ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

　けたたましいアラーム音が鳴り響き、条件反射的に手を伸ばす。
　カチッ
　スイッチを止め、時刻を確認すると７時を示していた。
「……もう朝の７時？」
　重たい目蓋をこすり、外の景色を眺める。
　窓の外はすっかり明るくなっているので、今が夜の７時ということはないだろう。
　……ってことは、俺は一体どれくらい眠っていたんだ？
　まぁ、病人がそんなことを気にしても仕方ないんだが。
　昨日よりは幾分かマシだが、それでも体が重たい。
　今日も休んだほうがよさそうだ。
　まぁ、そのことはこのみに伝えてもらうとして……
　とりあえず、トイレにでも行ってくるか。
　ん……？
　階段を降りると、キッチンのほうから何やらいい匂いが漂ってくる。
　まさか……このみ？
　俺は恐る恐るキッチンを覗いた。
　そしそこには――
「あら。おはよ」
　このみではなく、このみの母親の春夏さんが立っていた。
「は、春夏さん。一体何やってるんですか？」
「何……って、見ての通りあなたの食事を作ってるの……うん」
　春夏さんは火を止めると、俺のほうを振り返った。
「あなた、昨日何にも食べてないんでしょ？駄目よ。ちゃんと食事はとらないと。お薬も飲めないじゃない」
「は、はぁ……申し訳ございません」
「で、気分はどう？」
「ええ。昨日よりは幾分か楽になりましたけど……」
「でも、まだ学校行けるって状態じゃなさそうね。ちゃんとこのみにはあなたが休むってこと学校の先生に伝えるように言っといたから」
「お手数をおかけします」
「まったく、あなたはまだ子供なんだから、変に遠慮とかしちゃ駄目よ？今日もちゃんと寝てること。いいわね？」
「はい」
「よろしい」
　春夏さんは満足そうに頷くと、エプロンを取った。
「食事は作っといたから、食べたいときに食べなさい。ちゃんと安静にしてるのよ？」
「はい」
　家に帰る春夏さんを見送って、俺は玄関の鍵を閉める。
　なんだか悪いことしちゃったな。
　きっとこのみのお弁当とかを作ってから来てくれたんだろうが。
　さて……と。トイレトイレ。
　いったんトイレに行き、それからキッチンへと戻る。
　春夏さんは一体何を作ってくれたのかな……おっ。
　ガスレンジの上に乗っている土鍋の中に入っていたものは卵粥であった。
「おばさん、いただきます」
　俺はその卵粥をおいしくいただき、薬を飲んで、自分の部屋へと戻る。
　まだ熱はあるな……
　自分の額に手を当て、まだ熱いことを確認し、洗面器と氷枕をもってキッチンへ。
　氷枕は冷凍庫に入れ新しいのを出し、洗面器の中身はいったん全部捨てて、新たに氷と水、それに額を冷やしていたタオルを入れる。
　それを自分の部屋へと持っていき、俺は言われたとおりおとなしく寝ていることにした。
　薬の副作用か、だんだん眠くなってくる。
　まぁ、寝ていたほうが治りははやいもんな。
　俺はゆっくりと夢の世界へと誘われていった。

「う、うーん……」
　額に何やら冷たい感触を覚え、目を開けると、優しく微笑むタマ姉の顔が飛び込んできた。
「タマ姉……？」
「あっ、起こしちゃった？ごめんなさいね、タカ坊」
「あ、あれ……タマ姉……？」
　どうしてタマ姉が……？
　鈍い思考回路が、ゆっくりと作動していき、結論を導き出す。
「……学校、終わったんだ？」
「ええ。このみからタカ坊が風邪で休むって聞いたから。お見舞いに来てあげたの」
「そんなに気を使ってもらわなくってもいいのに……風邪移ったりしたら大変だよ？」
「バカねぇ。病人が、そんなこと気にするもんじゃないわよ。ほら、ちょっと頭上げて」
「ん」
　俺が頭を上げると、タマ姉は氷枕をとる。
「こーんなにブヨブヨじゃない。変えてくるね。タカ坊はちゃんと寝てなさい」
　タマ姉は氷枕を持って、部屋を出て行く。
「よー、貴明。大丈夫か？」
　入れ替わりに雄二が入ってきた。
「全然大丈夫じゃない」
「ははは、そりゃそうだ」
　雄二は椅子に腰掛ける。
「しっかし、おまえも災難だったな。彼女に振られて、いや玉砕か。それで風邪まで引いてちゃあなぁ……」
「……なんで知ってる？」
「はっはっはっ。俺様の情報網をなめるなよ」
　雄二はケタケタ笑うと、急に真面目な顔になった。
「心配するな友よ。女嫌いなお前が彼女を作ろうとして玉砕した、その心境は俺にはよーく理解できる。お前がその繊細な心に負った傷の深さも、な。だから……」
「だから？」
「じゃーん」
　雄二は持ってきたバッグの中から、いかにもといった感じのＤＶＤを取り出す。
「やっぱ失恋したときはこれだよな―。こーゆー大人の恋愛を描いたハッスルした奴を見てだな、元気を出せ」
　いや、そんなの見ても元気でないし。っていうか俺病人だし。
　それに、俺の心の傷に塩を塗りこもうとしているようにしか見えない。
　タイトルも『女子○生白書　真夏の情事編１３』、パッケージはスクール水着の女の子と来たもんだ。
「俺って優しいだろ？なっ？」
「あのなぁ……」
「あ、モチロン姉貴には内緒だぜ」
「……誰に内緒ですって？」
「げっ！？」
「あっ！！」
　俺達は声をそろえる。
　いつのまにか、入り口にはタマ姉が立っていた。
「雄二もタカ坊も、一体何やってるのかしら？」
「ま、待て姉貴！！これにはだな。女にはわからない男同士の友情が……」
「いいわけ無用！！」
　タマ姉の必殺アイアンクローが雄二のこめかみにめり込む。
「いだだだだ！！いだいいだい！！われるー！！」
「おだまり！タカ坊の分もあなたが報いを受けなさい！！」
「な、なんで貴明の分まで俺が―！！」
　許せ、雄二。俺は病人なんだ。
　雄二が勝手に自爆しただけだから別にわびる必要はないのだが、それでもちょっとかわいそうになって俺は心の中で呟く。
「だ、駄目だよタマお姉ちゃん。タカくん病人なんだから騒いだりしちゃ」
　様子を見に来てくれたのか、このみが現れさらに騒ぎは拡大の一途をたどっていった。
　ふぅ……
　俺は目を瞑り、軽くため息をつく。
　でも……
　タマ姉達が来てくれたおかげで、俺の心は少し楽になった。