その一言に、今まで喧騒に包まれていた場の雰囲気は途端に凍り付き、緊迫した雰囲気に一変した。
「本気で……言ってるの？」
宣告された少女が、よろよろとよろめき、２，３歩後退する。
「……………………」
一方、宣告した少女は、三つ指をつき、額を床につけた状態で、それ以上言葉を発しようとはしない。
「あ、あれは伝説の不採用通知……！」
その様子を見守っていた、片眼鏡をかけた長身の男性がゴクリとつばを飲み込む。
「ああ……俺も初めて見た……」
その隣に立っていた眼鏡をかけた長身の男性も、驚愕しながら言葉を続ける。
「マスターがドールに不採用通知を突きつけるところなんて……」
「一体どういうことですか！？」
とんがり帽子をかぶったプロトゼロが開口一番、血相を変えて少女達に詰め寄った。
「あたし達だってわからないわよ！」
しかしささらは首を左右に振り、否定の言葉を口にする。
ここは清正小町のデバイス内にあるドールの館。
普段はソネットとプロトゼロが居住するこの館に、ささら、カティア、マドレーヌ、しめじ、小明の５人はいた。
ドール達にとっては屈辱的な逆三行半を突きつけられ、現在カードの所有権は小町に委譲された状態になっている。
「マスターも心配していましたよ？何か思い当たることはないんですか？」
プロトゼロに言われたささら達は、うーんと考え込む仕草を見せた。
「そう言えば……」
真っ先に声を上げたのは金髪少女でメンバーのリーダー格であるささらであった。
「この前、うずめとゲームしてたんだけど。ちょっと熱くなっちゃって、途中でリセットボタン押しちゃったんだよねー」
「…………」
苦笑するささらを、プロトゼロはジト目で見る。
「カ、カティアも……」
次に手を上げたのは、青い髪をしたメンバーの中で一番子供っぽいドールのカティアであった。
「この前、マスターが大切にとっておいたお菓子、ちょっとつまみ食いしちゃった」
「わ、私も……」
続いて紫色の髪をしたお姉様ドールのマドレーヌが手を上げる。
「先日、マスターが宿題をやっていた時、つい、いろいろと口を挟んでしまって……」
「はいはーい！それならわたしもー」
さらにピンク色の髪をしたしめじも手を上げる。
「この前、マスターが大切にしていた陶器の置物を、落として壊してしまったですぅ」
「私も」
最後に銀髪ゴスロリドール、小明も手を上げた。
「この前、マスターが寝てるところにこっそり忍び込んで、添い寝をした」
『うーん……何が原因なんだろう……』
５人は首をかしげながら考え込む。
「……よーくわかりました」
プロトゼロは深いため息をつくと、姿を消して小町の元へと向かった。
「……そう、よーくわかったわ」
プロトゼロから報告を受けた小町は大きくため息をつくと、カードデバイスを持った右手をまっすぐ前に伸ばした。
「天翔ける星の輝きよ。時を越える水晶の煌めきよ。今こそ無限星霜の摂理にもとづいて、その正しき姿をここに現せ！アウェイキング！」
カードデバイスが光り輝き、ささら、カティア、マドレーヌ、しめじ、小明が姿を現す。
しかし５人とも、正座させられていた。
「あなた達、うずめちゃんに謝ってきなさい」
腕を組みながら、普段の優しい表情の彼女からは想像できないほどの恐い顔でドール達を睨む小町は、そう命令した。
「な、なんでよ！？」
ささらが不満そうに声を上げる。
「わからないの？」
小町はそう言って、再度大きくため息をついた。
「これじゃあ、うずめちゃんが怒るのも無理ないわね。わたしだってうずめちゃんと同じ立場だったら、きっと怒るもの」
そして小町は、ポケットからチケットを取り出した。
「しょうがいないわね。これを使うとしましょう」
「なにそれ？」
カティアが不思議そうに尋ねる。
「これはね、花火の指定席のチケットよ」
小町が説明する。
「今度の花火大会にうずめちゃんを誘うから、あなた達ちゃんとそこでうずめちゃんに謝りなさい。それまでおやつ抜きだから。いいわね？」
『え〜っ！？』
小町の言葉に、５人は非難の声を上げた。
一方、私立聖悠学館中等部カード部部室。
元々茶道部の部室だったこの部室に、鵜野うずめ、羽月まない、戸取かがみ、ラフレシアの君、三笠凛人の５人はいた。
５人は長方形のテーブルの前に座り、それぞれの前にはカレーが置かれており、みんなそれを食している。
端から見れば、まるでカレーパーティーのようであった。
「……うずめ君。あれで良かったのかい？」
タキシードを着たラフレシアの君が、うずめに声をかけた。
「……はい」
スプーンを置いたうずめが、小さく頷く。
「うずめ……」
うずめの左隣にいる青髪の少女、かがみが普段のツンツンした態度からは想像できないほど、心配そうに彼女を見た。
「心配しなくても大丈夫よ！」
うずめの右隣にいるまないが、長い髪をなびかせながら拳を天高く突き上げ立ち上がる。
「例え彼女達がいなくなっても、マスカレード・カレー・ウキウキは永遠なんだから！」
そしてうずめを力強く見る。
「かがみちゃん……まない……」
うずめは瞳を潤ませながら、涙声で親友の名前を言う。
「私たちもいますよ！」
うずめのカードデバイスが光り輝くと、彼女達の目の前にチャンパ、バジル、デコレイション、メダーリア、オールデイン、オルデン、デコラシオンのドール達が現れた。
「私たちは、あんな薄情なドール達とは違います！」
「そうですよ！」
「私たち！」
「ずっと」
「マスターの！」
「おそばに！」
『いますから！！』
７人のドールは声高に宣言する。
「みんな……ありがとう……」
うずめは指で涙をぬぐうと、にっこりと微笑んだ。
「これなら大丈夫そうだな。しかし……」
凛人はカレー皿を机の上に置き、かけていた眼鏡を光らせる。
「やはり、彼女たちをこのままにはしておけないな」
「そうだな」
ラフレシアの君もコクンと頷いた。
そして時は流れて花火大会。
幸いなことに天気も良く、空は星と月の煌めきに満ちていた。
「絶好の花火日和ね！」
小町は空を見上げ、満足そうに言葉を発した。
「本当に、うまくいくんでしょうね？」
ささらが不安げな表情で小町に尋ねる。
ささら達５人の少女は、いずれも浴衣姿であった。
「あら？うまくいくかはあなたたち次第よ？」
小町は悪戯っぽく笑い、不安を煽る。
「マスター、カティア達のこと許してくれるかなぁ……」
カティアがつい弱音を吐く。
それを聞いて、小町は一転にっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。あなたたち、そんなにかわいいんだから。さ、行きましょうか」
小町の後に、５人はついていく。
やがて花火大会の会場へと着いた。
小町の計画通り、うずめは独りで指定席に立っていた。
「うずめちゃーん。お待たせー」
「あ、小町さん……」
浴衣姿の鵜野うずめは言葉を言いかけて、口をつぐむ。
小町の後ろにはささら達５人のドールがいた。
しかし、そんな気まずい雰囲気などお構いなしに、小町はうずめの隣に並ぶ。
「今日は花火、楽しみましょ」
「え、ええ……」
うずめはぎこちない笑顔を浮かべる。
その時、小町の携帯電話が鳴り響いた。
「ごめんなさいうずめちゃん。編集の人から電話来ちゃったから、ちょっと席外すね」
「えっ？小町さん？」
「すぐ戻ってくるから」
小町はそのまま人混みへと消えていく。
残されたうずめと、ささら達５人は無言のまま、少しの間気まずい空気が流れる。
先に沈黙を破ったのはうずめであった。
「え、えっと、ごめんなさい。わたしも用があるの思い出したから……」
うずめはそのままその場を立ち去ろうとする。
「待って！」
そのうずめの手をささらが掴んだ。
「えっ……」
『ごめんなさい！』
うずめがささら達を見た次の瞬間、ドール達が一斉に頭を下げた。
「あたしたち間違ってました！」
「もう、お菓子はとりません！」
「勉強の小言も言いません！」
「物も壊しません！」
「マスターの嫌がることもしません！だから……」
『もう一度、わたし達のマスターになってください！！』
５人は声を揃えて、うずめに懇願する。
「みんな……」
うずめは声を詰まらせて、瞳を潤ませる。
「そ、そこまで言われちゃあ、仕方ないなぁ」
うずめはささら達から顔を背けると、空を見上げた。
「これからは、わがままあんまり言っちゃ駄目だよ」
『はい！』
５人は元気よく返事をすると、うずめのそばに歩み寄る。
ほどなくして打ち上げ花火が上がりはじめた。
「うわぁ〜」
うずめ達は打ち上がった花火に感嘆の声を上げる。
「よかったな、うずめ君」
その様子を遠くから見ていたラフレシアの君が、ウンウンと頷いた。
「一件落着、だな」
隣にいた凛人も、かけていた眼鏡をクイッとあげる。
「まったく、あの子達ったら素直じゃないんだから」
二人の前にいた小町も肩をすくめた。