ピピピピピピピピピピ

　目覚し時計のアラーム音が鳴り響く。
「う、うーん……」
　手を伸ばし、アラームをアラームを解除。そして時刻を確認する。
　今から仕度をして家を出れば十分間に合うな。
　でも、体が重い。薬の副作用か、眠気もある。
「……とりあえず、飯食ってから考えるかな」
　ベッドを抜け出し、部屋を出ようとする。
　と、次の瞬間、開けようとしていたとが戸が勝手に開いた。
「きゃあ！？」
　同時に悲鳴が上がる。
　目の前にはこのみが立っていた。
「た、タカくん驚かさないでよ」
　このみは非難めいた目で俺を睨む。
「あのなぁ……」
　俺はため息をついた。
「なんで俺が自分の家でそんな眼で見られなきゃいけないんだ？驚かすなってのはこっちのセリフだ。大体、なんでお前がいるんだ？しかもこんな時間に」
「だ、だって、タカくんのことが心配で……」
　途端に気まずそうにこのみは視線を伏せる。
　はぁ……
　俺はもう一度大きくため息をついた。
「あのなぁ、俺はお前のほうが心配だ。お前ってそそっかしいし、俺の風邪移ったりしたら大変だから」
「タカくん……このみの心配してくれるんだ？」
「ああ。だから、心配かけさせないでくれ。ついでに、今日も休むことをちゃんと言っといてくれよな？」
「うん……」
　頭をなでてやると、このみは恥ずかしそうに頬を赤らめる。そしてにぱっと笑った。
「それじゃあ、このみはタカくんの看護代として、このみを遊園地に連れて行くことを請求するものであります」
「よくなったらな」
「約束だよ！」
　このみは嬉しそうに答える。
　まぁ、このさい、いっか。このみにも随分心配かけたみたいだし。
　そして俺はこのみが作ってくれた朝食を食べ、このみを見送ると、薬を飲んで再びベッドの中にもぐりこんだ。

　何やら額に冷たい感触を覚える。
　ああ……またタマ姉達がお見舞いに来てくれたんだな……
　うっすらと目を開く。
「…………………」
　５ｃｍくらいの超至近距離に見慣れた顔があった。
　でもそれはタマ姉じゃない。
「………………」
　目を瞑り、心を落ち着ける。
　まさか……な……
　彼女がここにいるはずがない。いるはずがないんだ。
　……きっと幻覚か何かに違いない。
　落ち着いたところで、再びうっすらと目を開ける。
　今度は誰の顔もない。
　やっぱりな……
　小さくため息をつき、再び目を瞑る。
　そうさ。彼女がこんなところにいるはずがないんだ。
　俺は彼女に嫌われたんだ。
　いい加減、諦めが悪すぎるぞ。俺。
　ふぅ……
　…………
　再び額に冷たい感触を覚える。
「…………？」
　三度目を開けると、やはりそこには俺を見つめる見慣れた人物の顔があった。
「…………」
「…………」
　お互い無言のまま、時が流れていく。
　い、いかん……何かしゃべらなければ……
「あ、あのさ……」
　やっとの思いで言葉を搾り出す。
「メガネ……とったんだ」
「……………」
　再び流れる沈黙。
　だあああ！俺は一体何やってるんだ！！
　言いたいことはいっぱいあるのに、よりによって禁句を口にしてしまい、自己嫌悪に落ち込む。
　どうしよう……せっかくのチャンスが……
「あんたが……」
「えっ？」
「あんたが、メガネとったほうがかわいいって言ったから……」
「由真……」
「か、勘違いしないでよね！」
　由真は真っ赤になりながら、慌てふためきながら矢継ぎ早に言葉を繰り出す。
「べ、別にあんたが好きだからとったわけじゃないんだから！ただ、あんたがあたしのせいで風邪引いたって聞いたから……だ、大体あんたがいけないんじゃない！愛佳から聞いたわよ？あの雨の中、ずーっとあたしのことを待ってて風邪引いたんだって？どーりでここ３日間あんたの姿を見なかったわけよね。バッカじゃないの！？あたし行くなんて言ってないのにずーっと待ちつづけるなんて。いるよね。そーゆー自分勝手な奴。何もかも自分の思い通りになると思ってさ。あたし、そーゆー奴って踏み潰したくなるくらい大っ嫌い！」
「由真……」
「あっ……」
　由真は途端に黙り込み、視線を伏せる。
　素直になれないのはお互い様、か……
　俺は心の中で苦笑した。
　きっと愛佳あたりが吹き込んだんだろうが、由真はこうして俺の家に来てくれた。
　つまり、由真は俺のことを嫌ってなんかいない。
　それに、今の言葉だって、つい勢いだけで言ってしまった感が見え見えだ。
　だから俺は……
「見舞いに来てくれて、ありがとう」
　由真に対して、今の気持ちを素直に伝える。
「俺、由真に嫌われたと思ってたたから、由真がこうして見舞いに来てくれたから嬉しいよ」
「だ、だから、それは……」
「ありがとう」
　俺はもう一度御礼を言う。
「…………」
　由真はすっかり黙りこくってしまった。
　しばらく流れる沈黙。
「あ、あのさ……」
　今度は由真の方から言葉を切り出してきた。
「何かしてほしいこととか、ある？」
「してほしいこと？」
　してほしいこと……なんだろ？
　エッチなこと……とか即答すれば間違いなく嫌われるだろうな。
「うーん……」
「何かないの？」
「そうだなぁ……」
　由真にしてほしいこと……してほしいこと……
　そう言えば……腹が減ったような気がするな。
　ここ最近、まともに食事とってなかったし。
「由真の手料理が食べたい」
「！」
　すると由真は何故か困ったような表情を浮かべる。
　一体どうしたんだ？
　……ああ、そうか。そう言えば食材がないからこのみが買ってくるって言ってたっけ。
　ないもの作れって言っても無理だよな、そりゃ。
　それじゃあ……ちょっと勇気を出して……
「じゃあ、添い寝して」
「！！」
　すると由真は、今度は顔を真っ赤にして怒鳴りだした。
「バッカじゃないの！？なんであたしがあんたなんかに添い寝しなくちゃいけないわけ！？思い上がるのもいい加減にしてよね！あたしは、あんたのことなんかなんとも思っちゃいないんだから！」
　由真はそのままドアを開けると、激しくドアを閉めて部屋を出ていった。
　それこそ、ドアが壊れるんじゃないかって思うくらいに強くドアを締めて。
「……やっぱ俺、嫌われてるのかも……」
　俺は由真の出ていった部屋の入り口を、呆然と眺めるしかなかった。