某月某日、某企業の会議室にて。
　いくらゲームを造れどあまり評判がよくない、いやむしろ著しく評判がよくないこの出版会社は、今後の方向性を左右する意味で大きな岐路に立たされていた。
　次の商品が失敗したら、ゲーム事業からの撤退もありうると既に上からは通告されていう。
　ゲーム事業部の面々はまさに背水の陣で、この企画会議に臨んでいた。
「……で、長時間話し合って、何も出ず、か……」
　髭面の男が咥えていたタバコを、堆く吸殻が積み上げられた灰皿へと押し付けた。
「お前らいい加減にしろよ！？揃いも揃って能無しか！！」
　髭面の男は不機嫌そうに吐きすてると、周囲を一瞥する。
「誰かいいアイデアないのか！？あっ！？」
　髭面の男は机を叩いて怒鳴り散らすが、他の人間は目を伏せ、視線を合わせようとはしない。
「ったく、ホントーにつかえねーやつらばっかりで参るぜ！」
　男はふてぶてしい態度で椅子の背もたれに寄りかかる。そして新しいタバコを咥えると火をつけた。
　しばらく沈黙が流れる。
「あ、あの……」
　その沈黙を破るかのごとく、この面々の中で一番若い男が手をあげた。
「なんだ？」
「過去に発売された、『名作』と呼ばれるゲームの版権を買い取って、続編を出すというのはどうでしょう？」
「名作……ねぇ」
　男はタバコの灰を一旦灰皿に落とすと、その青年を見た。
「例えばどんな？」
「例えば……私は『戦闘国家』がいいのではないかと思います」
「『戦闘国家』？」
　青年の言葉に男は眉をピクンと動かす。
「確か大戦略シリーズと双璧をなすウォーシミュレーションだったよな？」
「はい。かなりの名作ですし、固定ファンもいます。続編をうちが出せばかなりの収益が見込めるのではないかと。ただ問題は、我が部署に軍事知識が豊富な人間がいるかということですが……」
「いいんだよそんなもん」
　男はタバコを灰皿に押し付けて火を消すと、腕組みをした。
「軍事知識なんていらねーよ。ユーザーなんてのは馬鹿の集まりなんだから、○○シリーズの続編ってことだけでホイホイついてくるだろ？それに、前作からもうかなり年月が経ってるし、話題性も十分だ。いやむしろ、続編を望まれてる作品を俺達が出してやるんだから、感謝してもらわないとな」
　男は立ち上がると、ホワイトボードにマジックを走らせた。
「よし、次の新作は戦闘国家で行くぞ。セールスポイントは『前作以上の、驚異のパワーアップを遂げた戦闘国家が帰って来た！』って感じで。どーせこのゲームのファンは軍事オタクばっかりだから中国軍でも強くしとけばいいよ。いざとなったら中国で売り出せばいいんだからな。世界の軍事大国中国とか行って売り出せば、向こうにもルートができるだろうし。向こうじゃ圧倒的な中国軍の前に敗れ去るよわっちぃ日本軍なんて遊びが流行るかもな。ははははは」
　男は上機嫌でホワイトボードに次々と文字を書き込んでいく。
　こうして名作の悲劇は、そのおぞましい一歩を踏み出すとになったのであった。