【封神領域エルツヴァーユ】斎月セツナＳＳ『間違えられた正義の味方』

間違えられた正義の味方

　ここはイ・プラセェルにある小さな街。
　人々が賑わう市場の片隅で、一人の少女が物欲しそうな表情を浮かべながら、山積みにされた果物をジッと眺めていた。
　少女のお腹は小さく『ク～～』と鳴り、それにあわせて、届かないと知りつつも、無意識のうちに手を伸ばそうとし、そして我に返ると慌てて手を引っ込める。
　やがて少女は市場に背を向けると、とぼとぼと歩き出した。
　おぼつかない足取りで、お腹の虫を鳴らしながら、さ迷い歩くように、雑踏の中に身を委ねていく。
「セツナ、大丈夫ですか？」
　隣にいる少女が心配そうに声をかける。
「大丈夫だよ、かりん」
　少女は弱々しい微笑を浮かべる。
　しかし実際のところはもう限界がそこまできていた。
　目の前の景色が歪み、頭の中がぼわぁっと何も考えられなくなっていく。
　それでも少女は、まるで何かの希望にすがりつくかのように、歩き続けた。
　どこかもわからない地を、本能の赴くままに。
　彼女の名は斎月セツナ。そして背後霊のようにくっついてる意識体の少女は華麟。
　二人は数日前、この地へと召喚されてやってきた。
　異世界イ・プラセェルへと。
　何故自分が呼ばれたのか。
　何故自分でなければならなかったのか。
　彼女達はその理由を確かめるため、イハドゥルカの元へと向かっていた。
　――が。
　そんな二人に、最大の危機が訪れていた。
　悲しいかな、路銀が尽きてしまったのである。
　そのためセツナは、食べ物を口にすることも出来ず、物陰からじっと眺め続けることしか出来ない状態であった。
　くぅ～
　お腹は鳴れど、どうすることも出来ない。
　だからセツナは、華麟に対して心配をかけないよう明るく振舞うことしか出来なかった。
　華麟もそんなセツナを健気に見守ることしか出来ない。
「セツナ、危ないっ！」
　突然、華麟は叫んだ。
「えっ……きゃ！」
　しかし、その華麟の声もむなしく、セツナは小さな悲鳴を上げて、人にぶつかった。
　幸いなことにぶつかった場所が胸元であったこと、また歩くスピードに勢いがなかったので、後ろに倒れると言うことはなく、その人の胸に顔を埋めると言うような格好になってしまったのだが。
「ご、ごめんなさい！！」
　セツナは慌てて離れると、自分の非礼を詫びて深々と頭を下げた。
「あ、ああ……」
　その人は何か面食らったように、戸惑いの声を上げる。
「……？」
　どこかで聞き覚えのある声かも、と思いながら、セツナはゆっくりと顔をあげた。
『あっ！！』
　そして二人は同時に、驚きの声を上げた。
「変なヒーローのおじさん！なんでここに！？」
　先にセツナがその人を指差し、言葉を続ける。
「ちょ、ちょっと待て！！俺は変なヒーローでもなければ、おじさんでもない！！」
　変態扱いされた変なヒーローのおじさんこと神鏡衝は、すぐさま声を大にして異論を唱えた。
「そーゆーお前こそ、ここで何やってるんだ？イハドゥルカのところへ向かったんじゃなかったのか？」
「え、えっと……それは……」
　きゅるるるる～～
　セツナの言葉を遮るかのように、お腹の虫が大きく鳴り響く。
「…………」
　セツナは赤面したまま顔を伏せ、決してあげようとはしない。
　一瞬沈黙が流れた後、衝のバカ笑いが大きく響き渡るのであった。

「……よく食うな。そんなに腹減ってたのか？」
　パクパクとおいしそうに料理を頬張るセツナの姿を見ながら、衝は呆れたように溜息をついた。
「仕方ないじゃないですか！！ここ数日間、何も食べてなかったんですから！！」
　むくれながら、セツナは反論する。
　そして流し込むように、最後の一口のパスタを、口の中へと入れた。
　ここは二人が出会った場所からさほど遠くない場所にある、衝やセツナの世界でいう喫茶店。
　衝はセツナをこの店へ連れてきて、食事をご馳走していた。
　セツナは断わることもなく、衝の好意に甘えて食事中だったりする。
「お待たせしましたー。ご注文のチョコレートパフェです」
　程なくしてデザートのチョコレートパフェがセツナの前に運ばれてきた。
「うわぁっ！！チョコパだ！！」
　セツナは目の前に置かれている好物に目を輝かせながら、スプーンをとる。
「正義のお兄さん、いただきます！！」
　そして嬉しそうに、目の前に座っている衝にお礼を言ってから、チョコパに手をつけた。
「う～ん！！おいし～！！」
　セツナは至福の表情を浮かべながら、チョコレートパフェをじっくりと味わった。
「……ったく……そんなに急いで食べなくてもパフェは逃げていかねーってのによ……」
　衝は苦笑しながらも、セツナを面白そうに眺める。
「あっ、そうだ」
　ふとセツナはスプーンを止めて、衝を見た。
「神鏡さんは、ユリィさん……でしたっけ？その方を助けたいのは、やっぱり彼女だからなんですか？」
「なっ！！」
　突然の質問に、衝は言葉を詰まらせた。しかし慌てて愛想笑いを浮かべながら言葉を続ける。
「ち、違うって！ユリィは大切な仲間だからさ」
「大切な仲間、ですか？」
「そうそう。大切な仲間。それに、ルリィは料理が下手だから、一刻も早くユリィに戻ってきて欲しいしな」
　衝は動揺しているのか、わけのわからない言葉を早口にまくし立て、独りうんうん頷く。
「ちょっと！！ソレどーゆー意味よ！？」
　すると突然、女性の声が衝のところから聞こえてきた。
「げっ！？ルリィ！？……しまった！！通信機能解除するの忘れてた！！」
　衝は途端に表情を青ざめさせながら、小型の通信機を取り出す。
　小型の通信機に映し出されたルリィの表情は、まるで般若のように恐ろしいものになっていた。
「や、やぁルリィ。今日もいい天気だな……ははは……」
「衝……私がちょっと目を放した隙に女の娘とデートしてるって、どーゆーこと？」
「ば、馬鹿！！これはだな……」
「言い訳無用！！どーせ私は料理が下手ですよーだ！！衝のロリコン！！」
　ルリィは衝を怒鳴りつけると、一方的に通信を切る。
「ま、まさか！！ば、馬鹿なマネはやめろ！！」
　衝は通信機のスイッチをカチャカチャ押しながら怒鳴った。
　身の危険を感じたセツナは、チョコパの入ったグラスとスプーンを持って、一目散に店の外へと出る。
　直後にセイングブレイズが、店の天井を貫いて衝の居た場所へとおちていった。
　ズドォォォォォン！！
　凄まじい爆音と閃光と衝撃が、辺り一帯に広がっていき、セツナは目を瞑る。
　やがて目を開けると、そこには全壊した建物と、真っ黒焦げになって口から煙を吐き出す衝の姿があった。
「……凄い喧嘩だったね」
「そうですわね。でも喧嘩するほど仲がいいというじゃありませんか」
「それもそうだね」
　セツナは華麟と会話を交わしながら、優雅にチョコレートパフェを口の中へと運んでいった。

（おわり）

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