期末試験も差し迫ったある土曜日の夕方。
　明久は美波と二人、自分の部屋で勉強していた。
　当初はみんなで勉強する予定だったが、友人達は急に都合が悪くなったとのことで、来ることが出来なくなってしまった。
　美波がそのことを知ったのは明久の家に来てからで、当然戸惑ったのは言うまでもない。
　今日は姉の玲も今日はいないため、家にいるのは二人きりということになる。
　その事が美波の態度をそわそわと落ち着かないものにし、心拍数を増大させていた。
　現に今も、ノートを見ながら明久の事をチラ見している。
　密かに想いを抱いている異性との二人きりの時間。
　聞きたいこと、話したいことがたくさんあったはずなのに、いざとなると言葉が出てこない。
　しかし、時間は確実に流れていく。
　美波は意を決したように顔を上げると、明久に尋ねた。
「ね、ねぇアキ。ちょっと、聞きたいんだけど」
「何？」
　明久は、コーラを飲みながら、参考書に視線を落とした状態で聞き返す。
「男の子って、みんな裸Ｙシャツが好きなの？」
「ぶっ！！」
　美波の突然の言葉に、明久は飲んでいたコーラを吐き出した。
「ちょっとアキ、何やってんのよ。きったないわねぇ」
　美波は心底嫌そうな顔をする。
「み、美波が変な事言うからだろ？」
　明久は咳き込みながら、吐き出したコーラをティッシュで拭き、ゴミ箱へと放り投げた。
「だってしょうがないじゃない。アキ達、この前の昼休みにそんな話してたから、気になったのよ」
「あ、ああ。あれね」
　美波の言葉に、明久はそのやり取りを思い出した。
　あれは確か、いつもの昼休み。雄二や康太が男のロマンは裸Ｙシャツだとか言い出して、秀吉がその格好すればこの世に怖いものなしだとか、そういうやり取りだったような気がする。
「バカだなぁ美波は」
　おぼろげな記憶をたどった明久は、フッと笑った。
「アレは秀吉がやるからかわいいのであって、美波のようなガサツでかわいげがなくて、胸がない女の子がやってもかわいくはギャアアアアアア！！」
　明久の言葉が終わらないうちに、美波の関節技、ストラングルホールドβが明久に炸裂していた。
　あまりの激痛に、明久はたまらず悲鳴を上げる。
「どーゆー意味よそれ！！」
「痛い痛い！！腕がまったいらな洗濯板の胸のあばらに直接当たって！」
「ああん！？」
　美波はさらに締め上げる。
「や、やめて！！僕の首と腕に、全く未知の激痛がああああああ！！！！」
「フン」
　美波は適当に明久を痛めつけたところで、技をといた。
「ウチの事バカにした罰よ」
「うううっ……なんで僕がこんな目に……」
　明久は腕を２度、３度振ると立ち上がった。
「ちょっと布巾取ってくる」
　そしてそのまま部屋を出て、キッチンへと向かう。
「まったく、美波って凶暴だよな。ちょっと本当のこと言っただけですぐ怒るんだもん」
　ため息をついて布巾をとると、重要なことに気がついた。
「はっ！？今この家には、僕と美波の二人っきり。男と女が二人きりしかないないなんて、もっとも間違いが起こりやすいパターンじゃないか！」
　ドキドキしながら、自分の部屋を見る。
「ひょっとして、あの部屋に入った瞬間、美波から誘ってきて、あらぬ間違いが起こってしまうんじゃ……」
　明久の脳裏に一瞬、よからぬ妄想が思い浮かぶ。
「……な、わけないか。だって美波だし」
　しかし、一瞬でその妄想を打ち消した明久は、乾いた笑いをしながら自分の部屋の戸を開けた。
「…………」
　そして言葉を失う。
　目の前には、ベッドに腰掛け、何故か裸にＹシャツ姿の美波がいた。
　明久はにこやかに微笑みながらすぐさま戸を閉めた。
　そして取り乱す。
「な、何だ今のは。夢？幻？なんで美波が、僕のＹシャツ着てベッドに座っているんだ？」
　先程の衝撃的な光景が、まざまざと蘇ってくる。
「落ち着け……落ち着くんだ僕。男の妄想を具現化した女の子が目の前にいただなんて、そんなことが、現実的にあるわけないじゃないか」
　そして、恐る恐る戸を開ける。
　しかし、そこには先程と同じように裸Ｙシャツ姿の美波がいた。
「え、えっと……美波、何してるの？」
「……似合う？」
「えっ？」
　言葉の意味がわからず、明久は間抜けな声で聞き返してしまう。
「だから、似合うのかって聞いてるの」
　しかし、美波は再び同じ質問をしてきた。
「う、うん……」
　明久はコクンと頷く。
　まだ膨らんでいない乳房がボタンを外したＹシャツの間から見えるため、視線を外そうにも釘付けになってしまう。
「ア、アキがいけないのよ」
　美波はボソッと呟いた。
「ウチのこと、似合わないだの乱暴だの、女の子扱いしてくれないから」
「そ、それは……」
「ア、アキが望めば、ウ、ウチだって、こーゆーことくらい……」
「美波……それって……」
　明久はドキドキしながら美波に近づいた。
　美波は顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯く。
「それって、僕のこと……」
　明久はゴクッと唾を飲み込むと、言葉を続けようとした。
「アーキーくーん？」
　しかし、不意に背後から発せられた言葉に、明久は言葉を飲み込むと、身を硬直させた。
　そして汗をダラダラ流しながらぎこちない動作で、背後を振り返る。
　そこには明久の姉、玲の姿があった。
「ね、姉さん！？」
「アキ君、これは一体どういうことですか？女の子を連れ込んで、そんなことをしているなんて……どうやらアキ君には、教育的指導が必要ですね」
「い、いや、ちょっと待ってよ姉さん！これには深いわけが、って言うか、ぼくにもなにがなんだかわけがわからなくて……」
　明久は、笑顔を浮かべる姉に対して、必死に弁解する。
　しかし、玲は笑顔を浮かべたまま非常に言い放った。
「問答無用」
「いぃぃぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁっっ！！」
　そして明久の悲鳴が、夕暮れに染まった空に響き渡っていった。