「沙英さん沙英さん、これ何？」
　ある休日の昼下がり、ゆのと一緒に沙英の部屋に遊びに来ていた宮子は、部屋の片隅に置かれていたダンボール箱を発見し、興味深そうにポンポンと叩いた。
「ああ、それ？出版社の人が送ってきたんだけどね。次回の小説の参考になるかもしれないから、って」
　沙英はため息をついて、言葉を返す。
「へぇ〜。ねぇ、開けてもいい」
「いいよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
　宮子はダンボール箱を開封する。
　そして中身を取り出して、声を上げた。
「うわぁ〜。まどマギの衣装だ〜」
「えっ？まどマギの衣装？」
　その言葉にゆのが反応する。
「そういえばゆのっち、まどマギって好きだったよね」
「う、うん……」
　宮子の言葉に、ゆのは恥ずかしそうに頷く。
「へぇ、ゆのがねー」
　沙英も、興味深そうにゆのを見る。
「え、えっと、その、主役の女の子が、とっても前向きで、それで、その……とっても面白いなぁ、って……」
　ゆのはしどろもどろになりながら答える。
「わかるなぁ。ゆのみたいだもんね。あの主人公の子って」
　沙英はうんうんと頷く。
「ねぇ。折角だから、みんなで着てみない？」
　そこへ、ヒロが思いがけない提案をした。
「さんせー！！」
　宮子が真っ先に手を挙げた。
「ちょ、ちょっとヒロ！」
　沙英は戸惑った声を上げるが、ヒロはフフフと笑う。
「いいじゃない。折角編集の人が送ってくれたんだから、使わないと。もったいないわよ」
「で、でも……」
「よーし、沙英さんの許可も出たことだし、ゆのっち！レッツお着替え！！」
　宮子が沙英の言葉を遮り、ゆのを指さす。
「えええええっ！？」
　ゆのは驚きの声を上げた。
「こら宮子！……もうしょうがないなぁ……」
　沙英はため息をついて、ゆのを見る。
「ゆの、着たいもの着てみて」
「え、えっと……はい」
　ゆのは恥ずかしそうに頷いた。

　そして、４人の着替えタイムが始まった。
　ゆのは着ている服を脱ぎ、お気に入りの主人公の女の子の服を着る。
「えへへ……」
「どうしたの、ゆのさん？」
　ヒロがゆのに尋ねる。
「なんだか、吉野屋先生みたいだなぁって思って」
　ゆのの答えに、沙英が苦笑した。
「あー、わかる。ヨッシーってばコスプレにすっごい情熱注いでるもんね」
「吉野屋先生も、いつもこんな気持ちなのかなぁ……」
　ゆのはそう呟きながら、コスチュームを着た。
「えへへ」
　そして嬉しそうに微笑む。
「ゆのっちゆのっち！見て見て！」
　すると、宮子がゆのに声をかけた。
「何宮ちゃん……わっ？」
　宮子の姿を見て、ゆのは絶句する。
　そこにはまどマギのマスコットキャラ、キュービーの着ぐるみを着た宮子の姿があった。
「じゃーん！」
「宮ちゃんかわいい……」
　宮子の姿に、ゆのは思わず頬を上気させた。

　そして４人とも着替えが終わり、互いの姿を披露しあった。
「ゆのっちは、やっぱりまどっちだよねー。とってもかわいいよ」
「ありがとう宮ちゃん。でも、そう言う宮ちゃんだって、杏ちゃんの姿、とってもかわいいよ」
「えへへ、ありがとう。なんだか食べ物好きってところが、共感持てちゃって」
　ゆのと宮子は互いに微笑む。
「ヒロは、マーミンなんだ。よく似合ってるよ。本物そっくり」
「うふふ。ありがと。そう言う沙英だって、サーヤの格好、とってもかわいいわ」
「ありがと」
　ヒロと沙英も互いに微笑みあった。
「それじゃあ、せっかくなんで、記念に一枚とろうか」
『はい』
　沙英の言葉に、他の三人が返事を返す。
　そして沙英が三脚を立ててカメラを固定し、セルフタイマーをセットすると、三人のところに並んだ。
「いちたすいちは――」
『に！！』
　そして４人がポーズをとると同時にシャッター音が響いた。

「さて、これからどうしよっか？」
「はいはいはーい！」
　沙英の言葉に、宮子が手を挙げた。
「今から、学校に行きたいでーす！」
『えーっ！？』
　宮子の言葉に、三人は驚きの声を上げる。
「み、宮ちゃん、それは流石にマズイよ！」
「そ、そうよ。ゆのさんの言う通りよ」
「第一、なんで学校に行きたいのよ？」
　三人の言葉に、宮子は口元を緩めて笑顔を作る。
「それはもちろん、吉野屋先生の気分を味わいたいからでーす！」
『えーっ！？』
　三人は、再び声をあげた。

　それからいろいろあって、結局学校に行くことになった４人は、ひだまり荘の沙英の部屋を後にした。
「こんな格好で学校に来るなんて、ドキドキだね宮ちゃん」
「そうだねー。なんだか新鮮な気分だねー」
「宮ちゃんってば、本当に強引なんだから」
「まったく、今日が休みだからよかったものの」
　４人は校門をくぐり、校舎へと入ると、廊下を歩いた。
「それにしても、休みの学校ってとっても静かだね。沙英さんの小説のネタになるんじゃない？」
「あはは。考えとくよ」
　そんな他愛のない話をしながら、家庭科準備室の前へとやってきた。
「そういえば、吉野屋先生って、いつもここで衣装を作ってらっしゃるのよね」
「そうなんですか？それじゃあ、今日も衣装を作っていたりして」
　ゆのがそう言った途端、まるでタイミングを合わせるかのように準備室の戸が開いた。
　そして吉野屋が姿を現す。
『えーーーっ！！』
　お互いにその姿を視認した５人は、声を上げた。
「よ、吉野屋先生……」
「ゆ、ゆのさん、それに皆さん……はっ！！」
　吉野屋は表情をけわしいものに変え、ゆの達を指差した。
「み、みなさん！それで勝ったとは思わないでください！！その構成には、致命的な欠陥があります！」
『！？』
　それだけ言い残すと、唖然とするゆの達はお構いなしという感じで、準備室の戸を閉める。
　そしてすぐさま、戸が開いた。
　そこに現れた吉野屋は、衣装をまとっていた。
「まどマギと言えばほむほむ。ほむほむのいないまどマギなんて、まどマギじゃありません！いないなら、私が着ましょうほむほむを〜！！」
　そして自作のメロディを口ずさみながら、その場で踊りだす。
「……吉野屋先生」
　すると、背後から突然声が聞こえてきた。
『ひっ！！』
　５人は驚きの声を上げる。
　そこには、校長が立っていた。
　校長は額をプルプルと震わせている。
「こ、校長先生……」
　吉野屋が、恐る恐る声を上げる。
「吉野屋先生、貴女という人は……！」
　校長はそれだけ言うと、吉野屋の襟を掴んだ。
「ま、待ってください！違うんですこれは！！」
「言い訳はいりませ！！」
「ひえええええええええっ！！」
　吉野屋は泣きながら、校長に引きずられていく。
　そして、後には静寂だけが残った。
「……帰ろっか」
　沙英の言葉に、三人は無言で頷いた。

「はぁ、疲れたなぁ」
　その日の夜。
　ゆのは湯船につかりながら、学校でのことを思い出していた。
「校長先生にはビックリしたけど。吉野屋先生には悪いことしちゃったかな」
　ゆのは申し訳ない気持ちになりながら、大きく伸びをする。
「それにしても……」
　ゆのは天井を見上げて、にっこり微笑んだ。
「吉野屋先生の気持ち、ちょっとだけわかったかも」