それは、赤道直下を航行していたある日のこと。
　ひょんなことから、晴風に倣い、赤道祭を間宮及び明石でも執り行われることになったため、間宮では急遽パーティーの準備が行われていた。
　もちろん、陣頭指揮を執るのは補給艦間宮艦長の藤田優衣である。
「ほら、そこ。手を休めない」
「艦長、この料理は何処におきましょうか？」
「そうね。それはそっちのテーブルに置いてもらえるかしら？」
「艦長。こっちの配置なんですけど」
「それは、直接確認するわね」
　優衣は的確に指示を出して、パーティーの準備を進めていく。
　後で明石のメンバーも合流するため、かなりの大人数でのパーティーになる予定だ。
「それにしても、かなり大がかりになりましたね。突然決まった時はどうしようかと思いましたが」
「まぁね。でも、この程度で動じるようじゃ、補給艦の乗組員は務まらないでしょ。それに、みんなのこと信頼してるし」
「その言葉、みんなに聞かせてあげたらとっても喜びますよ」
「止めてよ。柄じゃないわ。それに……」
「それに……なんです？」
「いいえ。何でもないわ」
　優衣は間宮副長の問いかけに曖昧な返事をする。
（それに……珊瑚の偏食もこの辺で直してあげないとね）
　そして心の中で静かに笑いながら、眼鏡をキラリと光らせた。

　それから程なくして明石の乗組員も間宮甲板へと集まり。
　赤道祭が開始された。
「それじゃあみんな。いつもご苦労様。航海の安全と乗組員の働きぶりを感謝して、カンパーイ！」
『カンパーイ！』
　優衣の音頭を合図に、あちらこちらでグラスをカチンと合わせる音が聞こえてくる。
　そして発せられる、賑やかな雑談の声。
「思い出すね。晴風で赤道祭した時のこと」
　隣にいた工作艦明石艦長の杉本珊瑚が話しかけてくる。
　彼女は普段マンボウマークのついたコートを着用しているが、今日は着用していない普通の制服姿だ。
　風が吹く度、へそがチラリと見えたりする。
「まぁね。あの時は楽しかったわよね。晴風の屋台で買い食いしたりとか、『我は海の子』をみんなで口ずさんだりとか。さすがに今回は出店、って訳にはいかなかったけど」
「それにしても、面白いこと思いつくじゃん。優等生の優衣らしくもない」
「あら？　晴風にあやかることは悪いことじゃないわよ？　私達の同級生があそこまで活躍することは鼻が高いし、何より佐世保、呉、舞鶴からも注目されているみたいだし」
「へーそうなんだ。わたしもあの艦には期待しているからねー。私のプレゼント、いろいろ面白いように使ってくれるし」
　珊瑚はウンウンと、首を縦に軽く振る。
　優衣はニヤリと笑った。
「ところで珊瑚。私からもプレゼントがあるんだけど。受け取ってくれるかな？」
「えっ？　ナニナニ？　すっごく楽しみなんだけど」
　珊瑚は目を輝かせる。
　優衣は意味深な笑みを浮かべたまま、手を上げて合図をした。
　部下である間宮の副長が、珊瑚の前のテーブルに料理を運んでくる。
「げっ！？」
　珊瑚はその料理を見て、一気に顔をしかめた。
　それは大皿に山盛りで盛られたひじきであった。
「珊瑚のために用意したのよ？　それほど喜んでくれるなんて嬉しいわぁ」
「優衣……これは何の嫌がらせ……？」
　珊瑚は動揺した様子で優衣を見る。
「嫌がらせ？　心外だわ」
　優衣はふっと笑った。
「貴女がヘッドハントしようとした晴風の機関長、刺身が嫌いなんだけど、ちゃんと我慢して食べたって人づてに聞いたわよ？　この際、好き嫌いをなくすのはいいことじゃないかしら？　それに……」
「それに……？」
　困惑の表情を浮かべる珊瑚に、優衣は最高の笑顔を浮かべる。
「ひじきは背を伸ばすのにとても有効な料理なのよ？　貴女、このままだといつまで経っても背が伸びないわよ？」
「うっ……」
「ほらほら。貴女のクラスメートもみんな見てるんだから。艦長らしいところ見せないと。ここはパクッと、ね？」
「ううっ……！」
　珊瑚は引きつった笑顔を浮かべながら、震える手で箸を持ち、ゆっくりとした動作でひじきに近づける。



「ちなみに、おかわりはたくさんあるからね？　遠慮しなくてもいいわよ？」
「うううっ……！　優衣の意地悪……！」
　珊瑚は非難の声を上げるが、優衣は全く意に返さない。
「うちの艦長って、時々杉本艦長に対してドＳになるよな」
「珊瑚ちゃん艦長、小動物みたいに震えてかわいい」
　周囲の人間も、ヒソヒソと囁きながら、珊瑚がひじきを食べる様子を微笑ましい様子で見守るのであった。

　なお、ひじきは珊瑚が一口食べた後、残りはみんなで美味しくいただきました。と、航海日誌に記されていたという。