「いつもごめんね。無理言っちゃって」
　真っ赤に照りつける太陽の光を浴びる中、晴風甲板で、明乃は珊瑚に申し訳なさそうに言った。
「気にしなくていいよ。これがわたし達の仕事なんだから」
　対して珊瑚は、いつものようにすました顔で返答する。
　明石による晴風の補修作業。航海を初めてまだ1ヶ月も経っていないというのに、もはや日常の一部と化していた。
「ウチの艦の連中も、腕が上がるって喜んでるから。実戦で壊れた砲塔の換装とか、滅多にできない経験だからねー」
「あはは……」
　珊瑚の言葉に、明乃は苦笑する。
　少なくとも、初めての航海実習前には想像もできなかった事態が、次々と晴風に襲いかかっていた。
　そのため明石による補修が頻発し、明乃は少なからず心苦しさを感じていた。
　明石の人達に何かお礼がしたい、と明乃は考えるようになっていた。
「そうだ！」
　明乃はポンと手を叩いた。
「ミカンちゃん、アレ持ってきてよ。昨日、わたし宛に届いたアレ」
　明乃は隣にいた美甘に、指示を出す。
「アレですね？わかりました」
　美甘は明乃の言葉を聞くと、すぐさま晴風の艦内へと走って行った。
　ほどなくして、手に大きな箱を手に持って戻ってくる。
「頼まれた物、持ってきたよー」
「ありがとう」
　明乃は美甘からその箱を受け取ると、そのまま珊瑚に差し出した。
「これ、いつも迷惑かけてるお礼。シュークリームなんだけど、よかったら明石のみんなで食べてよ」
「えっ？」
　珊瑚は突然の贈り物に目を丸くする。
「いいの？」
「うん。明石のみんなには、いつもお世話になってるから」
「そう？それじゃあ、遠慮無く」
　珊瑚はその箱を受け取る。
「なんだか晴風のみんなに悪いなぁ。これは、気合い入れて換装作業しないとね」
「気にしなくても大丈夫だよ。うちの艦のみんなは、いつも食べてるから」
「いつも？」
　明乃の言葉に、珊瑚は首をかしげる。
「うちの艦長は、とっても凄いんだよ」
　美甘が補足説明を入れる。
「うちの艦長、懸賞にすっごく当選するから。この前も、あんみつみんなで食べたよ」
「へー、凄いね」
　珊瑚は感嘆の言葉を口にしながら、明乃を見る。
「でも、当たった懸賞品が、人数分無かった時はどうしてるの？」
「その時は、水鉄砲使ってサバゲーかな？」
「サバゲー？」
　明乃の言葉に、珊瑚は同じ言葉を繰り返す。
「うん。複数のチームに分かれてのサバイバルゲーム。結構いい訓練にもなるよ」
「サバゲーかぁ……」
　珊瑚は思案げな表情を見せると、ニヤリと笑う。
「明乃、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな？」
「何かな？」
「あとで、明石に来て欲しいんだけど。水着と水鉄砲持参で」
「えーっ！？」
　珊瑚の突然の申し出に、明乃は驚きの声を上げる。
「ひょっとして、明石でサバゲーするの？」
「それは来てからのお楽しみ」
　珊瑚はフフフと笑った。

　そして時は流れて午後。
　明石甲板で、黄色い歓声が飛び交っていた。
「キャー！珊瑚ちゃんこっち向いて―！！」
「ミケちゃんかわいいー！！」
　その歓声に応えるかのように、二人の少女がそれぞれポーズを取る。
　そして、たかれるカメラのフラッシュ。
　さらに沸き上がる歓声。
　明石甲板は、とても賑やかなことになっていた。
　主役の一人は晴風艦長の明乃。
　学校指定のスクール水着を着て、手には水鉄砲を持っている。
　そしてもう一人の主役は、明石艦長の珊瑚。
　自前の黄色い水着を着て、黄色いマンボウのぬいぐるみを抱えている。
　二人は歓声に応えるような形で、様々なポーズを取っていた。



　撮影メンバーは明石クルーが大半であったが、中には晴風クルーである幸子、美甘、慧の姿があった。
「岬艦長！今度はすごんだ感じで銃を構えてくださーい！『われぇ！ナニしとんじゃゴルァ！タマとったる！！』って感じで！！」
「岬さん、次は片膝でピースのポーズをお願いー」
「岬さ〜ん、ちょっと水鉄砲撃ってみて〜」
　三人ともハイテンションな様子で、手にしたタブレットやカメラで撮影を行う。
　明乃は心の中で苦笑しながら、笑顔を絶やさずに要求に応える。
「いやぁ、助かったよ。副長とかに撮影会頼まれていてねー」
　珊瑚が明乃に話しかける。
「人気店のシュークリームを貰った上に撮影会までしてくれるなんて、ってうちのクラスの連中大喜びだったよ」
「明石のみんなにはいつもお世話になってるから。これくらいお安いご用だよ」
　明乃は視線をカメラに向けながら答える。
「それよりもサンゴちゃん、いつもこんな大変なことしてるの？」
「まぁ、ね。ウチの艦って艦内報とか作ってるから」
「へぇーそうなんだ」
「今回の撮影会で撮った写真は、ウチの艦で企画するサバゲーの告知ポスターに使わせて貰うつもり」
「それじゃあ、変な顔とかできないね」
　明乃は銃を縦に構える。
　珊瑚もギャラリーの要求に応えて、様々なポーズを見せる。
『キャー！！』
　そして、沸き上がる歓声。
　結局、撮影会が終わるまで、黄色い歓声が鳴り止むことはなかった。

　さらに時が流れて1ヶ月後。
　横須賀女子海洋学校でいつものように授業を終えた明乃は、ましろとともに帰路についていた。
「シロちゃん、今日の授業も疲れたね」
「ああ、そうだな」
「あー、早く海に出たいなー」
　明乃は天に向かって、高くまっすぐ手を伸ばす。
「ミケちゃん！」
　その時、明乃を呼び止める声が背後から聞こえた。
「あ、もかちゃん」
　明乃は歩を止めて、後ろを振り返る。
　そこには、武蔵艦長のもえかの姿があった。
　しかし普段のもえかとは違い、いつもの柔和な表情を険しいものにしている。
「ど、どうしたのもかちゃん？」
　ただならぬ様子に、明乃は戸惑いの声を上げる。
「私も、ミケちゃんと水着の２ショット写真撮りたい！！」
「えっ！？」
　もえかの突然の発言に、明乃は困惑する。
「も、もかちゃん。話が見えないんだけど……」
「これ！！」
　もえかは、手に持っていた鞄から冊子を取り出す。
『あっ！？』
　明乃とましろは、それを見て声を上げた。
　それは、明石の艦内報であった。
「このページ見てよ！！」
　もえかは問題のページを開き、二人に見せる。
　そこには、明石甲板で撮影された明乃と珊瑚の二ショット写真が、フルカラーで掲載されていた。
　タイトルに「明石サバイバルゲーム開催のお知らせ」と書かれている。
『……………………』
　明乃とましろは苦笑するしかなかった。
「杉本さんだけずるい！ミケちゃんとこんな楽しいことして！私もミケちゃんと２ショット撮りたい！！」
　もえかはこの写真に何かを感じとったのか、明乃に詰め寄る。
「それは、わたしに勝ってからにしてもらおうか」
　しかし、そんなもえかを挑発するかのような声が、背後から聞こえてくる。
　そして、珊瑚が姿を現した。
「武蔵艦長。明乃と２ショットを撮りたかったら、明石のメンバーをサバゲーで倒してからにして貰おうか」
「なっ！！」
　もえかは絶句する。しかし、すぐさま不気味な表情を作ると、低い声で笑い出した。
「ちょうどいい機会かもしれない。この際、誰がミケちゃんの隣にふさわしいか、教えてあげる！」
「望むところ！」
　もえかと珊瑚の間で、激しい火花が飛び散る。
「ど、どうしようシロちゃん？」
「知りません……」
　そんな二人の様子を、明乃とましろは苦笑しながら見守っていた。