「うーん、気持ちいいなー」
　私、藤田優衣は天に向かって手を伸ばすと、背筋をピンと伸ばして大きく深呼吸をした。
　今日は待ちに待った休日。
　連日連夜の補給作業続きだった海での生活と違って、陸での生活は座学続きだけど。
　いくらブルマーの卵とは言え、私だって普通の女子校生。
　勉強ばかりでは気が滅入るため、流石に息抜きが必要になる。
　だから、休日は間宮の仲間とお菓子を作ったり。明石の珊瑚にお菓子を作ったり。晴風の杵崎さん達とお菓子を作ったり。
　……って、これじゃあ休みの日はお菓子しか作ってないみたいじゃない。私。
　まぁとにかく、息抜きは必要だって事。
　だからこうして、今日は朝早起きして波止場の散策をしていたりする。
　横須賀の朝の空気は気持ちがいい。
　海から吹き抜ける潮風が、初夏の暑さで火照った体を涼ませてくれる。
　人気のない波止場というのも、なかなか静かでいい。
　聞こえてくる波の音が、優しく心を癒やしてくれる。
　なんて考えていると。
　不意に現れる人影が。
　腰の辺りまで伸ばした薄い黄色の髪を、胸の辺りの高さでリボンで結びまとめて。
　ぽやぽやっとした表情を浮かべて。
　身につけたオーバーオールの下は……裸！？
　うわぁ……いるのよね。こーゆー変質者が。
　陽気がおかしくなると、開放的になるって言うか。
　まったく、一体どんな神経しているのか……
「……って、珊瑚！？」
　私は思わず、その見知った少女の名を叫ぶ。
「おー優衣。おはよ」
　少女は私の態度などまったく意に介する様子でもなく、ポケットに手をいれたまま私の方を振り向いた。



　彼女は杉本珊瑚。明石の艦長で、私の友人の中でもとびきりの変人だ。
　どれくらい変人かというと、炎天下の海洋実習の中、セーラー服の上からコートを着てるくらい。
　……また、靴のかかと踏みつぶしてるし。
「おはよー、じゃないわよ」
　ため息をつきながら、珊瑚に近寄る。
「一体どうしたのよ？ その格好は？」
「うーん、なんていうか……ちょっとした気分転換？ 開放的になるって言うか」
　変態だ。変態がここにいる。
「それに……優衣が喜んでくれるかと思って」
「！」
　頬を赤らめる珊瑚に、私の鼓動がドクンと高鳴る。
　えっ！？ 嘘でしょ！？
「ちょ、ちょっと何を……！」
「なーんて言ってみたり。優衣は相変わらずチョロいなー」
「！！」
　ニヤリと笑う珊瑚。
　またからかわれた！
　怒りと悔しさと恥ずかしさで頬が上気していく。
「もう！ そんなこと言ってると、お菓子作ってあげないわよ！？」
「えーっ！？ それは困るー！」
　珊瑚は不満そうに頬を膨らませる。
「ホント、しょうがないんだから……」
　私は思わず肩をすくめる。
「で、今日はどんなお菓子が食べたいの？」
「えっとね、カステラ！」
「あんた、本当にカステラ好きよねぇ……」
「だって優衣の作るカステラ、とってもおいしいんだもん！」
「まぁ、そう言ってくれるのは嬉しいけどね」
　そんなたわいない話をしながら、珊瑚と肩を並べて歩く。
　こんな日がいつまでも続けばいいな……と思いながら。