ふぅ……
　俺は先日の出来事、由真との卓球勝負を思い出し大きくため息をついた。
　明らかに俺に非があるというのはわかっている。
　でもだからって、他人のフリをすることはないじゃないか。
　あの楽しかった思い出も、一方的に逆恨みされた出来事も、全てなかったことになんて、できるわけがない。
　たとえ由真がそう思っていたとしても、俺は絶対納得しないぞ。
　由真が俺を避けるようになってからもう一週間以上も経つ。
　小牧が間に立ってくれて、俺達の仲を修復してくれようとおせっかいを焼いてくれているが、まるで効果なし。
　まぁ、俺も由真に嫌われることをしたんで仕方ないんだが。
　それでも。
　俺は、由真と仲直りがしたい。あの時、初めて自分の気持ちに気がついたから。
　それに、いい加減、他人に頼ってばかりじゃいけない。この問題は俺自身がケリをつけなくちゃいけないことなんだ。
　由真が口を聞いてくれない。無視される。それがどうした？
　だったら無理やりにでも口を聞いてもらえるようにすればいい。振り向かせればいい！
　とにかく、何かきっかけを作らないと！
　というわけで。
　俺は駐輪場に来ていた。
　幸いなことに他のクラスより早く授業が終わったので、こうして由真より早く来ることができたわけだが。
　由真の奴、最近は放課後になったらさっさと帰っちまうからな。
　とりあえず、第一関門クリア。
　さて、由真の奴は……
　おっ、来た来た。
　メガネをかけて、いかにも物静かな優等生モードの由真が、駐輪場に向かってまっすぐ歩いてくる。
　すぅ……はぁ……
　俺は大きく深呼吸をし、ポケットの中入れてある映画のチケットをつかんだ。
　明日は日曜日。映画にでも誘って仲直りの第一歩にでもなれば。
　この前はずっと待ちぼうけを食らったけど、今度は違うはず。
　いや、例え前回と同じ結果だったとしても、その時はまた別の手を考えればいい。諦めたらそこで終わりなんだから。
　とにかく、由真が自転車に乗る前に、これを渡さないと。押し付けてでも。
「よ、よぉ、由真」
　由真が自分の自転車の前に止まったところで、俺は駆け寄った。
「……なに？」
　由真は明らかに不機嫌そうな表情で、俺を見る。
　うっ……こうして本人を目の前にすると、なかなか言い出せないな……
「あ、あのさ、前々から言おうと思ってたんだけど」
「…………」
「メガネ、はずさないのか？」
「……………………」
　だあああ！俺は一体ナニ言ってるんだ！！
「え、えっと、その、なんだ。俺はメガネかけてない由真のほうがかわいいと思うから」
　ち、ちがーう！！言いたいことはそんなことじゃなくって！！
「……用件は、それだけ？」
　由真は侮蔑の眼差しを俺にくれながら、自転車を引っ張り出そうとする。
　いかん！！このままでは！！
「え、えっと！！」
　俺は慌てて映画のチケットをポケットから出すと、由真に見せた。
「こ、これ、映画のチケットなんだけど」
「…………」
「そ、その、よかったら一緒に」
「行かない」
「えっ？」
「だから行かないって言ってるの」
　由真はそっけなく答える。まるで取り付く島もないといった感じのように。
　それでも！
　俺は由真の腕を掴むと、強引に映画のチケットを握らせた。
「明日の１０時。映画館の前で待ってるから！」
　俺はそれだけを言い残して、由真の前から駆け出す。
　由真の反応を見るのが怖かったから。
　チケットを破り捨てられるようなシーンを見たくなかったから。
　あんなに心の中で強がってみても駄目だな俺って……
　いざとなると、現実を直視するのが怖くなる。
　はぁ……
　自嘲気味にため息が出てくる。
　とにかく、明日だ。明日の結果が出てから、次のことを考えよう。
　そしてその日は、家に帰ってからも期待よりも不安がいっぱいで、なかなか眠れなかった。