいよ、済んじゃったことは。それよりも、先輩に怒られなくってよかったね」
放課後……林檎は憧れの先輩と一緒に下校していた。
昼の時に大失態を演じてしまったのにも関わらず、笑って許してくれた先輩……そんな先輩を疑ってしまった自分自身を林檎は責め続けていた。
「失敗は誰にでもつきものだから、今度からは気を付けてね」
「は、はい!!」
かなり怒ってると思いきや、そこにはいつもと変わらないにこやかに微笑んでる彼の姿があった。
あんなに先輩のことひどく言っちゃったのに……
やっぱ先輩って優しいなぁ。
今日はちょっと勇気を出してみよっかなぁ……
「あ、あの先輩、ちょっとお尋ねしてもいいですか？」
「うん？なんだい？」
「あの、その……」
「…………？」
「えっと……せ、先輩は……あっ!?」
ちょうど橋に通りかかった時、下の川に流されている１個のダンボール箱を発見した。その中で、子猫がニャ〜ニャ〜と助けを求めるかのように弱々しく鳴いている。
昨日の大雨の影響で川の水位はかなり高くなっており、おまけに流れも速い。さらに悪いことに、ダンボール箱はかなり水を吸っているらしく、今にも沈みそうだ。
「た、大変！！あのままじゃ子猫が……先輩、どうしよう!?」
「どうしよって……今からレスキュー呼んでも間に合いそうもないし……仕方ない！」
言うが速いが、彼は手荷物を林檎に渡すと、川に飛び込んだ」
「あっ!?」
林檎がその出来事に呆気に取られているのをよそに、彼はダンボール箱ごと抱えると、近くの岸までたどり着いた。
「ほーらよかったなぁ」
林檎が彼のそばに駆け寄った時には、子猫は弱々しいながらもにゃ〜にゃ〜嬉しそうに彼に身を委ねるように抱かれていた。
「せ、先輩、大丈夫ですか!?」
「まぁ、いちおーなんとか。ずぶ濡れになっちゃったけど。しかし、真冬に寒中水泳２回もすることになるとは思わなかったなぁ……」
林檎は彼から子猫を受け取ると、優しく頭を撫でた。
「かわいい子猫ちゃん……」
「まったく……最近はこーゆー不届きな人間が多くって困るよなぁ……」
「全くですよね。そんな人達に飼われるペットの方が可哀相です」
「しかし……助けたはいいけど、どうしよっか……僕の家じゃ飼えないし」
「あたしも子猫ちゃん飼いたいけど……親が許してくれないだろうし……そうだ！放送部の先輩で猫を飼いたがってた人がいたから、その人に話してみますね」
「じゃあ、悪いけどそうしてくれる？」
「はい！！」
「ところで……尋ねたいことってなんなの？」
「あ、えっと……それはもういいんです！！」
林檎は言うなり、駆け出した。
「あ、林檎ちゃん？」
「早く帰らないと、風邪引いちゃいますよ。それじゃ先輩、またあした〜！」
優しい先輩……
とっても明るく、楽しい先輩……
一見パッとしない、地味で物静かだけど、いざという時にはとっても頼れる先輩……
やっぱりあたし……
ほんのり赤くなった頬を隠すかのごとく美しく鮮やかに映える夕日……
そして、その風景にだんだん溶け込んでいく先輩の姿……
彼の優しい行動に接したことで、彼がますます好きになった林檎であった。
